下村 隼人 院長の独自取材記事
しもむら歯科医院
(高松市/元山駅)
最終更新日:2025/09/19

さまざまな事情によって、病院やクリニックへ通うことが困難な人々のために、自ら足を運ぶ。そんな、訪問歯科の道を極めようとしているのが、「しもむら歯科医院」の下村隼人院長だ。父親の死をきっかけに医療の道を志した下村院長は、訪問歯科との出合いを機に、入れ歯や摂食嚥下リハビリテーションの分野で研鑽。2023年には、高松市で訪問歯科診療に特化したクリニックを開業した。在宅医療のニーズ拡大が懸念される中でも、訪問歯科という選択肢を維持し続けようと、未来の仲間たちの育成・教育活動にも精力的に取り組んでいる。「生活を支える医療」をめざして、日々患者のため奔走する下村院長に、開業の経緯や今後の目標などを語ってもらった。
(取材日2025年06月17日)
患者の生活に寄り添い、必要とされる場所へ足を運ぶ
歯科医師をめざしたきっかけを教えてください。

高校生の頃に、父親を病気で亡くしたことがきっかけです。そこから医療に携わる道を模索する中で、歯学部という選択肢にたどり着きました。2005年に徳島大学歯学部を卒業した後は、お隣の香川県で歯科医師としてのキャリアをスタート。勤務医として外来診療にあたっていた頃に、上司から「訪問歯科をやってみないか」と声をかけられたことが、自分の大きな転機となりました。初めて訪問歯科を経験した時、「これは自分に合っているかもしれない」と強く感じたことを覚えています。最初は少数例だけでしたが、以降は私が中心となって、その歯科医院での訪問歯科診療を拡大させていきました。
訪問歯科の、どのような点がご自分に合うと思われたのですか?
患者さんお一人お一人の生活に寄り添い、自分の足で、患者さんから必要とされる場所へ向かうところに大きなやりがいを覚えました。とはいえ、外来と訪問の両立は時間的にも体力的にも、容易ではありません。どちらかに軸を定める必要があると考える中で、自分が心からやりがいを覚えた訪問歯科に特化しようと、開業を決意しました。そこからは、通院ができずに困っている方々、苦しんでいる方々の生活を支える歯科医師でありたいと考えながら、訪問歯科診療に取り組んでいます。訪問歯科に対する情熱なら、私は誰にも負けません。
訪問範囲を教えていただけますか?

制度上は半径16km以内と決まっていますが、実際は時間的な制約があり、10km圏内がほとんどです。当院は高松市内を中心に、さぬき市や三木町の一部地域、また女木島のような離島にも訪問しています。対応するスタッフは歯科医師2人と、歯科衛生士4人です。診療車5台を活用し、訪問時には歯科用のポータブルレントゲンや歯を削るタービン、唾液を吸引するバキュームといった、持ち運び可能な専用機器を用意します。摂食嚥下障害の評価に使用する内視鏡については、導入している歯科医院が限られるかもしれません。使用頻度は月に1〜2回ほどですが、患者さんの状態をしっかり把握するためには重要なツールです。どこへ行っても質の高い歯科医療を提供するため、機材面でも準備は怠りません。
チームで連携し、「食べられない」患者をサポートする
現在は、どのような患者さんを診ているのでしょうか?

