田中 高子 院長の独自取材記事
田中歯科医院
(宇和島市/宇和島駅)
最終更新日:2023/11/22

愛媛県宇和島市の街中を流れる岩松川沿いにたたずむ「田中歯科医院」は、開業して60年以上という長い歴史を持つ診療所。地域のかかりつけ医として町の人たちに長年頼りにされてきた同院は、現在院長を務める田中高子院長の義理の父が開業。その後、田中院長の夫と田中院長が加わり長年診療を行ってきたが、現在は田中院長が一人で診療を行っている。田中院長は、外来のほか地域の高齢者施設への訪問歯科診療にも注力し、生涯自分の口で食事を楽しんでほしいという思いを込めて、日々高齢者の治療と口腔ケアにあたっている。40年以上という長きにわたって地域の人たちの歯の健康を守ってきた田中院長に、同院のこれまでの歴史や、地域の歯科医師としてのモットー、歯科医師としてのやりがいについて語ってもらった。
(取材日2021年10月7日)
開業から数十年、地域住民のよりどころとして
まず、こちらの歯科医院のこれまでの歴史について教えてください。

この歯科医院は昭和40年代に開業し、それ以来ずっと地域の皆さんと一緒に歩んできました。ここを開業したのは夫の父です。私をはじめ、夫も義父も大阪歯科大学を卒業した歯科医師で、義父が大学卒業後にここを開業し、夫も大学を卒業後は地元である愛媛に戻って、この歯科医院で義父とともに働き始めました。その後私も愛媛に来て2人とともに勤務するようになり、以来、家族ぐるみで長年経営を続けてきました。現在は義父も亡くなり、夫も昨年病気で亡くなったので、所属する歯科医師は私一人となってしまいましたが、ずっとここに通い続けてくださっている地域の方もたくさんいらっしゃるので、まだまだ皆さんへの治療や訪問診療は続けていくつもりです。
先生ご自身のご経歴も伺います。
私自身は大阪市内の生まれで、実は私の父も私と同じ大阪歯科大学の出身の歯科医師なんです。一人娘として生まれ、開業医として歯科医院を経営する両親を見て育ったので、私も父と同じ歯科医師の道を志しました。大学に入学した際に同級生だった夫と出会い、大学在学中に婚約しました。大学卒業後、私は1年のインターンで大阪に残って、それを終えてから、先に愛媛に戻っていた夫のもとに嫁いだ、というわけです。そこから約40年間、この歯科医院を経営する家族の一員として今日まで歯科医師として働いてきました。子どもも産み、今では孫もいるのですが、妊娠中に仕事ができない時期も義理の母をはじめ皆が本当に良くしてくれて。まさに家族が一つのチームになって、この歯科医院を今まで続けてきたように感じています。
家族の結束力で診療を続けてきた歯科医院なのですね。

もちろん家族もそうなのですが、もう20年以上ここに勤めてくれているスタッフもいます。血のつながりがなくとも長年一緒に働いて積み重ねてきた信頼があるので、何か急な対応が必要になった際も、皆瞬時に臨機応変に動いてくれて、非常にありがたいなと思っていますね。また私は、当院に診療を受けに来てくださる患者さんだけでなく、この周辺地域に住む皆さんも家族のように感じています。地域のかかりつけ医として私たちが皆さんを助けるだけなく、地域の皆さんが私たちを応援してくれ、互いに支え合ってきたからこそ、ここまで歩んでこられたのだと思っています。
歯科医院に足を運べない患者を救う訪問診療
現在先生は歯科医院での診療だけでなく、さまざまな場所に出向いて訪問診療も行っているそうですね。

