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石川 義博 院長の独自取材記事

石川クリニック

(国立市/国立駅)

最終更新日:2024/08/07

石川義博院長 石川クリニック main

国立駅から徒歩1分。「石川クリニック」は2001年開業の精神科・心療内科のクリニックだ。石川義博院長は、ベストセラー本の執筆でも知られる土居健郎先生を師とし、多彩な経験と豊かな学識をもとに診療にあたっている。精神科の医師を志したのは戦争がきっかけで、あまりにもたやすく変わる人間の姿に、人の心理について学びたいと思ったからという。その後、非行少年や犯罪者の診療、精神鑑定でも経験を積み、当時の世の中を騒がせた連続射殺犯の精神鑑定も担当した。聴き手に徹した丁寧な診療は一貫した石川院長の姿勢だ。「できる限りこの仕事を続け、人の役に立ちたい」と話す。緑に囲まれた院内で、これまでのこと、診療にかける思いなどを聞いた。

(取材日2024年7月18日)

戦争中の体験から精神科の医師を志す

国立で開業なさったきっかけは?

石川義博院長 石川クリニック1

国立に自宅があるものですから、地元に貢献したいと通いやすい場所を探している中で、ここが見つかりました。それまで東京都精神科医学総合研究所に勤めながら、週に1度、都立の病院で外来診療を担当していました。大勢の患者さんがおいでになり、お一人お一人になかなか時間をかけられないのが悩みでした。研究所を退職して開業するにあたっては、もっとじっくり患者さんと向き合えるクリニックにという思いがあり、今もお一人30分を取ってお話を伺うようにしています。内装には受付や経理を担当している妻の目が生かされています。室内に緑を多く配置したり、待合室の窓を木枠にしたり、患者さんにできるだけくつろいでいただきたいと思っています。

どういった患者さんがいらっしゃっていますか。

若い方からご高齢の方まで、さまざまです。症状としてはうつ病が多いでしょうか。慢性疲労症候群であるとか、痛覚障害であるとか、原因のはっきりしない疾患の患者さんも受けつけています。私の診療は、恩師の土居健郎先生から学んだ、精神分析的な精神療法です。土居先生は、ご執筆された本で明らかにした、欧米人とは異なる日本人の特性を治療に生かしました。土居先生が東大の大学院の学生に教えるということで、私もそこに入れていただき、先生が亡くなるまで50年もの間、勉強させていただきました。土居先生の教えは深く、先生の手にかかると今までわからなかったことが見えてくる。先生の偉大さを折にふれ、感じ続けています。

先生はなぜ精神科の道を志されたのですか。

石川義博院長 石川クリニック2

戦争がきっかけでした。私は東京生まれで、小学校3年生まで東京で育ちました。自分で言うのもなんですが、勉強ができたのでずっと級長で、先生にもかわいがられていたし、友達もたくさんいました。ところが、戦争で田舎に疎開することになったら、周りの扱いがまったく変わってしまいました。当時農村では米を作ることが一番大事で、それに適した体力のある者、米作りや草刈りが上手な人が優遇される。私のように痩せて農作業の下手な者は、子どもでも「無駄飯食い」と無視され、つらい思いをしました。もう一つ大きかったのは、日本が戦争に負けてそれまで軍国主義だったのがいきなり民主主義と騒ぐようになったこと。日本中がころっと変わって、そういう大人のやり口が子ども心にショックでした。人間は状況や環境によって変わるものなのだなと。それで人間というものをもっとよく知りたいと、精神科を志すようになったのです。

非行少年や犯罪者の診療で経験を積む

その後東京大学の医学部に進まれたのですね。

石川義博院長 石川クリニック3

東京大学では小説家でもあった加賀乙彦教授が私の指導者で、精神鑑定を一緒にやらないかと誘ってくださいました。精神の病に苦しむ人の力になりたいと思って入学したのに、教授に「大学は研究をするところで臨床の場ではない」と言われてがっかりしていた私にとって、当初の目的である「人間を理解する」ことに近づける場のように思いました。当時は非行少年が増えて問題になっていた時代で、誰かが研究をしなければと非行少年の研究を始めたのもその頃です。それがやがて医療少年院での診療につながります。

