阿知和 郁也 院長の独自取材記事
ホームアレークリニック梅ヶ丘
(世田谷区/世田谷代田駅)
最終更新日:2025/12/15
世田谷代田駅から徒歩6分、住宅街の一角にある「ホームアレークリニック梅ヶ丘」は訪問診療に特化したクリニック。院長の阿知和郁也(あちわ・いくや)先生は、小児心臓外科の医師として前線で経験を積み、より生活に寄り添う医療を届けたいという思いから訪問診療の道へ進んだ。「全国から患者さんが来る病院で、断ったら後がないという環境で育ちました」と語る阿知和院長。その「断らない」精神は今も変わらず、疾患や年齢を問わず困っている患者すべてを受け入れている。優しく朗らかな阿知和院長に、チーム医療の重要性、家族との関係構築、そして医療を超えて患者の生活全体を支えるという在宅医療の本質について話を聞いた。
(取材日2025年10月31日)
小児心臓外科から訪問診療への転身
先生が訪問診療を始めるまでの経緯を教えてください。

心臓外科医として15年、そのうち11年を国立成育医療研究センターの小児心臓外科で過ごしました。全国から重篤な患者さんがヘリで搬送される「うちが断ったら後がない」という環境で、主に新生児の手術を数多く手がけてきました。ただ、家族との時間をうまく取れないことが増え、約束を守れないことが度々ありました。そんな時、訪問診療をしている知人から話を聞く機会がありました。小児心臓外科では患者さんのご家族とともに治療を進めることも多く、多職種によるチーム医療も日常でしたが、訪問診療もケアマネジャーや訪問看護師とのチーム医療があり、家族の中に入って診療するなど共通点が多く、自分の経験が生かせると感じたんです。
小児心臓外科での経験は、どのように今の診療に生きていますか?
心臓外科医は手術だけでなく、術後管理で全身を診なければならないので、基本的にどんな疾患でも対応できる素養が身についていました。また、小児の患者さんの場合、親御さんとのコミュニケーションが治療に不可欠です。緊張感の中でご家族の思いをくみ取り、一緒に治療方針を決めていく。その経験が、今の訪問診療でも大いに役立っています。それから「断らない」という姿勢ですね。小児専門病院では、断ってしまうと患者さんに残された選択肢がなくなることも多く、「どうにか力になりたい」という思いから、どんな症例でもまず受け入れ、断らずに対応していました。その精神は今も変わらず、「頼っていただいた以上は、基本うちで全部受ける」というスタンスでいます。紹介状なしでもすぐに診療を開始することも可能です。困っている方がいれば、すぐに行動するのが私のモットーです。
どのような疾患の患者さんを診ているのですか?

心臓が専門なので循環器疾患はもちろんですが、神経難病、がん、認知症など基本的になんでも診ています。訪問診療を選択される方は通院困難な高齢の方が多いですが、年齢や疾患で線引きはしません。法人全体では神経内科、呼吸器内科、消化器内科などの専門家もいて、連携して総合的な治療を行っています。対象エリアは世田谷区全域と杉並区・渋谷区の一部ですが、エリアも柔軟に対応したいのでまずはご相談ください。コミュニケーションが難しいケースや、複雑な医療的ケアが必要な方などの、困難事例も積極的に受けています。
患者の生活全体を支えるオーダーメイド医療
先生が考える在宅医療の価値とは?