診療対象となるのは、年齢やご病気などによって、病院やクリニックへの通院が困難な方々です。具体的には歯の痛みや歯の揺れなどのトラブルを抱えた方、入れ歯が合わず困っている方、摂食嚥下障害によって食事が取れない方など、さまざまなニーズがあります。最近では、誤嚥性肺炎の予防を目的とした口腔ケアのご依頼も増えていますね。通常であれば、食べ物や唾液は食道を通っていくのですが、口腔内のばい菌が唾液と一緒に誤って肺の中へ入ると、誤嚥性肺炎を発症します。つまり誤嚥性肺炎を予防するためには、口腔内のばい菌を減らして、清潔な状態を保つことが重要なのです。歯垢(プラーク)や歯石の除去といった基本的なケアに取り組めば、歯茎の状態も改善が期待できるでしょう。また数は減りますが、胃酸などの胃内容物を誤嚥して、炎症を起こすというパターンもあります。訪問歯科では誤嚥性肺炎だけでなく、こうした誤嚥性肺臓炎にも注意が必要です。
診療の中で、特に力を入れている分野は?
2つあるのですが、1つは「入れ歯」です。訪問歯科を始めた当初は、まだ入れ歯の知識が少なかったことから、訪問歯科における入れ歯治療に詳しい故・加藤武彦先生のもとで指導を受けました。主に横浜で活躍されていた加藤先生は、私にとって「入れ歯の神様」のような方です。「入れ歯は技工士任せにせず、自分で手を動かさなければ上達しない」という加藤先生の教えを実践し続けた結果、型採りをして、噛み合わせを見て、歯並びを確認して、最終調整をしてという4つの工程も、それぞれ1時間程度で終えられるようになりました。訪問歯科へ向かう際のマインドを教えてくださったのも、加藤先生でしたね。入れ歯は一つの道具ですから、最終的には「安定してよく噛める入れ歯」、もともと歯や歯周組織があった場所にマッチする入れ歯を作ることを念頭に、患者さんの食べる喜びと、生きる希望を支えていきたいと思っています。
他にも、先生の得意な分野があれば教えてください。

「摂食嚥下リハビリテーション」です。私の学生時代には、まだこの分野がカリキュラムに含まれておらず、最初はまったくその知識がありませんでした。しかし、訪問歯科の現場には摂食嚥下障害があり、食事を飲み込めない方が多くいらっしゃるのです。この障害の原因はさまざまで、脳梗塞や脳出血などによる神経麻痺というケースもあれば、加齢による筋力の低下というケースもあります。「皆さんが安全においしく食事が取れるように」という想いから、私は勤務医生活と並行して、岡山大学歯学部の摂食嚥下に特化した研究室に通いました。筋力トレーニングや食事中の姿勢の調整、食形態の工夫などが必要な摂食嚥下リハビリテーションには、医師・看護師・言語聴覚士らとの多職種連携が不可欠です。特に、訪問歯科の場合はその場その場の、限られた職種との連携になりますので、私は看護や栄養などの勉強も重ねた上でチームをつくり、目標達成に向かっています。
仲間を育て、「生活を支える医療」の輪を広げていく
先生の、今後の目標はありますか?

より、多くの患者さんのもとへ訪問する体制を整えたいと考えています。現在でも2週間から1ヵ月待ちの状態が続いていますが、病院に通えず、ご自宅で苦しい思いをする方々は今後ますます増えていくでしょう。こうした現状を打破するためには、同じ志を持つ仲間を増やし、後進を育てていかなければなりません。私は開業以前から、入れ歯や摂食嚥下リハビリテーションの知識・技術を学ぶ研究会を主宰してきました。今後も定期的に、研究会メンバーとの勉強会を開催するとともに、未来の医療人たちと話す機会を増やしたいと思っています。香川県立保健医療大学では未来の看護師に対して「在宅医療における歯科の役割」を、衛生士学校では未来の歯科衛生士に「訪問歯科診療の必要性」などを教えていますが、ゆくゆくは未来の歯科医師たちを相手にした講演の場もつくっていきたいです。種をまき、仲間を育て、支え合えるネットワークを広げることが私の目標です。
お忙しい毎日だと思いますが、プライベートの時間はどのようにお過ごしですか?
子どもがサッカーをしているので、その送り迎えに行くことが多いです。あとは、お菓子作りですね(笑)。夏場はレアチーズケーキ、クリスマスにはシュトーレンを作ります。私が作ったお菓子を、家族で一緒に食べる時間が幸せです。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

「食べることを諦めるように」と言われていた方や、合わない入れ歯に苦しんでいた方が、おせんべいやステーキを食べて「おいしかった」と笑えるようになる。そんな瞬間に立ち会えたら、どんなにうれしいでしょう。私たちは患者さんの「食べたい」というお気持ちに、それを支えたいと願うご家族のお気持ちに寄り添います。お困りの時はどうか躊躇せず、助けを呼んでください。「通えないから」という理由で、医療を諦めないでください。訪問歯科に取り組むクリニックは増えていますし、助けてくれる歯科医師は必ずどこかにいます。「生活を支える医療を目指して」。この言葉こそが、私たちの取り組む診療のテーマです。当院は皆さんの生活を支える歯科医療の土台を、この地域に根づかせていきたいと思います。