郷治 滋希 院長の独自取材記事
朝日医院
(名古屋市中川区/尾頭橋駅)
最終更新日:2025/09/25
名古屋の下町・尾頭橋地区で40年以上地域医療を支えてきた「朝日医院」。2021年に院長に就任した郷治滋希(ごうじ・しげき)先生は、20代前半まで海外でサーフィンや現地の人々と交流し英語やコミュニケーション力を磨いたり、市場や配送業などさまざまな職を経験したりしてから医師になったという異色の経歴を持つ。郷治院長が、多様な人生経験で培ったコミュニケーション力は今や診療の要となっている。ガイドラインに基づく科学的診療と丁寧な対話を両立。年間数多くの内視鏡経験を持つ消化器の専門家として、患者一人ひとりの人生に寄り添う診療について話を聞いた。
(取材日2025年6月27日)
豊富な人生経験を診療に生かし医師の道へ
開業から40年以上の歴史があるクリニックを継承されたきっかけは?

父が1982年に開業したクリニックで、私は長く大学病院などで働いていました。継ぐかどうか迷っていましたが、地域の方々から「続けてほしい」という声を多数いただいたんです。高齢患者さんにとって遠方の病院通いは大変で、長年この地で診療を続けてきたクリニックの存在が皆さんの安心感につながっていました。そこで2021年に継承を決意。1階を駐車場、2階を診療室にし、感染症対策の個室やキッズスペースも設けました。父からは「全部お前の考えでやれ」と任され、現在は父が理事長として内科と漢方の外来を、私が院長として内科と消化器内科を担当する二診体制で診療しています。
医師になるまでにさまざまな職業を経験されたそうですね。
20歳過ぎまで医学部に入るつもりはありませんでした。高校でアメリカンフットボールに打ち込んでいましたが、最後の試合で体を壊し進路が白紙に。卒業後はニュージーランドやオーストラリアでサーフィンをしながら過ごし、現地でアメフトのコーチも経験しました。帰国後は中央卸売市場での配送や新聞販売店のトラック運転などさまざまな仕事を経験。ある日、ペアを組んでいたベテランの方に「このままこの仕事を続けるのか」と聞かれ、そこで初めて将来を真剣に考え、22歳から受験勉強を始めて医学部に入りました。さまざまな立場の人々と接した経験は、今でも患者さんの生活背景を理解する大きな財産になっています。
リニューアルされたクリニックの特徴を教えてください。

白を基調としたスタイリッシュな外観で、院内もピクトグラムを使ったわかりやすい案内を採用しています。待合室には私がセレクトしたレコードを飾り、月替わりで変えることで来院の楽しみも提供したいと考えています。設備面では、上部消化管内視鏡検査機器や腹部エコー、院内で迅速に結果が出る血液検査機器などを導入。特に内視鏡検査では、経鼻・経口とも細径スコープを使用し、苦痛の少ない検査を心がけています。また、すぐ近くに藤田医科大学ばんたね病院があり、緊急時には看護師が車いすで患者さんを送ることもあるほど密な連携を取っています。この地域は古くから住む方が多い「下町」ですが、最近は新しいマンションも増え、単身赴任の方や若い世代も増加。幅広い年齢層の患者さんに対応できる体制を整えています。
患者との対話を重視する診療スタイルの確立
診療で最も大切にされていることは何ですか?