在宅医療は「入院医療の劣化版」では決してなく、患者さんの人生を支える「オーダーメイド医療」だと考えています。今でも私の印象に残っているのが、以前担当したがん末期の患者さんです。患者さん自身で希望を口にすることはありませんでしたが、ご自宅に韓流スターのポスターが貼ってありました。話を聞くと「大好きな韓流俳優のコンサートに行きたい」という強い希望がわかりました。主催者側とコンタクトを取り、車いすでの来場許可を得て介護タクシーも手配。「車いすに座れるようになったら行きましょう」と約束し、リハビリに取り組みました。一時的にはコンサートに行けるまで体調が回復しましたが、数日前に体調が悪化してしまい結局行くことはかないませんでした。それでも患者さんからは「行けると言われて久しぶりにワクワクできた」と感謝されました。医療行為だけでなく、その人らしい生活を支えることこそが在宅医療の原点だと思います。
患者さんやご家族と接する際に大切にしていることは?
対等な立場で話すことを常に意識しています。こちらが一方的に決めることは絶対にしません。お酒やタバコも、病状によりますが本人が強く望むのであればできる限り許可したいと思っています。どれだけ充実して生活を送れるか、その全体を整えるのが私たちの役割。訪問診療を選んでくださった患者さんに、本人の楽しみややりたいことを優先できる場を提供したいんです。また、ご家族に対するケアも大切にしています。介護の主体はご家族ですから、負担や困っていることを本人の前では話せないかもしれません。そんな時は別室に行ったり、後で電話をかけ直したりして、ご家族の本音を聞かせてもらいます。お看取りのケースなどは特に、「夜はきちんと寝てください。同じ空間にいるだけで本人は安心しますから」と伝えて、ご家族の負担軽減を心がけています。
緩和ケアや看取りについて、もう少し聞かせてください。

緩和ケアについては勉強会などで専門的に学びましたので、がん末期の方の看取りのサポートも積極的に行っています。最期まで自宅で過ごしたいという患者さんの希望をかなえることは在宅医療の重要な役割です。ただ看取りは医療技術だけでなく、患者さんとご家族の心のケアが何より大切なので、本人が何を望んでいるのか、ご家族がどう考えているのか、両方の思いをくみ取りながら進めていきます。本人は自宅にいたいけれど家族は不安ということもあります。そんなときは無理に在宅を押しつけるのではなく、それぞれの気持ちに寄り添いながらより良い方法を一緒に考えます。私が大切にしているのは「力になりたい」という気持ち。患者さんとご家族の人生の大切な時期に関わらせていただいているという意識を持って診療にあたっています。
チーム医療で実現する持続可能な在宅医療
チーム医療についてはどのように実践されていますか?

現在、医師1人、看護師1人、相談員1人、ケアマネジャー1人、ドライバー1人という体制で業務にあたっており、アットホームな雰囲気を大切にしています。訪問診療では医師は医療面、看護師は看護的な側面から患者さんを支えます。訪問看護師さんは私たちより長く患者さんと接し、ご家族ともこまやかにコミュニケーションを取ってくれています。ケアマネジャーさんは介護プラン全体を考え、ヘルパーは日々の生活をサポート。ほかにも理学療法士、訪問薬剤師、歯科など多くの専門職が関わり、心臓外科チームに負けないチーム編成です。さらには地域の病院や地域包括支援センターと連携することも多いので、一つ一つ丁寧に応えることで信頼関係を築いています。
お休みの日の過ごし方を教えてください。
休みの日は、週1、2回ほどジムで筋トレをしています。昔はラグビーをしていて、その頃の筋肉を取り戻したくて始めました。子どもを抱える時に腰を痛めたのがきっかけですが、筋トレをすると体も気分もリフレッシュできて、健康になった気がします。筋トレをしていると、ラグビーで仲間と一緒に声をかけ合いながら必死にプレーしていたあの一体感や楽しさを、ふと思い出すことがあります。
今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

困ったことがあれば、お断りせずに力になりたいと思っています。なんでも相談できるクリニックでありたいし、地域の皆さんに信頼していただけるよう、一つ一つのご依頼に丁寧に応えていきたいと考えています。今はまだ小さなチームですが、今後は体制をより強化し、スタッフを増員しながら対応の幅を広げていく予定です。通院が難しくなってきた、家族の介護負担が大きい、最期まで自宅で過ごしたい、そんな時はぜひご相談ください。私たちが提供するのは単なる医療ではなく、患者さんの人生を支えるオーダーメイド医療です。小児心臓外科時代に培った「断らない」精神と、チーム医療の経験を生かして、皆さんの生活を支えていきたい。在宅医療は医療と生活の架け橋です。その橋を、地域の皆さまと一緒に渡っていけたらと思っています。

