土屋 永寿 院長の独自取材記事
つちやクリニック
(川口市/西川口駅)
最終更新日:2025/09/05

西川口の住宅地に立つ「つちやクリニック」。白い外壁に緑の看板が目を引く一軒家のクリニックで、土屋永寿院長が穏やかな笑顔で迎えてくれた。新潟大学卒業後、がん研究会がん研究所で肺がんの病理診断と研究に長年従事。66歳を機に臨床医への転身を決意した。「診断・研究だけではなく、患者さんと関わっていきたい」と湯沢町で9年間総合診療を経験し、認知症サポート医として地域医療に取り組んできた。自身の臨床経験から家族の苦労を深く理解し、患者だけでなく家族のサポートにも力を注ぐ。開業の経緯や認知症診療への思い、地域医療にかける情熱について話を聞いた。
(取材日2025年8月12日)
研究者から患者と向き合う臨床医への転身
がん研究から臨床医へ転身された経緯を教えてください。

新潟大学医学部卒業後は、がん研究会がん研究所で病理診断と研究に携わりました。日本のがん研究のリーダーであった菅野晴夫先生にご指導を受け、肺がんの発生メカニズムなどを研究していたんです。病理診断は標本を見てがんか否かを診断するのですが、患者さんと直接関わることはありません。診断だけではなく、より患者と関わっていきたいと思い、神奈川県立がんセンターの臨床研究所長を定年退職したことをきっかけに、次は患者さんと直接向き合える臨床に行こうと決めたんです。地域医療振興協会に応募し、湯沢町保健医療センターで総合診療の医師として9年間勤務しました。高齢者が圧倒的に多い地域で経験を積むことができました。
エチオピアでの経験も、医師人生に影響を与えたのでしょうか?
医学部を卒業してから間もない頃に、母校の教授から声をかけていただき、1年間エチオピア(旧・エチオピア帝国)に行く機会がありました。もともと、医師であり神学者でもあったシュヴァイツァー氏の本を読んでアフリカに興味を持っていたので、行くことには前向きだったのです。しかし実際に現地での活動を通じて、もっと修業や知識を積んでから来たほうがいいことを痛感しましたね。ただ、この経験があったからこそ、この後の研究生活で「現場を知る」ことの大切さや重要性に気づけたのかもしれません。エチオピアからの帰国後、がん研究の道に進みました。
診療で心がけていることはありますか?

できるだけ患者さんサイドに立って診療することを心がけています。また、患者さんの話をよく聞くことが何より大切だと思っていて、現病歴など含め話をよく聞くことで、大体この診断かなというのがわかってくるんです。特に、認知症の患者さんには初診で約1時間かけて診察していきます。午後3時からの診療時間の前に来てもらい話をじっくり聞きます。あとは、研究者として培った「常に新しい知識を取り入れる」姿勢は、臨床でも大切にしています。
認知症患者と家族に寄り添う診療
認知症診療にはどのように取り組んでいますか?

認知症サポート医として、週に1回は認知症専門病院で勉強を続けています。認知症には大きく4つのタイプがあり、それぞれ対処法が異なるため、できるだけ精密に診断することが重要です。初診では患者さんと家族から詳しく話を聞き、血液検査や画像検査を行います。CTやMRIが必要な場合は連携する医療機関をご紹介しています。また、認知症は高齢の方に多いので、遠くの大きな病院の前に、こうして地域にあるクリニックでも診られることは、負担も少なく地域の方々のお役に立てているのではないかと思います。
ご家族へのサポートはどのように行っていますか?
認知症である本人は「私は大丈夫」と思っていることが多く、一方ご家族の方が困り果てている場合が多いんです。ですから、ご家族のサポートも非常に重要になります。まず地域包括支援センターに連絡して連携を取り、何かあったら相談できる体制をつくります。それから、患者さんが変なことを言っても怒らないよう、「病気だから仕方ない部分もある」と理解してもらうことが大切です。このことを知らず、普段どおりに接してけんかをするのと、病気だと知って接するのとでは大違い。特に亡くなってから「もっと優しくすれば良かった」と後悔しないよう、ご家族には病気の理解を深めてもらうようにしています。
生活習慣病の診療についても教えてください。

糖尿病、高血圧、高脂血症、高尿酸血症などの患者さんが多く来院されます。健康診断で指摘され、会社から受診を勧められる方も多いですね。尿酸値が高い方は比較的若い世代に多い印象です。生活習慣病の治療としては、1〜2ヵ月に1回の定期通院で薬物治療を続けることが多いですが、生活習慣病は「なぜ治療が必要なのか」を理解してもらうことが重要です。そのため、ただ薬を出すだけでなく、最近の論文で明らかになってきた高脂血症と認知症の関連性など、新しい知識も交えながら治療の重要性を説明しています。
常に知識をアップデートしながら地域に貢献
新しい医療知識をどのように診療に生かしていますか?

医療は日進月歩で変わっています。論文を読み続けないと「え、そんなふうに進んでるの?」と、遅れてしまうんです。だから今でも一生懸命新しい知識を取り入れるようにしています。直接認知症とは関連しないようなものでも、研究が進むにつれて、認知症の予防につながる可能性があります。例えば、帯状疱疹のワクチンや高脂血症のコレステロール値を下げることが認知症のリスクを抑えることにつながるのではないか、といった論文も出ています。こうした先進の情報を自分で確認し、必要があれば患者さんにも伝えています。研究者時代に培った「常に論文を読む」習慣は、臨床医になった今も続けています。その知識を地域の皆さんに還元することが、私の役割だと思っています。
今後の展望をお聞かせください。
「町医者」として困っている人の力になる、それだけです。認知症の患者さんとそのご家族の精神的な負担を少しでも軽くできればと思っています。ご家族が知識を持たずに介護をして後悔するのは本当につらい。だから、病気を理解してもらい、適切な対処法を伝え、包括支援センターなどと連携しながらサポートしていきたいんです。開業して3年がたちましたが、「ここに来て気持ちが楽になった」と思ってもらえたらうれしいですね。これからも患者さんの話をじっくり聞いて、その人に合った治療を提案していきます。がん研究から始まった私の医師人生ですが、最後は地域の皆さんのお役に立てる町医者として全うしたいと思っています。
読者へのメッセージをお願いします。

認知症を予防するには、危険因子をできるだけ下げることが大切です。糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病をきちんと管理し、タバコとアルコールは控えめに。そして運動と社交性、この2つが特に重要です。人とよく話し、体を動かすことで脳が活性化されます。軽度認知機能障害の段階なら、これらの取り組みで進行を遅らせることも期待できます。また、ご家族に認知症の疑いがある場合は、早めに相談してください。本人は困っていなくても、周りの家族が困っているなら受診のタイミングです。当院ではご家族だけの相談も受けつけています。何か心配なことがあれば、気軽にご相談ください。地域の皆さんが安心して暮らせるよう、これからも研鑽を続けていきます。