医療少年院での実績が認められ、死刑囚の精神鑑定をなさったとか。

医療少年院で特に印象に残っているのは、一度退院したもののまたすぐ罪を犯し、再入院してきた少女です。担当になったものの、最初のうちはほとんど泣き叫んでいるだけで、人を憎んだり恨んだりする言葉しか聞くことができませんでした。最初はどうしようかと戸惑ったものですが、まずは3ヵ月ほどひたすら話を聞き、彼女に向き合い続けました。結果、1週間に1回、1時間の面談では足りなくなり、話し足りないことはノートに書いてもらうようにしたら、1週間で大学ノート1冊がいっぱいになりました。それまで誰にも聞いてもらえなかったけれど、言いたいことがそれだけたまっていたのしょうね。そういう経験があったので、当時連続射殺犯として世間を騒がせていた被告人の精神鑑定を頼まれました。最初は私のような若造が、このような大事件を扱っていいものかと悩みましたが、結局、自分の治療経験をできるだけ生かそうと、お引き受けすることにしました。

精神鑑定は異例の長期にわたったそうですね。

石川義博院長 石川クリニック4

鑑定期間は278日にも及びました。最初はこちらからは何も言わず、ただひたすら、彼の話を聞くことに努めました。そうすると、子ども時代のこと、金の卵といわれて集団就職したこと、その後の失敗など詳しく話してくれるようになりました。少女と向き合った経験から得た「とにかく人の話を丁寧に聞く」方針が、その後の診療にも生かされることになったのです。この鑑定では彼の生まれた青森まで足を運びましたし、彼のお母さんと母代わりを担っていたお姉さんにも会うことができました。本当に貴重な体験をさせてもらいましたね。

まずは話を聞くことから始まる

患者さんにお話をしてもらうために、心がけていることなどはありますか。

石川義博院長 石川クリニック5

やはり心を開いていただくことが大事ですから、何度も会うことも大事です。一見治療とは関係のない、趣味の話、例えば野球やサッカーのことから話が弾むこともありますね。自分自身の体験も大切だと思っています。そういう意味では、恵まれた家庭で成績も優秀で、何も苦労をしていないと、犯罪者や非行少年の話は本当のところでは理解できないかもしれませんね。私の場合、周りから疎外され、つらかった疎開体験が意外なところで役立っているのかもしれません。

何か趣味はおありですか。

本を読むのが好きですね。政治、経済、哲学、宗教、いろいろな本を読みます。疎開していた頃は、ラジオもテレビもない。本以外に楽しみがないわけですよ。夢中で本を読んでいました。だから大学受験でも、国語の勉強はほとんど必要なかったくらい。土居先生も「人間の心理がわからなかったら本を読め」とおっしゃっていました。恋愛小説でも、探偵物でも、歴史小説でも「なんでもいいから本を読みなさい」と。本にはどういう形であれ、人間の心理が表れていますよね。一人の人間が体験できることは限られていますが、本を読めば無数の体験ができる。今は「死」を扱った本を読んでいます。患者さんにとっても、私にとっても、死は非常に重要な問題ですから。

最後に読者へのメッセージをお願いします。

石川義博院長 石川クリニック6

人は一人ひとり違います。体験した学校時代、結婚生活、仕事の経験、本当にそれぞれです。ですからお話しいただかないと、その方の人生や問題になっていること、つらさもわかりません。うれしかったこと、困ったこと、つらかったこと、喜んだことなど、何でもお話しください。そうすれば、困っていることの解決や病気の治癒への糸口が見つかるかもしれません。話をお聞きすることが一番の治療になるかもしれません。まずは話しに来て、解決策を一緒に考えていくことが大切です。

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