澤田こどもクリニック

澤田こどもクリニック

澤田雅子 院長

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都営三田線・白山駅から徒歩1分。旧白山通りに面している「澤田こどもクリニック」。明るい院内にはキッズスペースと本棚にぎっしり詰まった本や雑誌が用意されているので、子どもでも待ち時間を楽しく過ごすことができる。文京区内の保育園・幼稚園の園医を務める澤田雅子院長は、地域の住民や学校関係者からも頼りにされる存在だ。二人の息子を持つ院長は、子育てをしているお母さんたちから安心して相談ができると評判だ。「お母さん方から、2人目も3人目も診てくださいなんて言われることがあるんですよ(笑)。うれしいですよね」と語る院長は、医師の祖父と父を持つ。尊敬する父と同じ医師をめざしたきっかけから小児アレルギーにかける熱意、今後の展望までたっぷりと話を伺った。

(取材日2012年11月16日)

小児科医は子どもたちの健康を守るアドバイザー

―医師をめざしたきっかけをお聞かせください。


私は祖父・父と三代続く医師の家庭で生まれ育ったため、尊敬する父や祖父の影響が大きかったと思います。小学校の卒業文集にも、「将来は小児科医になって、病気の子どもを助けたい」と書いていました。父は茨城県立こども病院の初代院長を務め、誇りを持って小児医療に人生を捧げてきました。家庭でも瞳を生き生き輝かせながら患者さんのことを話していましたね。そんな父を見ているうちに、「私も尊敬するお父さんと同じ小児科医になりたい」と思うようになりました。祖父も青森で開業医をしていましたので、地域の人にとってはなくてはならない存在だったようでした。雪深い貧しい地方の昔のことで治療費の代わりに米や野菜をいただくこともあったようですが、祖父はすべての患者さんに平等に接していたので、地域の人たちみんなに感謝されて尊敬されていたと聞きました。祖父と父の話を聞くにつれ、医師は多くの人に必要とされて感謝される仕事だと感じるようになりました。

―開業のきっかけを教えてください。


いずれは父と一緒に小児科のクリニックを開業しようと、楽しみにしていたんです。ところが、息子たちが保育園の時に父が病気で亡くなってしまい、実現できませんでした。母も後を追うように他界してしまって……。いろいろなことが一区切りついた時、勤務医を続けるのか開業医になるのか今後の働き方を考え直してみました。当時、息子たちは小学生で1年生と3年生でした。私は長男が6ヵ月の時、夫の仕事の都合でアメリカのボストンで2年間、育児に専念していましたので、彼らが成長するまではできるだけ一緒に過ごす時間を作り、小児科医の仕事も続けていきたいと思っていました。父との夢は叶いませんでしたが、いずれは小児科のクリニックを開くつもりでしたので、自宅と息子たちが通う小学校の間に位置するこの場所に開業することにしました。

―先生は文京区に住んでいますが、保育園・学校からの健康相談もありますか?


ありますよ。私は文京区に暮らしていますので、開業以前から地域の皆さまととても深い関わりがありました。開業してからは、息子の同級生が診察に来てくれたり、父兄や先生方からご相談を受けたりすることが多く、地域の皆さまとのコミュニケーションがより一層、深まったと思います。私は幼稚園・保育園の園医もしていますので、インフルエンザや麻疹(はしか)などの感染症情報を収集して、いち早く関係者に提供するように心がけています。実は、クリニックの周辺は他にも小児科が何件かあり、患者さんたちには恵まれた環境だと思います。その中から当院を選んで来院されていると思うととてもありがたく思います。また、文京区は都立病院や東京大学・日本医科大学・順天堂大学・東京医科歯科大学などの附属病院が集中し、医療機関が充実しています。精密検査や入院が必要な患者さんに安心して紹介できるのも、この地域ならではのよさだと思います。



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