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村井信二 院長の独自取材記事

荻窪病院

(杉並区/荻窪駅)

最終更新日:2019/08/28

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JR中央線荻窪駅、西武新宿線上井草駅からそれぞれバスに乗って約7分。近くには原っぱ公園の緑が広がる落ち着いた住宅街に、地域の中核病院である「荻窪病院」は立つ。前身は1933年に創設された中島飛行機の東京工場の医務室と古い歴史を持つ一方、先進的な医療にも積極的に取り組んでいることで知られる。2009年に院長に就任した村井信二先生は、さらに医療のクオリティを上げることに力を注ぎ、さまざまな施策を実施。その1つである、救急医療を担うERなど最新の設備を備えた別館も2013年に完成した。病院の提供している質の高い医療や、新しい試みについて、さまざまな話を伺った。
(取材日2014年10月21日)

歴史と先進性が共存する病院

たいへん歴史のある病院とうかがいました。

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もともとは1933年に設立された中島飛行機会社の東京工場の医務室が発祥です。お隣の原っぱ公園に面影が残っていますが、昔はこの辺一帯が戦闘機を作る工場と飛行場だったんですよ。その後、中島飛行機自体は解体され、いくつかの会社に分かれましたが、病院のほうは1950年に医療法人法が制定されたとき、東京都の第1号の医療法人と認定されて、現在の名称となりました。ですから80年あまりの歴史があることになりますね。ご家族3代がここで産声をあげたという方もけっこういらっしゃいますよ。

歴史があるだけでなく、先進的な試みにも取り組んでいる病院として知られています。

例えば産婦人科は不妊治療に早くから取り組み、体外受精の出産は日本で4番目、大学病院以外では当院が最初になります。また不妊治療の場合、妊娠まではレディースクリニック、分娩は産婦人科でと別々になることが多いのですが、こちらでは不妊の治療から出産まで一貫して責任を持って診ています。日本で初めてセンター化した血友病センターへは、全国6000人の血友病患者のうち700人ほどが通っていらしています。また病床252床という規模ながら、整形外科の手の手術に関しては東京都で3番目、心臓血管外科の人工心肺を使った手術数は130例、胸部大動脈解離の緊急手術は都で4番目、循環器内科の心臓カテーテル検査も年間1000件と、豊富な術数を誇っています。身近にありながら、どの科もクオリティが高く、たいへんお得な病院(笑)と自負しています。

先生のご専門の消化器外科では腹腔鏡の手術数が飛躍的に伸びているそうですが。

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患者さんの負担の少ない、腹腔鏡の手術を20年以上手掛けています。その件数は国立国際医療研究センターや東京医療センターといった大病院よりも多いんですよ。大腸癌、胃がん、肝臓癌、食道癌などにおいてはもちろんですが、盲腸の手術でも腹腔鏡手術を行っています。おへそのところに小さな穴を1つ開け、そこからカメラや鉗子を入れ、盲腸を取り出して切除し、元に戻します。小さな穴ですみますから、術後2、3週間で傷もまったく目立たなくなります。女性の方にはお薦めですね。またご高齢の方の大腸癌、胃がんの手術も、腹腔鏡手術が基本です。大きく開腹して術後1週間も寝たままですと、ご高齢の方は弱ってしまわれます。癌は切除できたけれど、施設に入らなければならなくなったというのは避けたい。我々はお一人、あるいはご夫婦お二人で暮らしているような患者さんが、手術後元の生活に戻っていただくことを大前提にしています。それが腹腔鏡手術を積極的に取り入れている一番の理由です。

24時間365日、困っている患者は必ず受け入れる

救急医療にも力を入れていらっしゃいますね。

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地域の中核病院として、地域の患者さんが困ったとき、あるいは地域の開業医の先生方が診ている患者さんに何かあったとき、依頼があったら断らない。24時間365日必ず受けるというのは徹底しています。仮に緊急に当院にはいない脳外科医が緊急に必要だという場合でも、まずこちらでお受けしてそれから搬送すればいい。クリニックで一人の医師がSOSを出しているとき、それは断ってはいけないんです。そのために救急医療の環境を整えようと、別館も建設しました。2013年に完成しましたが、ERのスペースとしてはかなり広く、余裕を持って救急患者を受け入れることができるようになりました。

災害拠点病院でもありますね。

今年(2014年)8月30日に当院で都の1万5000人規模の災害訓練を行うことができたのは非常にいい経験になりました。院内での訓練は重ねていましたが、消防隊、警察、行政、地域医師会、東京DMAT,地域住民といった外部とのジョイントの訓練はなかなかできませんから。災害に備えて、いざとなったら別館の地下駐車場で診療ができるように光源や簡易ベッドが倉庫に用意してありますし、別館の裏には炊き出しができるようプロパンのコンロも備え付けてあります。こういった準備には3.11の際に我々が現地で行った支援の経験、ノウハウが生かされています。

院長になられてからTQM(Total Quality Management)推進部も立ち上げられましたがどういうものなのでしょう?

