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ワダ歯科医院

和田 康彦 院長

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大阪メトロ堺筋線・京阪本線の北浜駅から徒歩3分の「ワダ歯科医院」。北浜はかつて株式や証券取引などの金融関係が多く集まり大阪経済の中心地として発展してきた街だ。また、明治から昭和初期の豪華な近代建築が風情ある趣を醸し出す街でもある。今なおオフィス街であるこの地に生まれ育った和田康彦院長は地元をこよなく愛し、行政や医科と連携しながら地域医療に力を注ぐ。診療においては一方通行にならないインフォームドコンセントを重視。コミュニケーションを大切に患者との信頼関係を築いてきた。在宅医療にも積極的に取り組む和田院長に、地域への想いや診療スタイルについて話を聞いた。
(取材日2018年8月10日)

「地元に尽くす」確固たる信念から地域医療に貢献

―都心のオフィス街が地元でいらっしゃるのですね。

よく驚かれますが、昔は1階が店舗・上が住居という形態で住んでいた世帯も多かったのですよ。私の両親も、住まい併設で印刷業を営んできました。それでも、私が子どもの頃は既にドーナツ化現象を迎えていたので小学校は全校生徒120人ほどと少なく、小・中学校は合併して新しい学校になっていきました。そして家業を持たない家がどんどん引っ越して行ったバブル期も、この辺りの人口減少に拍車をかけたように思います。ただ最近ではタワーマンションなども建って新たな変化が見られます。それまでは、昔からの近隣住民や地元の方、ビジネスパーソンの来院がほとんどでしたが、新しいファミリー層も通って来られるようになりました。

―先生はなぜ歯科医師をめざされたのですか?

最初に意識したのは、手先が器用だから歯科医師に向いているんじゃないかと親戚筋に言われたことです。でも、その時はまだ小学生で、私の憧れはパイロットでした(笑)。医療に関心を持ち始めたのは医師になった兄の影響が大きいです。ただ、細かい作業が得意な自分の特技を生かすことを考えると、気持ちは歯科に向かいました。歯学部を卒業後、大学病院の医局に所属し3年間勤務した補綴科は、私の性分と特性によく合っていました。一人ひとりの口の中にあったオーダーメイドに応え、ピタッとフィットするものを作り上げることが好きなんです。黙々と集中して行う作業は得意ですし、患者さんに「噛みやすい」と喜んでもらえることがやりがいになっていました。

―この地に開業された理由を教えてください。

人口が少ない中で育ったので地域で助け合っていくという意識が強いのです。その一助として歯科医療を提供することで地元の役に立ちたいと思いました。開業にあたっては阪神・淡路大震災の時に傾いてしまった家をビルに建て替え、1階は家業の印刷会社、2階を歯科医院にしました。北浜周辺はアール・デコ調の建物やレトロな外観を持つビルが多く残っています。その中でも特に気に入っていた銀行の建物の写真を見せて設計してもらいました。院内は全体に明るい色で配色し、自然光を採り入れられるよう窓を大きく取りました。21年が経過しましたがリフォームの必要性を感じないのは、歴代のスタッフが清掃を徹底してくれているからです。シンクも水滴を拭き取るだけでなく乾拭きで磨きあげ、床のワックスがけも自分たちで行ってくれています。清潔な院内で患者さんをお迎えする姿勢が引き継がれているので、いつもうれしく思っています。



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