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根岸 京田 所長の独自取材記事

東京保健生活協同組合根津診療所

(文京区/根津駅)

最終更新日:2019/08/28

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東京メトロ千代田線「根津駅」から徒歩5分の「東京保健生活協同組合根津診療所」。同組合は住民が出資して運営する都内最大の医療生協で、根津診療所は1961年の開院当時から訪問診療に注力してきた。診療所の所長として、また医療生協の理事長として約400人の職員を取りまとめるのが根岸京田医師だ。根岸所長がめざすのは「住民主体の健康づくり」。住民自らが健康を実践し、その場に医療スタッフが出向いてサポートをすることで町ぐるみの健康増進を実現したいと考える。医師が足を運んで患者の生活を知ることは重きを置く訪問診療にも通じる。「管理者の仕事は大変」と話しながらも、にこやかに仕事への情熱やさまざまな構想を語る根岸所長に、子ども時代や医師をめざした経緯などを交えて話を聞いた。
(取材日2016年7月25日)

地域に出向いて健康をサポートすることが大切

まずは東京保健生活協同組合の組織や事業について教えてください。

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一般的には「生協」と言われる生活協同組合の医療・福祉バージョンと考えていただけたらわかりやすいかと思います。生協は利用者一人ひとりが出資金を出し合い、共同で運営・利用している組織。東京保健生協には加盟することができ、健康をテーマとしたさまざまな医療生協の活動にも参加できます。当院がある文京区をはじめ都内6区に7つのクリニックと2つの病院、老人保健施設や介護事業所などを展開しています。もちろん生協組合員以外の一般の方も診療を受けることができます。

医療生協の理事長も務められています。先生の現在の仕事内容は?

4年前から理事長を務め、今年の2月には前所長の退任に伴って、こちらの所長に就任しました。仕事はさまざまですね。週に4日はこちらで内科の外来診療や訪問診療を、他の1日は練馬区の大泉生協病院で訪問診療、0.5日は文京区大塚の東京健生病院で外科の外来、それ以外は会議と。医師としては対患者、理事長や所長としては診療所や病院の経営、それに加えて医療生協全体の経営戦略、事業展開といったように、それぞれのレベルでさまざまなことを考えなくてはなりません。本音を言えば診療のほうが好き。管理者の仕事は大変ですよ(笑)。

理事長としての全体的なビジョンについてはいかがでしょう?

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高齢者が最期まで住み慣れた地域で過ごせるよう、医療や介護などが一体となった地域包括ケアの構築が叫ばれています。国は「健康日本21」と銘打ち、健康寿命の延伸をめざしています。そうした時代背景を踏まえると、重要なのは住民による主体的な健康づくり。住民各々が健康情報を自分で取り入れてタバコを止めたり、定期的に運動をしたりして実践する。住民主体の活動を医療や介護の専門家がサポートする。今までは外来で問題を解決しようとしていましたが、ニーズや課題は地域にあるんですね。ですから、例えば医療生協の組合員がやっているウォーキングやカラオケなどの集まりにこちらが出向き、血圧を測るなど医療的な支援をする。町全体を健康にするには外来で待っているだけでは実現できませんから、医者が自らの足も使って医療や医療に関する情報を提供していくことが、今後さらに求められるのではないでしょうか。

患者の生活を知り、オーダーメイドな訪問診療を

診療時に心がけていることについてお聞かせください。

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患者さんがなるべくリラックスできるようにしたいです。というのも、同じ患者さんでも外来と訪問診療では反応が違うんですね。外来だと緊張しているためか表情が硬く、声色もどことなく暗い。ところがご自宅だと笑顔で非常にいきいきしている。やはり自宅が安心できるのでしょうね。「病院には二度と入院したくない」「やっぱりここで(自宅で)最後を迎えたい」と言われる患者さんもいますから。どうしても環境が異なりますから難しいのですが、気持ちとしては外来診療でも訪問時と同じくらい安心してもらいたい。どこに買い物に行ったか、何を食べたかといった何気ない会話を織り交ぜながら、患者さんの心をほぐしたいです。「病院の外来は緊張するけど、診療所で先生と会うとほっとする」と思ってくれるのが理想ですね。

