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野村栄貴 院長の独自取材記事

横浜整形外科クリニック

(横浜市西区/平沼橋駅)

最終更新日:2019/08/28

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大型ショッピングセンターの2階、横浜医療タウンの中にオープンした「横浜整形外科クリニック」は、横浜駅から徒歩圏内。大型駐車場も完備されているため、足腰の悪い方でも通いやすい立地。院長の野村栄貴先生は、これまで専門書にも載っていなかった膝の靭帯の一部を発見し、整形外科における膝蓋骨脱臼の権威として世界的に有名な人物。膝関節外科手術を5,000例も手がけ、数々の学会や講演会で活躍している。そんな野村院長がこだわるのは、患者にとっての快適な診療。自らデザインしたという白を基調とした院内は、ゆったりと寛げる空間。常に心地良い音楽が流れ、眠っている間に治療が終わることも。また、リハビリ室だけで30坪あり、26人が一度に治療を受けられる機器が揃っている。さらに、iPadによる問診システムや電子カルテ、瞬時にデータを転送できるX線撮影装置など、あらゆる過程で合理化をはかり、患者と対面する時間を増やす工夫がなされている。これまでに関わってきた研究から、診療をめぐる思い出、そしてこれからの展望など、野村ワールドについてたっぷり語っていただいた。
(取材日2012年4月3日)

居心地の良い空間と迅速な診療システムを提供

まだ開業してまもないですが、以前から独立を考えていたのですか?

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実は、10年以上も前から開業したいという思いはあったのですが、具体的に決断したのは2010年ごろです。当時、私の研究が注目を集め、さまざまな学会や講演に呼ばれるようになっていたのですが、以前から親しくさせていただいている医療関係の知人がこの物件についての情報を持ってきてくれたのがきっかけとなりました。住宅街にあり、これだけの広さと駐車場が確保できる好条件で、もう同じような場所はなかなか見つからないのではないかと考え、ほぼ即決でした。それまで勤めていた大きな病院では、リハビリの施設がなく、一人ひとりの患者さんに対して細かな診療ができないと感じていましたので、これで自分のやりたかったことが存分にできると思いました。開業後、リハビリについては、いくつもの方法を試しながら、患者さんに合わなければ別のやり方に柔軟に変えることができますし、優れた機械が開発されたら私の判断ですぐ購入することもできます。そういった部分が大きく違うと感じています。前の病院に通われていた患者さんたちも、「待っていました」と開業を歓迎していただいているので、うれしい限りです。

開業にあたってこだわった点などはありますか?

とにかく、患者さんにとっても私たちにとっても居心地の良い空間をめざしました。例えば、美容外科クリニックなどはすごくきれいな施設が多いですよね。そういったものがなぜ普通のクリニックにないのだろうと、以前から感じていたのです。そこで、1年くらい時間をかけて、いろいろなクリニックを実際に見たり、ホームページを閲覧したりして参考にしました。設計会社とも相談を重ね、99%以上、満足できるものができたと自負しています。白を基調とした内装のなかで、とくにこだわったのは、特注で角に丸みを持たせた診察室の机、それから、暖色系で統一したイスとソファです。全体的に色や質感で温かみを感じるようにしています。また、リハビリルームだけで30坪の広さ(全体では84坪)があります。最初は、ちょっと広すぎたかなと思いましたが、実際に運営してみると、患者さんにゆったり使っていただくためにもこれくらいの空間は必要でしたね。導入した機械はすべて私自身が試し、効果的だと実感できたものだけ選んでいます。天井がこれほど高いクリニックも珍しいですよね。冷暖房などは節電しないといけませんが(笑)。

ソフト面でも多くの新技術を採用していると伺っています。

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まずは、iPadを活用した問診票システムによって、診察に入るまでの手続きを大幅に合理化しました。想定できる所見をいくつもあらかじめ入力しておくことで、手書きで記入する場合と比べ、患者さんと向き合う時間を多く確保することができます。また、このシステムとも連動している電子カルテによって、会計も一瞬で済んでしまいます。さらに、最新鋭のレントゲンシステムも導入しました。これは、現像が不要なカセットレスというタイプで、撮影後、すぐにモニターに画像が映し出されます。9秒後には次の撮影が可能で、X線量も低減できるというものです。患者さんの負担も減らすことができ、お待たせする時間の短縮にもつながっています。レントゲンについては、お子さんでもリラックスできるようにと、部屋の天井に星空を投影できるような仕組みにもしています。他には、リハビリカードを患者さんに持っていただくことにしました。リハビリ室でどのようなことを行えばよいのか、すぐに把握できるようになります。そして患者さんも自分で何の治療をしているのかが分かるようになり便利ですね。また、整形外科のクリニックでは、診察に訪れる患者さんとリハビリの患者さんがいらっしゃるので、待ち時間をなるべく少なくしたいと考えていたのです。病院は、よく“1時間待ちの3分診療”などと言われていますが、そういったイメージを払拭したかったという思いもあります。とくに慢性疾患の場合は、こまめに治療に通っていただかないと良くなりません。それなのに、来るたびに1時間も2時間も待たされてしまっては、患者さんも通院のモチベーションが下がってしまいます。そこで、パッと来て、パッと帰ることのできるシステムをつくりたかったのです。

教科書にも載っていなかった膝の靱帯を発見。世界で注目される

先生の得意な診療はどのような分野ですか?

