古谷 健博 院長の独自取材記事
古町メンタルクリニック
(松山市/古町駅)
最終更新日:2025/06/17

2025年4月、松山市の古町エリアに「古町メンタルクリニック」が開業。市内の精神科病院で長年診療に携わってきた古谷健博(ふるや・たけひろ)院長が、より気軽に受診できる場所の必要性を感じ、自身の出身地でもある地域に開業した。クリニックには、テントウムシをあしらったロゴマークが掲げられ、「来るだけで安心できる場所」をめざした空間づくりがなされている。発達障害やうつ病、働く人のメンタルヘルスなどを中心に、幅広い相談に対応しており、オンライン診療や心理検査も整備されている。診療では「患者と向き合うこと」を重視し、医療者側の一方的な判断ではなく、対話の中で一緒に悩みを整理していく姿勢を大切にしている。今回は古谷院長に、クリニックづくりへの思いや診療スタイル、今後の展望を聞いた。
(取材日2025年4月30日)
「来るだけで安心できる」空間をめざして
院内づくりで意識したことを教えてください。

精神科を訪れる方の中には、病院という場所自体に強い不安を感じる方もいます。だからこそ、まず「ここに来るだけでも落ち着ける」と思ってもらえる空間づくりが必要だと考えました。設計士の方には、「リビングのように過ごせる空間にしたい」と要望し、やわらかい照明、暖色系のインテリア、優しい音楽などを取り入れました。特に音楽については、音響の専門家に依頼し、待合室に流れるBGMの周波数や音の響き方まで丁寧に調整していただきました。過ごしているだけで自然と呼吸が深くなるような、そんな環境をめざしています。診察室には防音材を用いて、話が外に漏れにくい構造にしています。待合室ではできる限り静かな雰囲気を保ちつつ、居心地の良さを感じてもらえるよう意識しています。ロゴマークに選んだテントウムシは、「幸せを運ぶ存在」とされており、患者さんの心に少しでも穏やかさが届けばと願ってデザインしました。
設備や診療体制で工夫している点はありますか?
診療までの待ち時間がどうしても長くなりがちな診療科なので、無線LANや充電設備など、少しでもストレスなく過ごせるよう整えています。また、症状や不安の程度に関わらず、最初の一歩として相談できる場所であることを重視しています。簡単な心理検査を院内で受けられる体制も整えており、より精密な検査が必要な場合は、近隣の医療機関と連携して紹介しています。カウンセリングは設けていませんが、その代わり診察時間を十分に確保し、医師との会話の中で悩みをじっくり共有してもらうスタイルを取っています。外出が難しい方にはオンライン診療も提供し、受診のハードルを下げることを大切にしています。
どのような患者さんが来院されていますか?

「こんなことで病院に来ていいのか」と不安に思いながら来院される方が多いです。特に、発達障害やうつ病、職場でのストレスなどで悩む働き世代の方が多く、「原因はわからないけどとにかくつらい」と訴える方も珍しくありません。特性があることに気づかず長年つらさを抱えてきた方や、「これって自分の性格の問題?」と自分を責めている方も多くいらっしゃいます。つらさに明確な理由があるかどうかは重要ではなく、「なんとなく不調」「ただ話を聞いてほしい」という気持ちこそが受診のサインだと考えています。
人だけではなく「人生」を診る精神科の医師として
精神科を専門に選ばれた経緯を教えてください。

最初から精神科をめざしていたわけではなく、医師になってからいくつかの診療科を回る中で選びました。心臓外科や麻酔科も考えた時期がありましたが、最終的には「病気だけではなく、人そのものを診たい」と思ったことが大きな決め手です。精神科は、その人の抱える背景や環境、過去の経験など、目に見えないものも含めて診ていく必要があります。それは大変な面もありますが、同時に大きなやりがいでもあります。病気だけでなく、患者さんの「生き方」に向き合うことで、少しずつ見えてくるものがある。そう思うようになってからは、この仕事に強い誇りを感じています。
印象に残っている患者さんのエピソードはありますか?
勤務医時代に担当した患者さんが、何年もかけて徐々に社会参加できるようになっていったケースですね。最初は外に出ることすら困難で、診察室に来るだけでも涙が止まらないような状態でした。それでも通院を継続してくださって、最終的には障害者雇用の場で仕事をされるまでに状況は変化。「仕事って大変だけど、続けることにも意味がある」と話されたときには、心からの喜びを感じました。精神科の治療は短期間で完結するものではありませんが、時間をかけて向き合い、少しずつでも関係を築いていければ、確実に変化が生まれると信じています。
診療するにあたり、最も大切にしていることは何ですか?

「しっかり話を聴くこと」です。患者さんの中には、どこにもつらさを打ち明けられず、長い間一人で抱え込み、自分を責め続けてきた方が少なくありません。精神科では、話すこと自体が治療の一部になる場面が多くあります。だからこそ診察で何より大切なのは、「この人は私の話を真剣に聞いてくれている」と感じてもらうことだと思っています。話す内容の深さや正しさよりも、「ここでなら話してもいい」と思える安心感が重要です。薬を処方する前に、まずはその人の苦しさにしっかり向き合う。沈黙が続いてもいいし、言葉がうまく出てこなくても問題ありません。話す準備ができるまで待つこと、黙ってそばにいることもまた、大切な対応の一つです。その人のペースを尊重しながら、焦らずに話せる空間を保ちたいと思っています。
心の「ハードル」を少しでも下げられるように
地域でどのようなクリニックをめざしていきたいですか?

精神科に対する抵抗感や「こんなことで来ていいのか」という迷いは、まだまだ根強いものがあります。でも、心の不調は誰にでも起こり得るもので、我慢や根性だけでは解決できません。だからこそ、「受診すること」自体のハードルを下げる必要があると感じています。当院は、重症の人だけが来る場所ではなく、「少しつらい」「誰かに話したい」そんな段階から立ち寄れる場所でありたい。松山記念病院などの地域医療機関とも連携しながら、必要な支援を必要な人に届けられるよう努めています。今後は、福祉や教育の現場とも連携を広げていきたいと考えています。
精神科を受診するタイミングはどんなときが良いですか?
「つらいと感じたとき」が受診のタイミングです。多くの人が「まだ我慢できる」「ほかの人のほうがもっと大変」と考えがちですが、そうやって無理を続けてしまう方こそ、本当は受診してもらいたい対象です。「この程度で来たら迷惑かな」と気にする必要はありません。診察で話すことが何かの整理になり、それだけで気持ちが軽くなる場合も多くあります。実際、検査結果や診断名が出ないケースもありますが、それでも来て良かったと思っていただけるよう最善を尽くします。心の不調に「正解」や「線引き」はありません。
読者へのメッセージをお願いします。

この記事を読まれている方の中には、仕事や家事、育児、介護など、日々さまざまな役割を担いながら、ご自身の時間や心の余裕をなかなか持てない方も多いのではないでしょうか。忙しさの中で、知らず知らずのうちに自分のことを後回しにしてしまい、「なんとなく疲れている」「ちょっと元気が出ない」といった小さなサインを見過ごしてしまうこともあるかもしれません。けれど、少しでも「つらい」と感じたら、それは十分な受診のサインです。私たちは、病名をつけるためだけに存在しているのではなく、あなたの暮らしや思いを一緒に整理し、少しでも前に進めるよう寄り添っていくためにここにいます。話すだけでも心が軽くなることはたくさんありますし、必ずしも薬が必要というわけでもありません。「話してみようかな」と思ったときに、思い出していただける場所でありたい……そう願いながら、日々診療にあたっています。