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恒村 康史 院長の独自取材記事

恒村医院

(京都市左京区/神宮丸太町駅)

最終更新日:2025/04/16

恒村康史院長 恒村医院 main

神宮丸太町駅から徒歩5分に位置する「恒村医院」は内科、小児科を標榜するクリニックだ。院長の恒村康史先生は1993年に金沢医科大学医学部を卒業後、京都府立医科大学第三内科へ入局。消化器内科の医師として、大学病院や総合病院で研鑽を積んできた。2003年頃、当時自身の母が院長を務めていた同院でも勤務するようになり、2006年10月に継承した。1918年に開業し、恒村院長の祖父の代から長い歴史を持つ同院は、2017年時の改装でバリアフリー化が施された。以前の建物から一貫して和のたたずまいを保ち、待合室は畳敷きのため子ども連れの保護者にも喜ばれているという。今回は恒村院長に、同院の歴史や自身が継承するまでの経緯、診療で心がけていることなどについて語ってもらった。

(取材日2022年7月7日)

祖父の代から長く続く歴史あるクリニック

こちらは、107年続く歴史の長いクリニックなのですね。

恒村康史院長 恒村医院1

はい。当院は1918年に私の祖父が開業して以来、私の家族が代々診療を行っています。1951年には父が後を継いだのですが、父は私が3歳のときに亡くなってしまったんです。その後は一時休業を経て、私の母が院長として診療を行っていました。ですから、私が物心ついたときには、母が診療をしていたイメージですね。その母も2003年頃から体調を崩し始め、1人で診療をするのが困難になってきたので、初めはサポートというかたちで私が診療に携わるようになりました。

開院当初、ここはどのような場所だったのでしょうか。

開業した頃、この地は当院の向かいにある熊野神社の境内だったそうです。当時鴨川より東側にはお寺や神社がありました。出身地である九州から出てきた祖父は、熊野神社からこの土地と建物を購入したと聞いています。当院も2017年に改装するまでは当時の趣を感じるような建物だったのですが、やはり時代とともにバリアフリー化などが必要となり、急きょ改装することになりました。改装後も京都らしい趣を感じていただけるよう、待合室を畳敷きにしたり、内装を木目調にしたりして落ち着きのある雰囲気を大切にしています。今でもキッズルームに改装前の建物のイラストが飾ってありますよ。

先生ご自身の医師としてのご経験や継承のきっかけについて教えてください。

恒村康史院長 恒村医院2

私自身は金沢医科大学医学部を卒業後、地元である京都に戻って京都府医科大学第三内科教室に入局しました。消化器内科を専門に学び、胃や大腸の内視鏡検査なども熱心に行ってきましたね。また、兵庫県にある国立療養所青野原病院(現・国立病院機構兵庫あおの病院)でも勤務し、当時は消化器内科だけでなく内科全般を診療していました。当時、幅広い診療を行えたことは、現在のクリニックでの診療にたいへん生かされていると感じています。その後母の体調の都合で「恒村医院」に戻り、2006年に院長に就任しました。もともと医師になった時から当院を継承しようという思いはあったので、地域のクリニックの医師としてお役に立ててうれしいですね。

会話の中から患者に安心感を与えたい

こちらにはどのような患者さんがお越しになりますか?

恒村康史院長 恒村医院3

歩いて当院にいらっしゃるような、ご近所にお住まいの方がほとんどですね。特にお子さんや高齢の方が多く、一家そろって通ってくださる方も少なくありません。またこの辺りは京都大学も近く、お勤めの方が多くいらっしゃるので、お若いご家族も多く受診されます。あとは留学などで日本に来られた外国人の患者さんも多いですね。留学生の方の多くは日本語や英語が堪能なのですが、そのご家族となると日本語も英語も話せない方が少なくないので、異国の地で心細い思いをしないように全力でサポートします。帰国する頃にはすごく感謝していただけることも多く、「やっていて良かった」と思いますね。

現在の診療体制や、患者さんの主訴について教えてください。

現在は、私と妻の2人で診療を行っています。具体的な役割分担はあまりしていませんが、主に私が大人の患者さんを、妻が子どもの患者さんを診ることが多いです。妻は特にワクチン接種などの注射が得意で、子どもが気づかないうちに接種を終わらせてしまうこともあるんです。「女性の先生がいると安心」と感じる患者さんも少なくないようですね。また、患者さんの主訴は実に幅広いので、一概にご説明するのは難しいですね。私たちとしても「どんなことでも相談してほしい」というスタンスで診療に臨んでいます。もちろん、お話を伺って当院では対応が難しいなと思う場合には、専門の医療機関への紹介も行っています。紹介をする際は、患者さんが過去にかかったことのある医療機関や、通いやすい医療機関を優先して紹介先を選ぶようにしています。

診療について心がけていることを教えてください。

恒村康史院長 恒村医院4

最も大切にしていることは、患者さんとよく話をすることです。診療の中で病気が見つかったり、何らかの検査や処置が必要になったりすれば対応するのはもちろんですが、例えば特に何も処置が必要ない場合でも、よく話をするだけで安心したり、元気になったりして帰っていく方は少なくないんです。ですから、何でもないような会話から始めて、患者さんの生活像やお悩みの内容などを少しずつ引き出しながらじっくりお話を伺っています。誰にも言えない悩みや、健康に関するちょっとした悩みも気軽におっしゃっていただけるように、リラックスした雰囲気で診療に臨んでいます。

気軽に相談できるようなクリニックであるために

先生が医師になられたのはやはりご両親の影響でしょうか。

恒村康史院長 恒村医院5

結果的にはそうですね。最初は私自身、そこまで医師になりたいと思っていたわけではないんです。むしろ両親も祖父も医師だったので、明確なビジョンはないけれど「少し反発したいな」という気持ちもあるくらいでした。しかし、実際に進路を決める際、「やはり医師の道に進んだほうがいいのかな」と考えるようになり、医学部を志しました。分野を内科としたのも、両親の影響があったかもしれません。医学部卒業後の研修でいろいろな診療科を経験し、自分には何が向いているのか、どんなことがしたいのかをよく考えました。その中で、内科はすべての診療科の基本となるような診療科目ですし、もし将来母の後を継ぐならば全身を診る内科の知識があったほうが良いと考えました。また、内視鏡治療に興味があり、専門的な手技を身につけたいとも思っていました。母とご縁のある大学病院の先生からの勧めも後押しとなり、内科の中でも消化器内科を専門に選びました。

今後の展望について教えてください。

今後も、地域の患者さんに頼りにされるようなクリニックでありたいですね。やはり祖父、父、母へと継がれてきたこのクリニックを大切に守っていきたいと思いますし、子どもから高齢の方まで幅広い患者さんを診療できるクリニックでありたいと思っています。現在も校医を務めるなど、地域の方のためにできることに積極的に取り組んでいます。今後の事業継承については、現時点ではまったくの白紙ですが、特に世襲にこだわるわけでもありませんので、ご縁にまかせて今自分のできることを精一杯やっていきたいと思っています。

最後に読者へのメッセージをお願いいたします。

恒村康史院長 恒村医院6

当院では、内科、小児科として幅広い診療を行っています。地域のかかりつけ医として当院でできる診療は当院で行い、必要に応じて専門の医療機関への紹介も行います。ですので、ちょっとした困り事であっても、まずはお気軽にご相談いただければ幸いです。

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