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大河内 恒 院長の独自取材記事

大河内メンタルクリニック

(鎌倉市/大船駅)

最終更新日:2021/08/04

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湘南の玄関口ともいえる大船駅。笠間口から4分ほどの閑静な住宅街に、「大河内メンタルクリニック」はある。1997年に大船駅の近くで開業した後、2008年に集団療法室を開設するため現在地へと移転した。大河内恒院長は50年以上に及ぶキャリアにおいて、「精神医療は患者と向き合うことであるが、それは同時に精神科の医師が自分自身と向き合うことでもある」ということ、「精神医療は人生問題であり人間の存在上の問題と切り離すことはできない」ことにたどり着いた。自身の経験を通じ、自己と自己自身との関係に迫っていくプロセスが人生の目的であると気づき、それこそが精神医療の神髄でもあると確信したという。そんな大河内院長に、自身の診療について話を聞いた。
(取材日2018年4月19日/情報更新日2021年7月8日)

大学病院や公的病院など幅広く経験を積んで開業

貴院の診療体制について教えてください。

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1997年4月の開業なので25年ほどがたちました。現在は、毎週金曜日に来ていただいている女性医師と2人で診療を行っております。その医師は大学の同期です。2008年4月から来ていただいておりますが、無遅刻・無欠勤です。そのほかに臨床心理士2人が非常勤で在籍しており、カウンセリング業務にあたっております。

院長のキャリアについて教えてください。

北海道の片田舎の中学を出て、旭川市の高校に進学しました。成績は振るわず、目立たない生徒でした。一浪して、なんとか目標の大学に入りました。2年間の教養課程が終わったところで、医学部に進むことにしました。医師になりたかったわけではなかったのですが、成績順で入れる仕組みの中で、医学部だけが選抜試験がありました。それに賭けるしかありませんでした。それで医師の道を選ぶことになりました。卒業時には、所属する医局を決められず、ある役所に入りました。役人になりたかったわけではなく、3年で辞めると決めていました。そこを辞めた後、ある精神病院の募集に応じました。しばらく、そこで仕事をしているうちに、精神科の医師としてやっていくにはこのままではよくないと考えました。その2年後、東京大学医学部附属病院の精神科へ入局を許されました。やがて医局長になりました。

それが、先生と精神科との出会いだったのですね。

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しかし上に行くつもりがなく、そこに居座ると場所ふさぎになると思い、外に出ることにしました。ある公的病院に職を得ました。しばらくして受け持ちの患者さんの入院を巡る対立が起きました。入院は自由の拘束になります。一人格の命運に関わる問題です。主治医はいわば代理人なので、本人の自由を託されているのです。だから主治医がもっともであると自覚できない以上は妥協の余地はありません。数人のスタッフの協力を得て、その患者さんを「地域で支える」ことになりました。しかし、最終的にはわれわれの手で入院の措置を取ることになりました。私は行き場を失い、医療刑務所に職を求めました。そこは思いの外「いいところ」でした。何より自由がありました。その「最後の砦」のような場所で出会った所長が良識ある人でした。その所長の退官の日が近づいて、身の振り方を考えた時、ふと頭に浮かんだのが開業でした。それは、これ以上にないアイデアでした。

薬に頼りすぎない、信頼から生まれる共感が治療の柱

いざ開業されて、良かったことを教えてください。

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何よりも自由に恵まれたことです。そして「上質の人間関係」に恵まれたことです。「上質」というのは患者さんと関わることは、おのずから人生問題に取り組むことにつながるからです。一般の人間関係では、生と死、有限と無限、超越的世界、生きる意味、自然と人為、などなど人間に関わる難問に関わることはありません。日常生活にくつろぎを与える、人との間で親密な関係を味わう、自分は独りではない……といったことが重要です。そういう中で、一般の社会で「心に傷を負う」理由の過半は対人関係にあります。精神医療には、世間での対人関係が無効化したときの「医師・患者関係」で新たな地平を開く、といった意味合いがあります。そこで「心の回復」を得て、改めて日常世界での「対人関係」に帰っていくのです。

診療に際して心がけていらっしゃることは何ですか?

投薬も行いますが、薬はあくまでも補助的なものです。精神医療には、一般の対人関係が無効化した場合に備えた救護的な役割があります。救いが必要な人は対人関係が破綻を来しているといえます。そういうときのために用意されているのが、医師・患者関係という特殊な対人関係です。そこではとりわけ「共感関係」が重要です。それによって患者さんが、人への共感力に新たな自信が蘇れば、一般の対人関係に戻る自信も湧いてきます。精神医療とは、共感性を培う場です。精神医療はその都度の創造行為であるともいわれます。自我が無意識界に問いを立てるということが精神科医の欠かせない仕事です。無意識界は自我の姿勢いかんで豊穣な大地にも、沈黙の大地にもなり得ます。

印象に残っているエピソードはありますか?

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精神医療は、医師・患者関係での共感性が鍵になります。ある患者さんが「何だかよくわからないけど良くなった」と言っておられました。その方は自分では気づかずに共感力が活性化していたのかと思われます。日常生活で親しい友人に会うと励まされるのも同じことです。印象が深い手前みそを言わせていただければ、ある患者さんは3ヵ月ほどで終診になりましたが、「今までの30年間は何だったんだろう」と言っておられました。

「共感力」により、人を信じる心の回復をめざす

先生ご自身が習慣にしている健康管理について教えてください。

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10年ほど前に悪性リンパ腫と前立腺がんが見つかり、放射線治療を受けました。今は、主治医の先生から、「私の出番はもうありません」と言っていただいております。また、7年ほど前から毎週の休診日に、キックボクシングの個人レッスンを受けています。小一時間かけてトレーニングジムに通い、1回あたり50分のスパーリングを行っております。数ヵ月前からそれに加えて、30分ほど、柔道の練習も追加していただきました。おかげで体調はすこぶる良好です。これまで、自分の人生と戦ってきたという思いがあります。格闘技への関心はそれとつながるように思えます。

先生の理想とする精神科診療とは?

精神医療は、繰り返しになりますが、共感力の養成にあるといえます。社会生活の壁に阻まれる最大の理由は、他者たちとの共感性の欠落、自己愛の傷つき、あるいは「真の自己」といったものから遠ざかる、といった問題です。ですから、困難のあった対人関係が蘇ること、そして人を信じる「心の回復」が課題です。従って、「医師が患者を治す」のではありません。患者さんが「自分で自分を助ける」ことを促すのが私たち精神科の医師の役目です。私たちの仕事が、産婆術といわれるゆえんです。

読者に向けて、メッセージをいただけますか。

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人間は、誰もが独りでは生きることができません。人との関係は不可欠です。しかし、「自分で自分を助ける」心がその前提になります。日常の「社会的存在」は「仮の自己」ともいわれます。それは「真の自己」の存在が前提になってのことです。それは心の内界に自我のよりどころがあるという意味になります。自我が自我のよりどころの意向に即することが「真の自己」への道です。それは、現実には到達不可能ですが「『今』にとどまる」ことがその現実的な方策です。「今にとどまる、集中することの具体的な例としては、例えば「料理」です。料理には治療的な意味があります。社会生活では、他者たちとの競合になるので、方向を見失うことは常にあり得ます。そうしたときに集中力が問われます。また、「心の幼さ」も自我の機能不全化を招く理由になります。そのように「心の問題」はとかく難解ですが、そうしたことを扱うのが精神療法です。

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