医療法人社団俊和会 寺田病院

寺田俊明 理事長

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扇大橋駅から徒歩1分ほどの場所に大腸・肛門の治療と内視鏡検査などを得意とする「寺田病院」がある。ここには年間1万人もの患者が内視鏡検査をするために訪れる。なぜこんなにも多くの患者が訪れる病院に発展したのか。大腸・肛門の治療からソケイヘルニアや下肢静脈瘤まで、下半身の治療であれば同院で診断・治療可能な幅広い診療科目と高い技術力はその人気の理由の1つだろう。しかし、同院が人を集めるのはそうした技術力からだけではないように思われる。理事長である寺田俊明医師へのインタビューを進めていくと、寺田理事長がいかにこの地域を愛しているかが伝わってくる。患者と医療従事者のために何ができるか。寺田理事長の将来へのビジョン、そして同院の歴史や得意な治療について、話を伺った。(取材日2015年6月8日)

父の志を引き継ぎ、発展させ、患者数1万人規模の病院に

―病院の成り立ちと歴史について教えてください。

1970年に父の開いた夜間診療所が寺田医院の始まりです。地元密着型のいわゆる赤ひげ医院ですね。父は元々外科の医師でしたが、寺田医院には手術室がないため内科の診療が中心となりました。そこで、1980年に外科手術もできる寺田病院を作りました。しかし、その後、父は僕が大学生の時に志半ばで他界。大学生の僕が院長を引き継げるわけもなく、当時の副院長であり内科の医師であった澤井先生が院長を引き継いでくださいました。その後、しばらくの間、当院は内科の病院として機能します。僕自身は1995年に大学を卒業して医師となりました。医師という職業は大学を卒業してすぐに何かができるわけではありません。そこで、外部の病院で経験を積むことにしたのです。

―外部の病院でどのような経験を積まれたのですか?

まず、三井記念病院で研修医となり、外科的治療を学びました。この病院は4年間勤めると原則、外部の病院に出なければなりません。そこで、今後大腸がんが増えていくことを見越して、次は大腸内視鏡の治療で有名な亀田総合病院に1年7ヵ月の間お世話になりました。もっと勉強したほうがいいのかもしれないですが、寺田病院では澤井先生が一人前になった僕が帰ってくるのを待っています。のんびりはしていられなかったんです。内視鏡治療に携わり、1つ気がついたことがありました。内視鏡をお尻から入れる際、痔の人が多かったのです。その時、大腸も肛門も診られる専門施設の必要性を感じました。そして、この治療は自分の特性として、寺田病院に戻る際のおみやげにもなると考えました。そこで、大腸・肛門治療のパイオニアの先生がいる東葛辻仲病院で修業しました。当時の辻仲病院はスタッフが少なく大変忙しかったのですが、そのおかげで症例数を多く積め、かなり自信がつきました。

―先生がこちらに戻られて、それらの経験はどのように生かされましたか?

2002年に当院に戻り、外科手術を再開しました。一方、内視鏡検査も始めました。当時の内視鏡検査実施件数は年間約50件程度。それが2014年には年間約1万件をこなすほど患者さんが増えました。これだけ患者さんが増えたのは「あの病院は痛くないように内視鏡を入れてくれる」と評判になったからではないでしょうか。当院では、当時画期的だった大腸内視鏡をたるませずに挿入する方法を既にマスターしていたのです。患者さんが増えてくると、それまでの寺田病院の建物が手狭になりました。また、肛門と内視鏡は医療圏が広く、駅から離れた当時の寺田病院の立地もマイナスでした。そこで、2013年により広い土地であり駅にも近い現在の場所へ移転を決意したのです。



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