江川 健士 院長の独自取材記事
江川レディースクリニック
(廿日市市/廿日市市役所前(平良)駅)
最終更新日:2024/10/31

JR山陽本線の廿日市駅から車で5分。宮島街道に近い住宅街にある「江川レディースクリニック」は、2006年に江川健士先生が父の後を継いで院長に就任。以来、同院で周辺エリアの産科医療を担ってきた。江川院長は大学卒業後、コロンビア大学への留学を経て、大学病院や地域の基幹病院などの産婦人科部長を歴任するなど豊富な経験を持ち、「一人ひとりの出産に真摯に向き合い、ベストを尽くす」という思いで日々診療に臨んでいる。その語り口は優しく柔和な印象で、スタッフからの信頼も厚い。また出産はライフステージにおいてとても大きな出来事であるという母親の思いにも寄り添い、こまやかなサービスの提供にも余念がない。そんな家庭的な雰囲気もあり親しみやすいクリニックで話を聞いた。
(取材日2024年9月2日)
父の影響で医師になることを決意
医師をめざしたきっかけから教えてください。

父は産婦人科の医師でしたが、私自身が幼い頃になりたかったのはエンジニアでした。車やロボットが好きで、将来は自分で作りたいという憧れがありましたから。ただ医師としての父の背中を見て育ち、その仕事が人の役に立つ大切な仕事だということも肌で感じていましたので、少しずつ心変わりしていき、最終的には医学部に入ったということです。兄がいますが、早々に「内科の医師になる」と決めてしまったので、ならば自分は父の後を継いで産婦人科の医師になると決めたのも、今振り返ると自然なことでした。継がなければ父が気の毒……と思ったのも事実ですが、もしかすると親の作戦勝ちだったかもしれませんね。
先生にとって産婦人科の医師はどういったイメージだったのでしょうか?
私がまだ幼かった頃は、今と違って家で産むのが当たり前でした。陣痛が来れば助産師が家に出向いてお産をするわけですが、中には産む途中にトラブルが起きるケースがあるわけです。そんな時に呼ばれるのが、産婦人科の医師でした。陣痛はいつ来るかわかりませんから、たとえ夜中であっても助産師が助けを求めに来れば、駆けつける。そんな父の姿を見て、子どもながらに“お助けマン”のような存在だなと思っていました。今はその頃とはずいぶん変わり、妊娠すれば出産まで妊婦健診を行って、リスクなどもきちんと説明し、必要ならば帝王切開についても伝えます。あらかじめリスクを下げてから出産に臨むということを、お母さん自身にも理解してもらうということが当たり前になってきていますね。
院長自身が母親学級でお話しすることもあるそうですね。

お産というのは決まった形はなくて、100人いれば100通りあるわけです。私たちはその一人ひとりのお母さんに合うケアをしていかなければなりません。ただでさえ妊娠中は不安がつきもの。それを少しでも取り除いていくために、当院では母親学級も実施し、初産の方や前回の出産から期間が空いた方からの質問にお答えするように取り組んでいます。当院ではこれまで数多くの赤ちゃんを取り上げてきましたが、常にベストを尽くしてお産に向き合うことが、医師にとっての責務。それを全うし、お母さんたちができるだけ楽に産めるようにするために、日々精進しているつもりです。医学的リスクを下げるのはもちろん、正しい情報をきちんと得て、気持ちを楽にしながら出産に臨めるように、母親学級も大切にしています。
バースサポートシステムの導入で出産をスムーズに
こちらのクリニックの特徴を教えてください。

