藤田 愛子 院長の独自取材記事
咲く花クリニック
(大阪市淀川区/西中島南方駅)
最終更新日:2025/08/12

新大阪駅近くのオフィス街に位置する「咲く花クリニック」。2025年5月、藤田愛子院長が就任し新たなスタートを切った。「自ら咲くというのは、その人がどう生きたいか、どんなふうにしていきたいかが実現できるようにという意味を持たせています」と語る藤田院長は、大学病院や県立病院での精神科救急、在宅医療など幅広い経験を持つ。薬物療法に頼らず患者の根本原因を探る治療に力を注ぐ。「私は基本お断りしていないんです」という言葉どおり、アルコール・薬物依存症などの患者も積極的に診療。率直で裏表のない人柄で、本当の意味で寄り添う医療を実践する藤田院長に、診療理念や取り組みについて聞いた。
(取材日2025年7月16日)
患者が「自ら咲く」ための医療を実践
新たに院長として「咲く花クリニック」を率いることになった経緯を教えてください。

以前「にじクリニック」として診療していた頃から、この場所で患者さんやスタッフの皆さんと関わってきました。そんなご縁のあるこの場で、今年5月から院長として引き続き診療を続けられることを、とてもうれしく思っています。これまでと変わらず、安心して通っていただけるよう努めてまいります。クリニック名の「咲く花」には、単に花が咲くのではなく「自ら咲く」という言葉に、患者さんが回復するということの本質を込めています。今の精神医療ではリカバリーという概念が重視されていますが、それは単なる病気からの回復ではなく、その人らしく生きられるようになることを指します。ストレスを抱えて心を病む人たちを、同じ環境に適応させることだけが精神医療ではないと私は考えています。
「自ら咲く」という理念について、もう少し詳しくお聞かせください。
誰かに仕事で認められるとか、お金を稼げるようになるとか、そういったことではなく、「その人がどう生きたいか」、どんなふうに生きていきたいかを実現できるようにという意味合いです。お花屋さんの花ではなく、自分がそこで咲きたいと思って咲いているというイメージ。私たち医療者は、時に「こうしなさい」と押しつけのようになってしまうこともあります。それは患者さんの回復を邪魔することにもなりかねません。私も過去に、患者さんではなく自分がこうあってほしいという方向に向けてしまったことがあります。基本的にはその方がそこで生きられるようにサポートする、雨が降ったら傘を差してあげられる距離で、その人の持つものを潰さないようにすることが大切だと考えています。
どのような診療経験を積んでこられたのですか?

神戸大学附属病院や県立総合病院での研修後、カナダ・バンクーバーで地域精神科医療を見学しました。精神科病床が総合病院内に限られ、重度の精神疾患患者も地域で暮らしている姿に衝撃を受け、日本との違いを実感。地域医療に関心を持つきっかけとなりました。その後、公立精神科病院で救急や慢性期病棟を担当し、長期入院患者のケアにも従事。統合失調症、気分障害、薬物依存症、発達障害など幅広く診療しました。特に印象深いのは訪問活動で、恐怖の中で暮らす患者さんの姿にふれ、共感と信頼を築けた経験が、治療の転機となりました。人の回復力と可能性に希望を感じながら、地域に根差した精神科医療を志しています。
薬に頼らない根本的な治療アプローチ
薬物療法についてはどのようにお考えですか?

