公益財団法人 佐々木研究所附属 杏雲堂病院

山中 健次郎院長

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御茶ノ水駅から徒歩3分。明大通りに面した場所にある「杏雲堂病院」は、この地で134年の歴史を持ち、地域に根差した医療を提供してきた病院だ。正面玄関脇には、初代から三代までの院長の胸像が並ぶ。15代目院長の山中健次郎先生は、20年ほど前に順天堂医院から杏雲堂病院に移り、現在もリウマチ科長として診療を続けながら、院長業務を日々忙しくこなしている。昼間と夜間の人口が17倍違うという千代田区で、どのような地域医療に取り組んでいるのか、病院の歴史とともに詳しく話を聞いた。(取材日2016年9月6日)

脚気の研究と予防が、杏雲堂病院の始まり

―杏雲堂病院の歴史についてお教えください。

杏雲堂病院は、1882年6月1日に神田駿河台の地に開業しました。初代院長の佐々木東洋先生は、江戸時代に今の順天堂大学の前身である佐倉順天堂で、二代堂主の佐藤尚中先生について、長崎に留学しオランダ医学を学びました。その後、佐藤先生が、明治政府の要請で、東校(現・東京大学医学部)に勤務した際、佐々木先生も一緒に医学教育の改革のために尽力し、36歳で院長にもなられました。佐藤先生が湯島に順天堂医院を建て、心労がたたり喀血されたときも、佐々木先生は主治医を務めたと聞いています。

―どのような基本理念を掲げていらっしゃるのですか?

初代の佐々木先生は、開院時に仏教にある菩薩四弘誓願になぞらえて4つの誓いを立て、座右の銘としました。1つ目が疾患をしっかりと診ること、2つ目に病気の元を絶つこと、3つ目は病気の原因を究明すること、最後に医療の道を守り倫理的に行うこと、です。これは、杏雲堂病院のグランドデザインとなり、全人的な医療や、検診やリハビリで病気の早期発見や予防に努め、病気の原因を断つ指導や研究、というものに引き継がれています。また「医学の進歩に寄与し、医業を持って社会に貢献する」という基本理念にも通じ「神田駿河台で134年、地域とともに杏雲堂、このがんなら杏雲堂」というキャッチフレーズとともに、特徴ある診療の拡充に努めています。

―長い歴史の中で地域医療を支え続けてきたのですね。

周囲には多くの特定機能病院や高度急性期病院がありますが、私たちはそこと同じような医療に取り組んでいては太刀打ちできません。われわれが地域に対して貢献できる医療は何かと改めて考えたとき、かかりつけ医と高度急性期病院の中間を立ち位置にするべきだと考えました。当院では婦人科、消化器外科、乳腺外科、腫瘍内科などのがん診療の他にも、手の整形外科など特徴のある診療を行っています。腫瘍内科では、外来の化学療法を積極的に行っています。がんの診療と専門性のある診療、地域に根差す診療というように、ハイブリットな病院をめざしています。

―系列組織に佐々木研究所がありますね。

がんをはじめとする、さまざまな研究を行っています。二代目院長の佐々木政吉先生が、1894年に自宅の敷地に研究室を作ったのが母体になっているそうです。関東大震災以降はがんの研究に力を注ぎ、多くの実績を残してきました。現在も研究とともに、成果を病院の診療に還元していて、杏雲堂病院の病理部門には、がんで切除した組織を保管する施設があります。市中病院でありながら組織内に研究所があり、連携がしっかりと取られている部分も、当院の大きな特徴だと思います。

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