みどり矯正歯科

岡部 緑 院長

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サラリーマンが行き交うビジネス街の大通りから、1本路地を中に入ると、とたんに静かな下町の雰囲気が漂う。「港区といってもこの辺は静かで落ちついているんですよ」と話してくれたのは、この街に開業して4年「みどり矯正歯科」の、岡部緑院長だ。パッと花が咲いたような華やかな笑顔で、見ているこちらまで明るい気分にさせてくれる。設計事務所を営むご主人がデザインしたという医院は、シンプルでとても落ちつく空間だ。その中で一際目を引くのが、受付に貼ってある子どもが描いた色とりどりの絵。院長の小学4年生になる娘が、開業当初に描いてくれたものだそう。ご自身も1児の母なので、子ども連れの患者への対応は特にきめ細かい。治療中は、スタッフが付きっきりで子どもを見ていてくれるというから安心だ。そんな、医師であり母である院長に、歯科医師になったきっかけから、専門の矯正についてまでを詳しく伺った。
(取材日2013年9月27日)

歯のコンプレックスから歯科医師に

―歯科医師を志したきっかけを教えてください。

医師薬系が多い家系だったことも大きいのですが、私は小さい頃、自分の歯にコンプレックスがありました。当時飲んでいた薬の副作用で、歯が黒くなってしまったんです。小学生の頃は活発な子どもだったのですが、歯が黒くなってからは性格もすっかり大人しくなりました。当時の写真を見ても、笑顔のものはほとんどないですね。歯並びも悪く、中学生では矯正治療を受けていました。何年か前に同窓会があったのですが、その時、同級生の男の子から「矯正つけていたよね」と言われたくらい、銀のワイヤーの矯正が顔の印象になっていたのだと思います。ただ、歯の治療で歯科医院に通うことは、まったく嫌ではありませんでした。逆に、どんどん治っていくのを見て、嬉しかったのを覚えています。それが歯科医師をめざしたきっかけです。

―どのような大学時代をお過ごしでしたか?

大学は、日本大学松戸歯学部に進みました。大学入学を機に、黒い歯を削り、被せる差し歯にして、晴れて真っ白できれいな歯になりました。歯がきれいになると同時に、また明るい性格に(笑)。自分の性格がそんなふうに変わるくらいだったので、歯は本当に大事だと思いましたね。大学の院内実習の時には、怒られることもたくさんありました。手間取っていると患者さんから「もっと早く!」と怒鳴られたり、今だったら30分くらいで歯に付けられる金具を、2時間半もかかってつけたり……。失敗しながら学んでいきました。うれしかったこともあります。70歳くらいのおばあさんを担当した時、診察のたびに玄関に迎えに行き、手を引いて連れて来てあげていたのですが、それをとても喜んでくれていました。1年くらい経って治療が終わった時、私にストッキングをプレゼントしてくれたんです。歯科医師だからお菓子はだめだと考えてくれたのでしょう。おばあさんは、その後すぐに亡くなられたそうなのですが、私は今でも頂いたストッキングを大事に持っています。

―先生はアメリカでも矯正を学ばれたとか。

大学を卒業後、さらに東京医科歯科大学で矯正を学びました。アメリカに行ったのは34歳の時で、2、3週間の講習会に参加しました。矯正の技術は、そのほとんどがアメリカから日本に入ってきています。私が講習を受けたTweedという技術もその1つです。普通は、大学などでまとまってグループで行く人が多いのですが、私は語学もできたので自分で直接申し込みをしました。そのため現地での実習で、日本人のグループではなくイタリア人のグループに入れられたり(笑)、それも楽しかったです。

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