医療法人社団聖礼会 アス横浜歯科クリニック

医療法人社団聖礼会 アス横浜歯科クリニック

丹谷聖一 院長

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京急線井土ヶ谷駅から3分。「アス横浜歯科クリニック」を開業した丹谷聖一院長は「歯科の仕事は患者さんの人生を変える力があるんです」と言う。これは尊敬する先生の言葉でもあり、丹谷院長はその先生のもとで働く許しを得るため日参したほど。「食事さえ難しかった患者さんが、治療を受けて食べることが楽しみになる。これはすごいことだと思いませんか」と、患者の生活を豊かにする治療への思いを語る。しかし診療では熱い気持ちを前面に出さず、とてもフレンドリー。「患者さんにとっていいこと、当院のスタッフにいいこと、それが重なり合って、当院にいい気持ちの空間が生まれると思うんです」と、誰でも気軽に受診でき、明るい気持ちになって帰れるクリニックをめざす。丹谷院長の笑顔に癒やされ、患者が絶えない人気の秘密に迫った。

(取材日2013年7月1日)

先生との出会いで、めざす歯科医師像が決まった

―最初のお勤め先がとても印象深いそうですね。

ええ、どうしてもその歯科医院で働きたいと繰り返しお願いして、断られながらも1週間通い続けた末、ようやく許しをいただいたんです。もともと私は歯学部在学中から「自分はどのような歯科治療を理想にするのか」「その実現に向けてどう働くのか」と自問自答してきました。実家は医療関係ではなく、後を継ぐという選択肢はありません。かといって大学病院に残り、そのネームバリューで仕事をするのも納得がいきませんでした。卒業を前に迷い続けているとき、歯科業界で歴史を作った伝説的な先生にお会いする機会があったんです。先生が語る「歯科医師のあるべき姿」「診療の理想」といった話は、当時の私にとっては異次元のレベル。素晴らしいと感じながら、理解できた内容はわずかに2割程度でした。それでも歯科医師として第一歩を踏み出す時期には、この先生の診療哲学や治療のやり方から学びたいと直感して、何としてもここに勤めたいと思ったんです。現場に出てからは、企業経営者やその奥様などにどんな話をすればいいのか、大学を出たばかりの私は非常に困りました。歯科の技術より、まず人間としての未熟さを痛感しましたね。

―その後はどのような診療経験をお持ちですか?

緊張の中で診療の手伝いを続け、先生の考え方や診療の基本などに接した後、1年経って都心にある別の歯科医院に移りました。素晴らしい診療は、ほかと比較するからわかることだと思い、最初から「1年間だけここで学び、次は別の歯科医院に行きたい」と伝えていたからです。勤め先を替えた後、自分1人で患者さんを担当する機会に恵まれましたが、難しい症例に悩むことも多かったですね。そこでもう一度先生のいるアルプス歯科医院で、修行をやり直そうと考えていました。そんなときタイミング良く、そのグループ院から「戻ってきたらどうだ」と声がかかったんです。「こちらこそ是非」と私からもお願いする気持ちで、また懐かしい場所で働き始めました。こちらから無理を言って入れてもらい、1年後にやめ、さらにその1年後に戻ってくるとは……。今考えると相当に失礼な話だと思いますが、それでも受け入れていただいた先生と医院の皆さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

―このクリニックを開業されたのはその後ですか?

結婚をして実家を出たのですが、すぐに妻が「うちはお金がないわ」というんです。確かに実家では気にしませんでしたが、念のため一緒に家計簿をつけると、すぐ赤字に転落するような収入。これは大変だと思い、先輩を頼ってショッピングモールにオープンする歯科医院に勤めました。すでにアルプス歯科医院に戻って5年たち、開業も視野に入れた診療も経験したいと考えていた頃です。さらにちょうど物件も見つかって、ここで開業できました。医院に戻ったときと同様、絶妙のタイミングで声をかけてもらえたと感じています。私なりの計画を上回って、先生や先輩とのいい出会いが重なり、このようなクリニックの開業につながったと感じています。



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