おおやクリニック

おおやクリニック

田中正司 院長

頼れるドクター

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JR中央線、西武多摩川線の武蔵境駅北口から、亜細亜大学通りまで直進。交差点を左折していった場所に「おおやクリニック」はある。駅から徒歩5分、大通り沿いのわかりやすい立地だ。先代が1976年に耳鼻咽喉科として開院してから約40年間、地域住民の健康を見守り続けてきた。田中正司先生が加わった1998年から、内科、小児科、産婦人科も標榜。赤ちゃんからお年寄りまで診ることのできるクリニックとして、今日を迎えている。2014年より院長に就任した田中先生は、成田記念病院で産婦人科部長を務めていた際、同地区にて初めて体外受精を成功させた不妊治療のエキスパートでもある。医師になったきっかけや、不妊治療から婦人科疾患についてなど幅広くお話を伺った。
(取材日2014年11月13日)

歴史あるクリニックで、地域の子どもからお年寄りの健康を見守る

―40年の歴史があるクリニックだと伺いました。

義父が1976年に耳鼻咽喉科として開院しています。私が1998年に加わり、その時から内科、小児科、婦人科を標榜するようになりました。2014年に私が院長就任しまして「おおやクリニック」という院名に変更しています。この地域に住む赤ちゃんからお年寄りまで幅広い世代に愛していっていただけるように、ひらがなの名前にしたんです。婦人科は診察に行きづらいイメージがありますが、内科や小児科も一緒にあるということで女性が入りやすい一面もあると思います。

―医師になったきっかけを教えてください。

実は元々医師になるつもりはなく、書道が好きで書道家になろうと思っていました。書道の県大会でずっと金賞を取っていた子どもだったので、なれると思っていたんですね(笑)。ところが高校3年生の夏頃、急に師匠から「書道家になるのを諦めなさい」と言われまして・・・そうは言っても、もう進路を決める時期でしたからね(笑)。どうしようかなと考えていた時に、ちくのう症の手術を受けたことで医師になるのもいいんじゃないかと思うようになったんです。急な話だったので両親も反対しましたし、担任の先生も「1年の勉強ではとても受かる訳がない」と、とても心配していました。その言葉でこれは頑張らなければと思い、必死で勉強しました。その結果1年間浪人し、医学部に入ることができました。無事に医学部に入学した時には、高校の担任の先生はがんで亡くなられてしまっていたので、墓前に報告は行きましたが、実際に伝えて安心させてあげたかったですね。両親も医学部に合格してからは、とても喜んで応援してくれました。奨学金をもらって無事に卒業することができ、ようやく安心してもらえたのではないでしょうか。

―産婦人科を選ばれたのはなぜですか?

昔から子どもや赤ちゃんが好きだという気持ちが強かったので、小児科医になるか悩んでいた時期もあったのですが、実際に病院勤務をしていると、無事に赤ちゃんが生まれてくるということに喜びを感じたんです。なので、最終的には産婦人科医になることを決意しました。そうした喜びというのは、新生児に一番最初に会える産婦人科医の特権かもしれませんね。ちなみに大学時代は、自閉症の子どもたちを集めいろいろなことを教えてあげるボランティアをしていました。今後も未来を担う子どもたちに接していきたいと思います。

記事更新日:2016/01/24


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