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膝に関する診療です。医師となってしばらくは、脊椎から手・足などさまざまな手術を年に200例から300例も手がけていました。しかし、オールマイティーにこなしていくのではなく、何らかの分野に特化していきたいという思いがあったのです。そんな折、整形外科の教科書に、「膝の関節は、人体のなかで最も精巧かつ複雑にできている」という一節を見つけました。これを読んだ私は、膝に関しては、まだ研究されていない余地があるのではないかと考え、膝を専門にすることにしたのです。私の博士号の研究テーマは、「内側側副靱帯の解剖学的研究」というものですが、そのなかで、教科書にも記載のなかった「内側膝蓋大腿靱帯」という部位を発見しました。28歳くらいの頃で、宇都宮の病院に勤務していた当時、日曜日になると、埼玉医大や慶應、東海大で朝から晩まで解剖と計測を繰り返していました。おそらく100体くらいにのぼるのではないかと思います。さまざまなデータをとり、自分の見つけた靱帯が実は非常に重要なものであるということがわかってきたのです。その後、臨床に応用し始めると、この内側膝蓋大腿靱帯を再建することで、通常の治療やリハビリよりもはるかに早く治るということが明らかになりました。それから20年ほど経ち、今では、世界中で使われる教科書に載るようになりました。

では、膝の治療をめぐって印象に残るエピソードなどはありますか?

私が30歳を少し越えたくらいの頃、東京専売病院(現・国際医療福祉大学三田病院)で担当した60代の患者さんがいるのですが、当時、両膝に人工関節を入れる手術をしました。その方が、最近になって当院を訪ねてきてくださり、「私は85歳になりました。この20年、先生のおかげで本当に楽しませてもらいました」とおっしゃったのです。痛くて歩くこともままならなかった生活が、手術後、ゴルフや海外旅行にまで出かけることができるようになったということでした。誠心誠意やった結果が、20年経ち、本当に成功していたのだとわかり、うれしかったですね。ただ、反対の意味で印象に残っていることもあります。私が新しい靱帯を見つけた頃、臨床に応用し始めたばかりの頃、あまり手術の結果が良くなかった患者さんがいました。術後も、1ヵ月に1度のフォローアップをずっと続けていたのですが、ある時、その患者さんから、「先生、もうけっこうです。ありがとうございました」と言われたのです。感謝の言葉に涙も出ましたが、これが奮起するきっかけにもなりました。この靱帯の手術を完璧なものにしなければと、強く心に誓ったのです。それが、現在につながっていると思っています。

そんな先生が考えた、医院としてのモットーがあると伺っています。

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五つの「S」というものを挙げています。それも、2種類あって、患者さんに対しては、「Smile(笑顔)」・「Salution(あいさつ)」・「Sincerity(誠心誠意)」・「Security(安心)」・「Service(奉仕)」の五つ、一方で、治療においては、「Sweet(優しい)」・「Secure(安全な)」・「Speedy(迅速な)」・「Supreme(最高の)」・「Satisfied(満足な)」の五つをモットーとしています。辞書をめくりながら、なんとか「S」で構成できないかと頭をひねりました(笑)。患者さんに対する、人としての接し方と、医療面とで分けたのは、やはり確実で迅速な医療というものが信頼につながると考えているからです。

常に新しいものにチャレンジしながら、死ぬまで現場に立ち続ける

先生は、なぜ医師をめざしたのですか?

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私の父は、戦時中、いわゆる衛生兵でした。医師ではなく、看護師のような立場ですね。子どもの頃には、よく軍医さんの話を聞かされました。私は、父は本当は医師になりたかったのではないかと思います。それで、父の夢を代わりにかなえてあげたいと考えたのがきっかけです。中学校を受験する時点では、すでに医師をめざしていたのを覚えています。そして、実際にこの道に進み、整形外科を専門に選んだのは、これからの高齢化社会を思うと、整形外科の必要性はますます高まると考えたからです。また、整形外科は、解剖学的に、完全に元通りに治すことのできる分野です。とくにスポーツに携わっている患者さんの場合、いったんできなくなった運動を再びすることができるのはとてもうれしいことです。もしかしたら、一番、患者さんに喜んでもらえる分野なのではないかと思ったのです。

先生は、どのような子ども時代を過ごしたのですか?

何においても、コツコツ型の子どもでした。亀のようにスタートが遅く、すぐに成果が上がらないんです。でも、ウサギと違ってあまり疲れないので、止まらずにどんどん山に登っていけるわけです。私は、コツコツが苦にならないんですね。そして、新しいものを見つけるのが好きでした。動物や人間の体でも、なぜ神様はこういうふうにつくったのだろうと、私は考えます。こういう形をしているのは意味があるに違いないと考え、研究につなげていくのです。今でも、常に新しいものにチャレンジしています。とにかく教科書に載っていないことに興味があるのです。教科書に載っているのは、10年前の常識ですからね。現在、私は、正座のできる人工膝関節の開発に取り組んでいます。

では、最後に、エネルギッシュな先生の健康法を教えてください。

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新しい研究が趣味なんです。日曜日に論文を書いていることもありますが、それが私にとっては息抜きとなっています。ゴルフや映画に出かけることもありますが、基本的には仕事と研究漬けです。医学バカなんですね(笑)。実は、開業した理由には、定年がなくなるからというのもありました。死ぬまで研究を続け、死ぬまで現場に立つことができます。あと30年は手術をしていたいですね。それが望みです。

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