切詰 和孝 院長の独自取材記事
高松救急クリニック
(高松市/鬼無駅)
最終更新日:2025/08/27

「高松救急クリニック」は、夜間の救急医療、そして在宅医療のニーズを受け入れるクリニックとして、2025年5月に高松市御厩町で開業した。院長を務める切詰和孝(きりづめ・かずたか)先生は、香川大学医学部附属病院の救命救急センターに長年勤務し、香川県の救急医療体制の整備にも携わった、救急医療と集中治療のスペシャリスト。高知県土佐清水市で生まれ育ち、地域の医療問題を体感した経験から医師を志したと振り返る。診療理念は「急な不安も、毎日の暮らしも、切れ目のない医療で、安心をつなぐ」こと。患者やその家族だけでなく、救急隊員や同業の医療者、クリニックのスタッフの不安をも解消したいと話す、一人の心優しいドクターを取材した。
(取材日2025年7月15日)
救急医療体制の課題解決をめざして
広く、すてきなデザインのクリニックです。内装でこだわった点はありますか?

待合室は、救急医療機関らしくない内装デザインを意識しました。救急車の搬入口や、救急搬送された患者さんが最初に治療を受ける初療室はクリニックの北側にありますので、待合室がある南側のフロアは、患者さんの心が休まる場所になればいいなと。院内は動線をわかりやすくして、各部屋のスペースも広めに確保しています。患者さんの具合が突然悪化しても、ストレッチャーですぐに移動できるようにするためです。診察室はもちろん、検査室も通常の規模より大きく作られていると思います。
救急医療の道を選ばれた経緯をお聞かせください。
最初に医療に興味が湧いたのは、祖父が亡くなった小学校5年生の時です。私の髪型やひげは写真家だった祖父の影響が大きいのですが、それくらい大好きだった祖父が体調を崩し、岡山県の病院に入院したのです。当時はなぜ、家のある高知県から遠い岡山県まで行くのかも理解できませんでした。やがて面会も困難となり、ターミナル期には両親が働く地元の病院へ帰ってきましたが、私だけはタイミングが悪く、最期の瞬間に立ち会えませんでした。泣きながら、「病気の人を治したい」と思ったのはその時です。そこからは必死に勉強をして香川医科大学(現・香川大学医学部)へ進学し、研修医2年目の年に、救急医療の道を選びました。既に、おぼろげながら医療格差のようなものを意識していたので、医療が確保できない場所でも、できるだけ多くの病気を診られるようになりたいと思ったのです。大学病院の救命救急センターに入局した後は、この道をひた走っています。
現在も救命救急センターで診療する日があるそうですが、開業しようと思われたのはなぜですか?

救急医療の中でも、外傷外科と呼ばれる領域を突き詰めて学んでいた時期に、ドクターヘリの立ち上げやメディカルコントロール、つまり救急隊員に対する指示・助言体制や、救急活動の事後検証体制などの整備に関わる機会がありました。そこで問題を感じたのが、香川県の救急医療体制です。救命救急センターは、本来であれば重篤な患者さんが運ばれる医療機関ですが、実際は中・軽症の患者さんの搬送が増加傾向にあり、本当に三次救急を必要とする患者さんが搬送困難になる事案も報告されていました。体制上の限界を感じたことから、一次救急、二次救急の役割を自分自身が担い、三次救急の負担を減らし、より正常な医療サイクルを実現したいと考えたのです。このクリニックでは、10年以上にわたる救急医療と集中治療の臨床経験を、地域医療の課題解決と救急医療の発展に生かしたいと思っています。
次の医療機関へ命をつなぐため、自身の経験を生かす
救急患者さんを受け入れるため、こだわった設備はありますか?

