任 洋輝 院長の独自取材記事
ゼロイチ在宅クリニック
(足立区/綾瀬駅)
最終更新日:2025/07/29

「誰かのヒーローでありたいんです」。そう照れながら語るのは、「ゼロイチ在宅クリニック」の任洋輝(にん・ひろき)院長だ。東京大学医学部附属病院での研修から始まり、へき地医療やMBA取得など多彩な経験を積んできた任院長は、日本専門医機構認定総合診療専門医の資格も持ち、「病気だけではなくあなたを診る」医療を実践している。父が開業医だった影響もあり医師の道に進んだが、総合診療との出会いが人生を大きく変えたという。困っている人を助けたいという純粋な思い、そしてITを駆使した効率的な診療への挑戦。2025年6月に綾瀬で開業した同クリニックで、任院長に地域医療への熱い思いを聞いた。
(取材日2025年6月30日)
総合診療の専門家として、患者の生活や人生をサポート
医師を志したきっかけを教えてください。

高校2年生の時に医師である父がクリニックを開業したこともあり、医師という職業が身近にあり、自然と医療の道に進みました。ただ、大学生の時に父の夜間往診に同行する機会があり、父が患者さんやご家族から「ありがとうございます」と言われている姿を目の当たりにしました。そこで、直接感謝される仕事の素晴らしさを感じたんです。また、初期研修医時代に在宅医療の先生が重症心不全の患者さんをご自宅に帰す場面に立ち会い、「病院でしか過ごせない」と思われていた患者さんが泣きながら喜ぶ姿を見て、在宅医療の価値を実感しました。
総合診療に進んだ理由と魅力についてお聞かせください。
私は、医学的・科学的な部分よりも「なぜこの人に医療が必要なんだろう」「どうしてこういう問題が社会的な構造の中で起きるんだろう」ということに興味がありました。総合診療は臓器別ではなく、家族や社会、地域の問題、経済的な問題まで含めて健康課題を考えていく分野です。WHO(世界保健機関)も健康を「単に病気がないだけではなく、精神的にも社会的にも満たされている状態」と定義していますが、まさにそういうアプローチができるのが総合診療の魅力でした。東京科学大学の総合診療科で基本をたたき込まれ、千葉の鴨川にある亀田総合病院では漁村という独特な環境での医療を経験。そこで出会った優秀な先生方から、本当のプロフェッショナルとは何かを学びました。
印象に残っている患者さんとのエピソードはありますか?

30代の脊髄損傷の患者さんとの出会いが、私の医療観を大きく変えました。首から下が動かず、人の介助なしには生きていけない彼でしたが、就労はできないながらも大学院受験にチャレンジしていました。病気の管理だけでなく、彼がどういう人生を歩み、主治医としてどうサポートするべきかを深く考えさせられたんです。心臓を動かして食事を摂取するだけなら寝たきりでも生物として生きていることになりますが、彼にとっては何かを学び、チャレンジすることこそが生きることでした。この経験から「どう生きていくか」「そのために医師としてどうサポートすればいいか」を考えるようになりました。
「病気だけではなくあなたを診る」医療を実践
「ゼロイチ在宅クリニック」の立ち上げの経緯と名称の由来についてお聞かせください。