訪問診療に力を入れているとお聞きしました。

ええ、当院は1961年に開院して、健康保険が適用されていない当時からご自宅に伺っての診療を続けてきました。根津の地域は高齢者が多いのですが、住宅事情があまり良くありません。狭い土地に建っている家が多く、階段が急で、体の不自由な人だと一歩も家から出られないといったケースもあります。その一方で、昔から地域の結びつきが強く、愛着の強い方もたくさんいますから、訪問診療を求める方は多いです。今は当院から半径1km以内を中心に、約80軒の居宅に伺っています。居間からトイレまではどのくらいの距離があるか、屋内の段差はどうか、どこで買い物をするかといったことは外来だとなかなかわかりませんから、訪問診療を行うことで、よりオーダーメイドな医療を提供できるのではないでしょうか。

先生ご自身のことについてお聞きします。どんな子ども時代を過ごされましたか?

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僕は東京の青梅市に生まれました。山があるので子どもの頃は友達と雑木林の中で木登りをしてよく遊んでいましたね。部活は中学でバスケ部、高校では地学部に所属していました。子どもの頃から望遠鏡で星を見るのが好きで、2階の自室のベランダからよく見ていました。星が放った光が何百年もかけて、私たちの眼に届く。それを思うと何だかわくわくして。部活では昼休みに太陽を、放課後から夜にかけては天体ドームにある望遠鏡で星空を観測していました。夏休みには木曽など空気の澄んだ所に泊りがけで観測に。雨が降ってただのキャンプになったりしてね(笑)。

忘れない、患者から言われた心からの「ありがとう」

そんな中、医師を志したのはなぜでしょう?

母の影響が大きいでしょうね。保健師だったので、よく医療のことを口にしていました。「もっと患者の話を聞けばいいのに」など医師の辛口評価が多かったのですが(笑)。私の年代は、団塊の世代に続くしらけ世代と言われていました。無気力・無関心・無感動な若者が多いっていう。僕はその逆で「人生には感動が必要だ」と思っていたんですね。ちょっと青臭いかもしれませんが、自分の利益よりも人の役に立つことをしたいという欲求は、僕にとって食欲と同じくらい普遍的なもの。それで新潟大学医学部に進学したのです。大学では中学時代と同じく運動部に。今度はバレー部に入って汗を流しました。今は武道に挑戦しています。江戸時代の捕り物を扱った時代小説が好きで、そこから刀に興味を持ち、週に1回、居合道の稽古に通っています。雑念が払われてリフレッシュできますし、自分の心も鍛えられるので楽しいです。

では、印象に残っている感動体験はありますか?

人生で初めて、心から「ありがとう」と言ってもらえたと感じたのが研修医1年目の頃。主治医の下で末期がんの患者さんを診療していました。60歳代の女性の方だったのですが、当時はがんを本人に告知しないことが一般的でしたので、主治医も家族も、本人には病態を伝えていませんでした。そんな中で女性は周囲のみんなが嘘をついているんじゃないかと疑心暗鬼になっていって。私はまだ新米で時間だけはありましたから、ベッドに寝ている女性のそばに長く寄り添っていました。医者として何ができたわけじゃありません。その女性は自分の状態がわかっていたんでしょう。そして私に聞けば私が困ってしまうことも感じていた。だから病気については触れなかったのですが、それでも「先生は信じられる。そばにいてくれてありがとう」と言ってくれたのです。その後、亡くなりましたが、彼女のことはずっと覚えています。

最後に、今後の展望についてお聞かせください。

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診療所としては訪問診療に重きを置きつつ、身近な症状や生活習慣病の治療を外来でしっかりとやっていく。医療生協としては健康的なまちづくりを推進していきたいです。特に子どもの頃から健康を考える習慣をつけてもらいたいので、今後は教育機関と連携し、小学生に命の大切さを伝える講演や禁煙教育などを行いたいですね。当院の近くに「いこいの家」という医療生協組合員のサロンがあり、そこでの催しもいろいろと企画したいと考えています。この地域はお寺が多いので、お坊さんの観点から人生や健康について語ってもらうなど、管理職としていろんな構想があります。でもやっぱり診療のほうが好きですね。

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