より質の高い医療環境作りのため、推進部を新設し、専用のスタッフを置きました。職員全体の教育、スケジュール管理、QI(Quality Indicator=外来患者数など病院の質指標)といった情報公開などはこのTQMという部署が行っています。患者さんにご満足いただき、職員もモチベーションの高い病院をめざしているのですが、ありがたいことにここで働きたいという希望者が増えています。

MA(メディカル・アシスタント=医師事務作業補助)を取り入れているのもその流れでしょうか。

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はい。読んで字のごとし、医師の事務作業を代行して医師の負担を軽減し、医師本来の仕事に専念できるようサポートするのがMAの仕事です。医師の仕事にはじつに事務作業が多く、例をあげれば、患者さんと話しながら電子カルテも記録しなければならないし、検査の手配もしなければならない。ともすると、患者さんの中には「先生は私の顔を見て話してくれない」と不満を持つ方もいらっしゃいます。でもMAがいればそういった事務作業をまかせることができます。医師がしっかりと患者さんの顔を見て話をしている間に、電子カルテを作り、その日必要な検査の手配もできます。紹介でいらした患者さんなら、診察が終わって帰るまでには、紹介状のお返事までできあがっているというわけです。4年前8名のスタッフを手取り足取り育てるところから始め、今は38名のMAがいます。患者さんの期待にも応えられますし、医師も本来の診療に専念でき、勉強や研究に注ぐ時間もうまれます。新しく赴任した先生はみなびっくりしますし、たいへん喜んでくれますね。

医療のクオリティが高く、チーム全体の士気が高いことが誇り

スタッフを大事にしていらっしゃるのですね。

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多職種多数精鋭チームをめざしていますので。少数精鋭ではくたびれてしまう。ただただがんばれでは現実的に続きません。クオリティを上げることにはお金をかけていますが、だからといって診療報酬に上乗せはできません。もうけようとも思いませんが、お金をかけてももうかりはしないんです(笑)。ただ、スタッフの質が高く、チーム全体の士気が高いことは誇っていいと思っています。近隣からの信頼が厚く、ここで働くことを誇りに思える病院、それが我々のモチベーションです。医師、看護師、薬剤師、MAらがお互いに尊敬し合えるチームであることが一番大事ですし、この人と働きたくないと思うような医師は一人もいないことは院長として幸せなことです。当院は理事長が小児科部長、副院長が循環器科部長、私が消化器外科部長をそれぞれ兼任している、プレイングスタッフであるのも長所でしょう。できるだけ現場の声を汲み上げ、風通しのよい職場でありたいと願っています。

医師を志されたのはどのような理由からでしょうか。

幼稚園、小学生の頃から漠然と医者になりたいと思っていました。父は医師ではありませんでしたし、親戚に医師はいたものの、その家で育ったわけでもないのですが。人のケガや病気を治す、社会の役に立つ仕事がしたいと、物心つく頃から自然に思うようになっていましたね。能力的なことなどまったく考えもしなかった。医師になれると信じていました。外科を選んだのも直感です。大学に入る前から外科医になりたいと思っていました。

随分キャリアを積んでから大学院にいらっしゃっていますね。

1998年に千葉大学の大学院に日本で初めて、高次機能系専攻大学院といって、働きながら研究ができ、指導も受けられる大学院ができたんですね。これまでの臨床経験を研究に生かすいい機会だと思い、受験したところ運良く合格しました。研究は勤務外の時間、週日の夜中や週末、あるいは夏休みや冬休みに1週間という形で進めたので、3 年で卒業するところを6年かかりました。でも楽しかったですよ。臨床の世界と、分子腫瘍病理の先端の研究の世界、両方を見ることができ、充実した日々を送ることができました。研究で終わる研究でなく、研究から臨床に応用できる研究をと力を注ぎ、先方にも刺激になったと思いますし、私も大いに刺激を受けました。

これからの抱負をお聞かせください。

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今までお話したような病院のことが、皆さんに伝わっているかというと、HPなどがあるとはいえ、まだまだだと思います。ブランド力を上げるといいますか、これからはもっと私たちの姿を発信していきたいと考えています。地域に根ざし、地域のお役に立つよう、どの科も大学病院にひけをとらない医療を提供していますので、安心しておまかせください。必ずお力になれると思っています。

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