私は、できるだけお薬に頼らずに治療を進めていけたらと考えています。人間は薬だけで人生が変わったり、心が変わったりすることはないと考えています。睡眠薬を希望される方には、まず寝る前のスマホやタバコをやめてもらい、それでも眠れない場合に初めて薬を検討します。抗うつ薬も同様で、心理的・環境的要因が大きい方は、そちらの調整なしに薬だけ飲んでも良くはならないんです。薬はあくまでも対症療法で根本的治療ではありません。また、以前診ていた患者さんから「新しい薬よりも、僕は別のことにお金を使いたいから従来の薬のままでいい」と言われたことがあります。その時、患者さんの経済力や生活全体を考えて薬を選ぶことの大切さにも気づかされました。
アルコール依存症にも力を入れていると伺いました。
当院ではアルコール依存症や薬物依存症の患者さんも受け入れています。アルコール依存症治療集団プログラムも実施していて、精神保健福祉士や心理士がスタッフとして入り、5〜6人程度の患者さんで毎週行っています。日本はコンビニで簡単にお酒が買え、昼間からテレビで宣伝している「飲め飲め」文化の中で、お酒をやめることがどれほど難しいか。プログラムでは依存症の知識を身につけていただき、当事者同士で「つらいよね」と共感し合いながら、どうやってやめられるかを一緒に考えます。断酒できなくても、ここに来て自分の問題をオープンにすることで気が楽になる方もいます。責められることが多い依存症の方々に、説教ではなく寄り添う場を提供しています。
幅広い患者さんを受け入れているそうですね。

可能な限り、困っている患者さんの力になりたいと考えています。認知症や妄想で家族が精神科の受診に連れて行くことができず困っている方や重度のうつ状態で家から出られず受診が困難な方、薬物の問題がある方など幅広く受け入れています。また、長年引きこもりとなっている方、軽度知的障害があるのに診断されずに社会で居場所がない方など。精神科は社会の矛盾や問題を直に反映される場所です。医療だけでは限界がありますが、命を守ることが医師の仕事。精神科であろうが内科であろうが、その方が「ここに来て良かった、なんとか生きていけるかな」と思えるような場所にしたい。他では言えない事情や恥ずかしいことも、ここでなら聞いてもらえると感じてもらえるよう、スタッフ全員がその準備をしています。
人との出会いを重視する包括的医療
医師5人体制での診療の強みを教えてください。

30年来の歴史がある診療体制を引き継ぎ、医師は私の他に、ベテランの田中先生、私より10〜20年先輩の医師、同年代の女性医師3人という構成です。世代の違いにより、患者さんも相性の良い医師を選べます。特に内科の医師がいることで、精神科と内科を同時に受診でき、あちこち行く必要がありません。精神を患っている方や発達特性を持つ方は特に長時間の待つことが苦手だったり、予定が多くなると落ち着かなくなったりするので負担軽減につながります。医師以外のコメディカルスタッフも充実していて、精神保健福祉士、作業療法士、看護師、心理士など、多職種が連携して診療にあたっています。同じビル内のデイケアや就労支援B型事業所とも連携し、スタッフがかけ持ちすることで情報共有がスムーズにできています。外来診療から訪問看護、デイケア、就労支援まで、包括的にサポートできる体制が整っています。
対面診療にこだわる理由をお聞かせください。
私は、診察ではできるだけ直接お会いすることを大切にしたいと考えています。人との出会いや人の言葉、まなざしも含めて、それが「人薬」だと思っているから。特に認知症の方のように言葉だけでは伝わりにくい場合、その方の雰囲気やしぐさ、たたずまいを実際に感じることで、ようやく見えてくることも多くあります。また、薬の処方についても、これまでの診療経験に照らし合わせながら慎重に判断しているため、できればお顔を見てお話しできるとありがたいです。この時代だからこそ、ネットが当たり前になったからこそ、人と人がちゃんと同じ空間で対面する時間が大事。受付スタッフも含めて、最初に声をかける人たちが「人薬」になれるよう伝えています。クリニックに来て最初に会うのは医師ではなく受付スタッフだから、そこから治療は始まっているんです。
読者へのメッセージをお願いします。

孤立してしまうのが一番つらいこと。もう誰も助けてくれない、誰もいないと思って、生きるのつらいと思ったとしたら、取りあえず話しに来てもらえたらいいなと。気持ちは変わらないかもしれないけど、どこにも言えないことがあったら話しに来てください。精神科ではケアができます。どんなに重い病気でも、生きるのがつらいと思っていても、それをなんとかしようとするのが私たち医療者の務め。時に厳しい言葉を言わざるを得ないこともあるかもしれませんが、見捨てたり見放したりしません。誰しも、病む時があるし、いずれは年を取ります。たまたま今元気な私も、いつか支えてもらう側になるでしょう。同じ人間として、手当てをしながら一緒に生きていきましょう。