CTスキャンやエコー、ポータブルレントゲンなどの検査設備です。私は香川県が運営する医療機関情報システムの更新に携わった際、救急患者さんの受け入れが断られる理由を調べたことがあるのですが、そこで多く挙げられたのが、診断と治療を自院で完結できないという理由でした。診断がついていない患者さんを一から検査していくフェーズは医師にとっても不安で、かつ大きな労力を伴います。この、手のかかる初期対応を私たちが担うことで、患者さんが入院施設のある病院へ搬送された時には、検査も終わり診断もついている状態にしたいと考えました。当院で重症患者さんを入院させることはできませんが、症状を落ち着かせて、高次医療機関へと引き継ぐ、そのために必要な資器材をそろえています。県内各地から患者さんを搬送しやすいよう、開業場所も高松檀紙ICや高松西ICからほど近いこの場所に決めました。
こちらで受け入れるのは、どのようなケースが多いですか?
救急搬送に関しては、受け入れを断られ続けた末に、というケースが多いです。受け入れ先が決まりにくい症状の場合は、最初から救急隊の方が当院に連絡をくださることもあります。よほどのケースでない限りは、患者さんを断ることはありません。まだ開業から2ヵ月の段階ですが、現時点では、ほぼすべての患者さんを受け入れています。さらに平日・土曜の夜間に加え、月・金曜は午前中も診療。傷の処置などの短期的なフォローアップは、日中で完結できる体制を整えました。当院に勤務する医師の一人は循環器内科が専門ですので、今後は地域ニーズの高い心不全なども日中に診ていけたらと考えています。2人の勤務医はそれぞれ専門性が異なりますが、自分の時間を削ってでも患者さんに尽くそうとするマインドや、患者さんと家族のような関係性を築くという理想の医師像が私と重なる先生方です。
クリニックのもう一つの柱は、在宅医療とのことですが。

首都圏で働く先輩医師に開業を相談した際、「香川県の人口規模で、救急専門のクリニックの経営が成り立つのか」という指摘を受けました。そこでもう一つの診療基盤になるものをと考えたのが、在宅医療です。定期的な訪問診療、そして24時間365日対応の往診によって、救急患者さんの退院後の選択肢を広げていきたいと考えました。医療ニーズの高い患者さんはご自宅に帰りにくい現状があるのですが、定期的に訪問し管理する医師がいれば、早めに帰れるケースもあると思います。「家に帰る」という選択肢を、患者さんとそのご家族が諦めずに済むようにする。それは救急医療を続けてきた自分だからこそできる、もう一つの使命だと思っています。救急と在宅の両立に苦労する時もありますが、その時は2人の先生のお力も借りながら、患者さんの“毎日の暮らし”を守っていきたいです。
医療者同士で支え合い、より良い地域医療を実現
クリニックの診療理念をお聞かせください。

「急な不安も、毎日の暮らしも、切れ目のない医療で、安心をつなぐ」。それが、当院の診療理念です。救急医療の切り口から、切れ目なく包括的な医療を届けることで、すべての方々を安心感でつなぎ、支えていく。「誰にも診てもらえないかもしれない」という、地域の患者さんや救急隊の不安を少しでも解消し、そしてその状態を長く継続させたいと考えています。同時に、救急医療に携わる方々の「働く不安」も解消していきたいです。「きつい、つらい」といわれる救急医療の現場では、人間関係を含めてさまざまなトラブルが生じます。一緒に働くスタッフがハッピーになれる職場環境をつくることが、やがては良質な医療として、患者さんにも還元されていくと信じています。
お一人で悩まれたり、ストレスを抱えたりすることはないのですか?
大切な家族と過ごす時間や、集めているレコードを聴く時間が、私のバイタリティーにつながっていると思います(笑)。日中の診療体制を整え、かかりつけ医としての定期的な外来を始められるようになったら、私の好きな音楽もかけながら診療してみたいです。もちろん、ジャンルには気をつけながら、皆さんのストレスにならない程度に、です(笑)。
最後に、何かメッセージをお願いします。

医療関係者の方々にお伝えしたいのは、「一緒により良い医療を実現していきましょう」ということです。それは私たちだけでは決してなし得ないことですので、お互いに支え合う形が理想です。基本的に診られない症状はないと思っていますので、地域の方々はどんな症状でもご相談ください。今のところは夜間中心の診療で、日中の患者さんをお断りしなければならない時は心苦しいのですが、当院は香川県の医療体制の弱みを補えるクリニックをめざしています。どんなに忙しくても、患者さんのお話を聞いて、お体に触れて、診断に向かうという姿勢を大切に。私は、関わるすべての人の不安と向き合います。