一言でいえばアットホームなクリニックで、現在、医師は私と副院長である娘の2人体制で行っています。家庭的な雰囲気の中で、できるだけ負担をかけないお産をめざしており、バースサポートシステムを導入しています。これは誰もが感じるお産への不安や緊張を音や光、映像の効果で和らげるもので、分娩室にある大きな液晶画面に、イルカが泳ぐ様子などのゆったりとした映像が流れ、それに合わせて優しい音楽とやわらかい明かりがお母さんを包み込みます。陣痛の変化に伴い、ゆっくりと照明の色も変化していき、お母さんがリラックスした状態でスムーズなお産ができるように導きます。当院では先駆け的に2009年からこのシステムを採用していることもあって、関心の高い方が多い印象を受けていますね。
こちらのクリニックならではの取り組みはされていますか?
出産をしたお母さんたちが最初に過ごす空間ですから、リラックスして過ごせるような環境にすることを心がけています。特に出産直後は体のあちこちに痛みがあったり、筋肉がこわばったりしています。少しでも筋肉をほぐして早く回復してもらいたいとの思いから、開院当初からリラクゼーション用の機器を設置して、入院中にはいつでも自由に利用できるようにしています。また、足のむくみがつらい方には、フットマッサージの施術を受けていただくことも可能です。疲れた体を癒やすのに役立てていただけたらと思っています。その他には、助産師の資格も持つプロ写真家の出張撮影サービスも行っており、陣痛が始まる前から立ち会い出産の様子、さらに退院や上のお子さんと対面するまでを記録に残せるオプションや、妊婦健診で撮った超音波(エコー)の画像をオンライン上で見られるサービスなども行っています。
地域の産婦人科医療を担う医師としてのモットーをお聞かせください。

最近は分娩に対応できるクリニックが少なく、自宅から遠い場所で産まなければならず、困っている方も多いのではないでしょうか? この近辺でも、当院以外に対応できるところは少ない状況です。私は産婦人科の医師としての使命を持って、頭と体が動くうちは頑張りたいと思っています。また、出産を経験したお母さんにとって、産んだクリニックがなくなってしまうというのは寂しいことではないかとも想像しています。いつか子どもが大きくなって「あなたはここで産まれたのよ」と言える場所があるだけでも思い出になるでしょうから、今後もつなげていけるようにしたいですね。また土地柄ですが、厳島神社や宮島観光に来た妊婦さんが、体調が悪くなって救急車で搬送されてくるというケースも時々あります。比較的落ち着いているといわれる妊娠中期でも無理は禁物ですが、避けられないことなのでそういった場合にも受け入れるようにしています。
出産のかたちは多様。だからこそ一人ひとりに向き合う
先生はコロンビア大学に留学していた経験がおありですね。

お世話になっていた教授に「良い経験になるから」と呼ばれて、コロンビア大学の産婦人科での研究に参加していました。現在の子宮頸がんワクチンのもととなる研究でした。当時はまだ子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスの感染が原因である、と明確に言うことができない時代でしたので、世界中から検体を集めて実験し、子宮頸がんとヒトパピローマウイルスとの関係性を明らかにしていくという研究に日夜勤しんでいました。研究室のリーダーを含め、「ワクチンを作って、いつかは世界から子宮頸がんを撲滅する」という強い信念で集まった研究室のメンバーに刺激を受けつつ、貴重な体験をさせてもらったと今でも思い返すことがあります。
クリニックの内装が印象的で、居心地の良さを感じます。
リニューアルしたのが1992年なので30年以上はたちますね。事務長である私の妻が選んでくれたのですが、ステンドグラスや少しロココ調のインテリアの雰囲気が珍しいかもしれません。カーテンや壁紙も気分が華やぐようにと選んだもので、こちらで出産される方々が自分の家のように感じて過ごせるようにという思いがあります。また院内には、エステルームや喫茶室なども備えており、入院中も快適に過ごせるように工夫しています。
今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

妊娠した方にとって、またそのご家族にとっても、出産というのはとても大きなことです。ただ、陣痛の具合やかかる時間など、お産は一人ひとり違います。私たち医師は一人ひとりに丁寧に向き合って、できるだけリラックスした状態で赤ちゃんを産むことができるようにしていくことこそが使命だと感じています。後悔のないお産にするために、お母さんの気持ちをくみ取るということを大切にしながら、医師だけでなくスタッフ一同が寄り添っていきたいと思っています。産科のクリニックが減る中でも、赤ちゃんは生まれます。その受け皿になれるようにできるだけ長く続けていきたいと考えていますので、お産にまつわる不安をお持ちの方にはぜひ一度ご相談ください。