医療法人社団 昌仁醫修会 瀬川記念小児神経学クリニック

医療法人社団 昌仁醫修会 瀬川記念小児神経学クリニック

星野 恭子理事長

頼れるドクター

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JR総武線御茶ノ水駅から徒歩1分にある「瀬川記念小児神経学クリニック」は、日本の小児科のパイオニア的存在である瀬川家に代々受け継がれてきた歴史あるクリニック。瀬川病などのジストニアやレット症候群、トゥレット症候群、自閉症スペクトラムといった神経疾患が専門で、機械にばかり頼らない検査法・治療法を提供することで知られ、全国から患者が訪れている。世界的にも名前が知られる先代院長の瀬川昌也先生の遺志を継ぎ、2014年から院長に就任した星野恭子先生のもとで再出発した同院は、2017年に法人化し、新たな体制でのスタートを切った。理事長となり、歴史を重んじながらも新たなチャレンジに挑む星野先生に、さまざまな話を聞いた。
(取材日2018年1月30日)

大勢の患者の診療環境を守るため院長就任を決意

―歴史あるクリニックと伺っています。

当院をつくり上げた瀬川家は代々医師の家系で、そのルーツを探ると、初代は摂津高槻藩城主・永井家の侍醫(医)だったそうです。現在のこの場所で開業した、当院の前身である「瀬川小児科病院」を開いたのは、日本の小児科の教科書を書いたことでも知られる6代目・昌耆(まさとし)先生で、9代目にあたる先代院長・昌也先生の時代に「瀬川小児神経学クリニック」となりました。昌也先生は40年以上にわたってこの地で診療を続けてきましたが、2014年に逝去し、縁あって私が院長職を引き継いだ際に「小児神経学クリニック」へと改称。2017年10月の法人化で現在のクリニック名へと変わりました。法人名の「昌」は代々の瀬川家の名前から、「仁」は9代目昌也先生のご位牌からいただき、今後も醫を修行し続けるという意味で、昌仁醫修会としています。

―院長就任までの経緯を教えてください。

先代院長・昌也先生とのご縁は、私と医局が同じだった先生のご長男である昌巳先生が引き合わせてくれたおかげです。2000年から5年ほど勤務し、離れた後も非常勤で入るなど先生のお手伝いを続けてはいましたが、「院長に」と声がかかった当初は、とても私には務まらないと思い二の足を踏んでいました。しかし、先生のご遺族の意向にお応えしたいという思いと、昌也先生が40年かけて積み上げてきた実績を後世につなげたいという気持ち、そして何より当院に通われている1000名にも及ぶ患者さんが、これまでどおり診療を受けられる環境を守らなければという使命感が背中を押した形になり、院長職を引き受けることにしました。

―当初はプレッシャーもあったのでしょうか?

昌也先生から大勢の患者さんを引き継ぐというプレッシャーはありましたが、昌也先生の代わりという意味でのプレッシャーはありませんでした。先生と私とでは、全然レベルが違いますから(笑)。院長就任当初は、疾患と眼球運動との関係や遺伝子検査など、わからないことが多くて大変でした。「こういう時にどうしたらいいんだろう?」などという細かなルールも決まっていなかったことや、瀬川先生が残された多くの研究データなどの整理など物理的な面でも苦労したことを覚えています。今ではいろいろな知識が身につき、ルールも決まって体制がしっかり調いましたし、何より大勢のドクターやスタッフが助けてくれるので、本当に楽になりました。



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