最近は、外来での診療は午前中をメインにし、午後は外へ訪問診療に行っている日が多いですね。病院や福祉施設に行く日もあれば、ご家族の方からの依頼で患者さんの居宅に伺う日もあります。地域柄ご高齢の方が多いので、中には身体的な理由で当院まで足を運ぶことができなくなる方も出てくるのですが、だからといってその方々の治療やケアを怠るわけにはいきません。本来、歯の治療や口腔ケアは、体の自由がきかなくなった方や寝たきりになったご高齢の方こそ、こまめに受けるべき非常に大事な医療ですから、皆さんがここに来ることができないのであれば、動ける私が皆さんのところへ行ってあげればいいだけの話です。時には車で片道30分以上かけて診療しに行くこともあります。
なぜ先生は、ご高齢の方の口腔ケアに重きを置いているのでしょうか。
私が訪問診療で最も大事にしているのが、安定して物を食べられる口内環境を維持する、もしくは作るという点です。虫歯の治療なども歯科医師にとっては大事な仕事ですが、それ以上に特にご高齢の方にとっては、毎日普通に食事を食べられる状態をキープすることのほうがずっと重要で、かつ難しいことだと私は考えています。人生の終わりが近づき、体も動かなくなった人間が、それでも最後まで生きるために必要なのは、口からものを食べて栄養を摂取することです。食べ物を咀嚼し、嚥下することができなくなると、生活の質が下がり、人は生きる気力を失っていきます。たかだか口腔ケアと思われがちですが、そのケアに重きを置くだけで、人はずっと最後まで人らしく生きられるようになるんですよ。
先生が口内環境の維持が重要だと思うようになったのには、何かきっかけがあったのでしょうか。

お恥ずかしながら、私の父がそういった十分な口腔ケアを受けられず亡くなったんです。私の父は肺炎を起こして入院し、その後1ヵ月の入院期間でものが食べられなくなり、そのまま亡くなってしまいました。容体が安定した時に少しでも食べる訓練をしていれば、もしかしたら結果は違ったのかもしれません。当時の自分にその知識や技術があれば、という後悔がきっかけで訪問診療を始めました。たくさんの人が父と同じ道をたどらないように、私のような後悔をする人を一人でも減らせるように、訪問診療でご高齢の方々の口の中を治療しつつ、食べる訓練の大事さを広めることに力を注いでいます。
口で食事をする、「人間としての当たり前」を最期まで
訪問診療の際に使用する治療機器にとてもこだわっているそうですね。

必要最低限の器具がそろった訪問診療用の治療器具セットなどもありますが、実際に長年現場を経験している私からしてみれば、足りないものが多すぎると感じています。居宅でも施設でも、もし不測の事態が起きた場合はそれにきちんと対応しなければなりませんし、一度診療に使った器具はその都度洗浄・消毒が必要です。訪問診療と言っても、歯科医師によってスタイルは千差万別です。私の場合、歯科医師である私以外に、歯科衛生士や歯科助手を連れて伺いますので、必要な治療器具やケア用器具を持っていくとなると、どうしても荷物が多くなってしまいます。どれが自分に必要で、どれが自分に必要でないものか。こればかりは長年の経験を積まないと、なかなか判断は難しいですね。
訪問診療を行う中で、やりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?
患者さんの喜ぶ顔を見た時ですね。人間にとっておいしいものを食べること、自分の好物を食べることで感じられる喜びは、それこそ寝たきりで動けなくなったとしても変わらないものです。体がすっかり弱って口を開けることも精いっぱいだった人が、食べる練習を繰り返して、一口でも二口でもプリンやご飯など、自分の好きだったものを食べることができるようになった時、皆さん、とてもうれしそうになさいます。そんな患者さんの笑顔を見ると、疲れも吹き飛んでしまいますね。
訪問診療に力を入れる歯科医師として、先生が読者に伝えたいことは何でしょう。

まずは何よりも私が日頃啓発している、高齢の患者さんや寝たきりの患者さんにとって、口でものを食べることがどれだけ大事で幸せなことか、それをより多くの人に知っていただきたいです。そして今後、訪問診療を行う女性の歯科医師が1人でも2人でも増えてほしいと思っています。幸いなことに歯科医師という仕事は、出産後や介護を経験した後でも社会復帰が比較的しやすい職業です。育児や介護はきれいごとだけでできるものではありません。人間のありのままの姿を見た経験は、老いても残る「おいしいものを食べたい」という願いに並走する歯科医師の仕事にきっと生かされる、私はそう思っています。