「ガイドラインや根拠に基づいた診療」と「患者さんとのコミュニケーション」の両立です。きっかけは研修医時代の当直での出来事でした。風邪で来院したおばあさんに付き添っていた息子さんたちが難しい顔をしていて、話を聞くと、その日既に他院を受診していたのに症状の説明が理解できなかったと。私は他院で出された薬の内容をしっかりと説明しただけなのですが、それで皆さんの表情が和らいだんです。この経験から、患者さんに理解してもらうには医師の説明の仕方がいかに重要かということと、簡単な言葉で繰り返し説明することの大切さを学びました。今は統計データやガイドラインという科学的根拠をもとに、それを患者さん一人ひとりが理解し納得できるよう、その方に合わせた言葉で伝えることを心がけています。
消化器内科医として、内視鏡検査ではどのような工夫をされていますか?
大学病院を含む勤務先で数多くの内視鏡検査を担当してきた経験を生かし、できるだけ苦痛の少ない検査を提供しています。当院では経鼻・経口とも細径スコープを使用。精密検査には向きませんが、より多くの方に楽に受けていただきたいという思いからです。安全管理の観点から鎮静剤は使用せず、代わりに個人に合わせた局所麻酔の工夫と、検査中もモニターを見ながら説明することで不安を軽減。経験上、ほとんどの方が鎮静剤なしで検査を受けられています。また、消化器疾患は薬だけでなくメンタル面も大きく影響するため、機能性胃腸症や過敏性腸炎の患者さんには特に信頼関係を大切にした診療を行っています。
生活習慣病の管理で心がけていることはありますか?

「出しっぱなしの治療」は最も嫌うところで、定期的な検査で必要な薬と不要な薬を常に見直しています。患者さんが治療を継続できるよう、一人ひとりの生活背景に合わせた声がけを大切にしています。例えば、厳格そうな方には丁寧に、フランクな方には親しみやすく接するなど、これまでのさまざまな職業経験で培った人間観察力を生かしています。最近では血圧管理アプリと連動する血圧計を勧めるなど、現代的なツールも活用。「焼肉も食べたいし、修行僧のような生活は続かない」という現実を踏まえ、無理のない範囲で最大の効果を得られるよう工夫しています。私自身も運動を続けており、「努力している」と言いきれることが、患者さんへの説得力にもつながっていると感じています。
地域に根差した医療の継続と新たな展開
訪問診療を始められた理由を教えてください。

長年通院されていた患者さんが高齢化し、通院が困難になるケースが増えてきました。以前は訪問専門の先生に紹介していましたが、患者さんから「先生に診てもらいたい」という声をいただくことが多く、訪問診療の開始を決意しました。この診療スタイルだと外来の回転率は良くないのですが、一人ひとりとしっかり向き合うことを重視しています。現在は徐々に訪問診療の患者さんも増えており、外来と訪問診療の両輪で、最後まで患者さんを見守る体制を整えています。将来的には父が高齢になることも見据え、訪問診療の比重を少しずつ増やしながら、地域の皆さんが安心して医療を受けられる環境を維持していきたいと考えています。
多趣味でいらっしゃるそうですが、診療にどう影響していますか?
今は釣りや虫の飼育、子どもとの遊びなど、季節や気分で前に出てくる趣味が変わります。昼休みにロードバイクで70Km走ったり、休日早朝にマウンテンバイクで山を走ったりしています。水泳は特に力を入れていて、昔は体力任せでしたが、今は頭を使って効率的に泳ぐことで、50歳になってもまだ上達しています。こうした継続的な努力は、患者さんに「運動しましょう」「生活習慣を改善しましょう」と言う時の説得力になります。また、さまざまな趣味を通じて出会う人々との交流も、診療での会話の引き出しを増やしてくれています。立場が人を作るという言葉どおり、医師として成長する中で、もともと喋るのが苦手だった自分が変わっていきました。今では患者さんとの会話を楽しみながら、その方に適した医療を提供できるよう努めています。
今後の目標や読者へのメッセージをお願いします。

私たちのクリニックは、ガイドラインに基づいた医療と、患者さん一人ひとりに寄り添う温かい医療の両立をめざしています。さまざまな人生経験を経て医師になった私だからこそ、患者さんの生活背景や気持ちを理解し、無理のない治療計画を一緒に考えることができると自負しています。生活習慣病は一生の付き合いになることも多いですが、「ここに来て良かった」と思っていただけるよう、検査データだけでなく、その方の人生に寄り添った診療を心がけています。地域の皆さんが若い時から高齢になるまで、そして最期まで安心して過ごせるよう、外来診療と訪問診療を通じて支えていきたい。これからも変化を恐れず、常に患者さんにとって最善の医療を追求し続けていきます。