文京根津クリニックで院長として研鑽を積む中で、地域医療への貢献を最大化するには自分で一からやったほうがよりイメージどおりのものができるのではと考え、2025年6月に開業しました。足立区を選んだのは、以前から医療にふれる機会があり、すでにネットワークがあったことと、高齢者が多く医療的な課題を抱えた地域だと感じたからです。「ゼロイチ」という名前には、自分が関わることで何か一つでも価値が生まれたらという思いを込めました。ゼロから一を生み出す、すでにある価値に一つ加えて新たな価値をつくる。「来てくれて良かった、いてくれて良かった」と関わる方に少しでも思ってもらえること、それが医療機関として正しくあるべき姿だと考えています。
診療方針に掲げる、「病気だけではなくあなたを診る」医療とはどのようなものなのでしょうか。
高齢化が進む前は、臓器や病気が治れば健康課題は解決し、その人は社会復帰しやすかった時代でした。しかし今は健康課題が複雑化し、病気が治ったとしても全部が解決することはあまりないでしょう。仕事のこと、家族のこと、複数の疾患の組み合わせ。その人全体をまるっと捉える必要があるんです。体の問題だけでなく精神的・社会的な問題も含めて健康を考える必要があります。社会構造やシステムがその人の健康に密接に関わっているということも重要な視点です。こうした全方位的なアプローチをわかりやすく患者さんに伝えるときに「病気だけではなくあなたを診ます」と表現しています。
他の在宅医療機関との違いや工夫について教えてください。

最大の特徴はITを活用した連携体制です。例えば通常のオフィス用の電話を廃止し、すべてクラウド化することで、電話が来ると全員の携帯が鳴る仕組みにしました。これにより、「担当者が戻ったら折り返します」という待ち時間をなくし、その場で対応できる体制です。院内ではチャットツールでコミュニケーションを取り、外部とは多職種連携のためのコミュニケーションツールなども活用。相手を待たせないことで、結果的に地域全体の医療のキャパシティーが増えると考えています。もちろん総合診療の専門家として、心不全や認知症などの慢性疾患から末期がん、神経難病などの幅広い疾患に対応できることも強みです。あらゆる疾患に対応しつつ、抱えきれない場合は迅速に専門機関につなぐという全方位的な対応を心がけています。
社会全体を良くすることを目標に、在宅医療に尽力
在宅医療でやりがいを感じるのはどのような時ですか?

訪問して「ありがとう」と言われることは私の大きなやりがいです。スタッフたちも「家に帰りたいという患者さんの希望を実現できることがうれしい」と話していました。困っている人がいたら自分たちが関わることで「良かった、ほっとした」などと思ってもらえたら一番いいですよね。実はコーポレートカラーを赤にしたのは、誰かのヒーローでありたいという思いがあってのことなんです。そのために心がけているのは丁寧な対応です。医療者本位になりがちな関係性の中で、相手を敬い、信頼関係を築くことを強く意識しています。やはり、患者さんも信頼関係がある人に来てもらうと安心しますよね。そういった積み重ねが大切だと思っています。
今後の目標と地域連携について教えてください。
「ゼロイチ在宅クリニックがこの地域にあって良かった」とみんなが言ってくれる存在になりたいです。将来的には病院を作りたいと考えています。総合診療を専門とする医師が今とても少ない中で、専門家を受け入れる医療機関を作り、教育して全国に輩出したい。そのためには在宅だけでなく外来機能も必要で、最終的にはコミュニティーホスピタルのような地域との関係の深い中小規模の病院をめざしています。地域の皆さんとは、診療以外の部分でも関わりたいと考えていて、町内会と連携してお祭りで子どもの避難所やおむつ替えスペースを提供するなど、いろいろな方法で地域とつながる方法を模索中です。そういった活動を通じて、より安心感を持っていただけるようになれればと思います。
最後に、地域の患者さんやご家族へのメッセージをお願いします。

医療や介護のことで困ったことがあったら、気軽に相談してほしいです。「こんなことで相談していいんですか?」とよく言われますが、些細なことでも大きなことでも、とりあえずご相談いただいて一緒に考えればいいのですから。問題がこじれる前に早めに相談していただくことが大切です。超高齢社会の中で、働きながら介護をする方の問題も深刻です。介護で仕事を辞めなければならない方が増えていますが、私たちが関わることで安心してご家族を任せられ、お仕事を続けられるようサポートしたいです。連携機関の方々とも、チームワーク重視で関わっていけたらと思いますので気軽にご相談ください。連携することで皆さんの仕事を増やすのではなく、お互いの負担が減るようにしていきます。これからも、地域全体が良くなるよう尽力してまいります。