辻 暁哉 院長の独自取材記事
あかつきメンタルヘルスクリニック
(松山市/市坪駅)
最終更新日:2025/05/12

2025年4月、松山市内にある古川はなみずき通りの近くで開院した「あかつきメンタルヘルスクリニック」。やわらかな自然光が差し込む待合スペース、落ち着いたグレージュと木を基調にした温かみのある空間、そして渡り鳥をかたどったロゴマーク……まるでカフェやサロンのような空気感に満ちた院内には、「来るだけで癒やされる場所にしたい」という思いが込められている。院長の辻暁哉先生は、長年にわたり精神科医として臨床に携わり、多くの人と向き合ってきた経験をもとに、“心の健康”を包括的に支える場所をつくりたいと開院を決意。医師だけでなく看護師やスタッフ全員が「心のチーム」として関わり、誰もが安心して立ち寄れる居場所をめざしている。今回は辻先生に、クリニックづくりへの思いや診療スタイル、今後の展望を聞いた。
(取材日2025年4月6日)
「ただ来るだけで癒やされる場所」をめざして
クリニックづくりでこだわったポイントはどこでしょうか?

患者さんが、診察だけでなくここに来ること自体が癒やしになるような空間をめざしました。心の調子が悪い時に、堅苦しい雰囲気の中で待つのって、それだけで疲れてしまいますよね。だから、内装はやわらかく、自然光をたっぷり取り入れて、座っているだけでちょっと肩の力が抜けるような場所にしたいと思ったんです。無音の空間ではかえって緊張してしまうと思い、院内にはやわらかいBGMを流し、“癒やしの空間”として、安心できる場所をめざしました。ロゴマークはV字に飛ぶ渡り鳥をモチーフにしています。先頭の鳥が気流をつくり、後ろの鳥を引っ張り、疲れたら交代する――。そんな支え合いの循環が、ここでも自然に生まれていくようにとの願いを込めました。患者さんが元気になった後、また別の誰かを支えるような笑顔の連鎖が、ここから始まってほしいと願っています。
スタッフ体制について教えてください。
スタッフは、以前の勤務先で一緒に働いていたメンバーに声をかけて集まりました。それぞれの場面で患者さんと丁寧に向き合っていた人ばかりで、僕自身「この人たちとまた働きたい」と思っていたんです。看護師、精神保健福祉士、受付スタッフなど職種は違っても、全員が“心を大切にする医療”という同じ方向を向いています。精神科では、受付の一言や、待ち時間の雰囲気一つで患者さんの気持ちが大きく揺れることもあり得ます。だからこそ、どの場面でも安心して過ごしてもらえるよう、チームとしての連携を何より大切にしています。患者さんにとっても、僕たちスタッフにとっても、信頼し合える最強のチームだと自負しています。
癒やされる空間をめざす背景には、どんな思いがありますか?

精神科に行くこと自体に、まだまだ抵抗を感じている方は多いと思います。でも、「ちょっとつらいな」「誰かに話したいな」と思った時に、少し勇気を出して訪れてくれた方が、肩の力を抜いて過ごせるような場所でありたい。診察を受けなくても、ただ座って一息ついて帰るだけでも構いません。ここは医療機関というより、サードプレイスのような居場所に近いかもしれませんね。実際に、「来て座っていただけで、少し気持ちが落ち着いた」と言ってくれる方もいらっしゃいます。この場所が誰にとっても心がほっとできる場所になること、それが僕たちの目標です。
思春期の経験から芽生えた精神科医の志
精神科医をめざされたきっかけを教えてください。

学生時代、僕自身も心がとてもつらく、誰かに相談することも難しくて、ひとりで抱え込んでいた時期がありました。でも、そこからなんとか立ち直れた経験が、今でも自分の中に大きく残っています。同じような辛さを抱えている人たちに、プロの立場から寄り添いたい。そんな思いで精神科医を志しました。中でも思春期の子どもたちの支援には、特に力を入れていきたいと考えています。あの年代で受けた心の傷は、大人になっても影響を及ぼすことがあります。でも逆に、あの時期に適切な支援があれば、その後の人生をより健やかに歩める。薬だけでは解決できない“心の成長”を支えることも、僕たちの役割だと思っています。
クリニックを開院しようと決意された経緯は?
これまで病院で外来診療をしてきましたが、時間も情報も限られた中で診断・治療をしなければならないということにずっと課題を感じていました。患者さんの家庭や職場の環境、人間関係などを把握しなければ、本質的な支援はできません。でも、病院ではどうしてもそれが難しい。一人で背負っても限界があるし、バラバラの情報の中で正しい判断をするのはとても難しいと感じていました。だったら、チーム医療を実践できる場所を自分でつくろう。時間をかけて、その人のペースに寄り添いながら支えられる場所をつくろう。そんな思いが、このクリニック開院の原動力になりました。また、制度や組織の枠にとらわれず、「本当に必要なことは何か」を自分たちで判断し、実行できる場が欲しかったという想いもあります。患者さん一人ひとりに向き合える環境を、自分の手でつくっていきたかったんです。
この地域を選ばれた理由はありますか?

当院があるこの地域には、意外にも心療内科が少ないんです。心の不調を感じても、診てもらえる場所が遠くにしかないという声を耳にして、「それなら自分たちがこの地域に貢献しよう」と思いました。また、この地域は住宅街や学校も多く、子どもから高齢の方まで幅広い世代が暮らしています。心の悩みは誰にでも起こり得るものですから、年齢や背景に関係なく、誰でも安心して相談できる場をつくりたいと思いました。「精神科って敷居が高い」と感じている方が、少し勇気を出して来てみたら「来てよかった」と思える、そんな存在になれたらうれしいです。
地域の中で言葉を紡ぎ、心を整える場所に
診療の中で最も大切にしていることは何ですか?

僕が一番大事にしているのは、「言葉にしてもらうこと」です。つらさや不安を抱えているとき、それを誰にも言えずにいると、どんどん苦しさが膨れあがってしまう。でも、「ちょっとつらくて」と口に出せた瞬間に、心が少し軽くなると思っています。僕たちは、患者さんが話してくれたことに耳を傾け、一緒に整理して、「どうしていこうか」を一緒に考えていきます。無理に解決しようとしなくていい。言葉を交わす中で、少しずつ心が整っていく……。それを、地域の中で日常的に提供できる場所でありたいんです。すぐに元気にならなくてもいい。話すことに慣れていない人、ゆっくり考えたい人、沈黙が必要な人もいます。そうした個人差を認めながら、焦らず寄り添うことが、回復への第一歩になると信じています。心を整えるというのは、「治す」ことではなく、「本来の自分を取り戻す」ことだと。僕たちは、そのお手伝いを丁寧に重ねていきたいと思っています。
今後、クリニックとしてどのような姿をめざしていきたいですか?
このクリニックは診察室だけの場所ではなく、“心の健康を支える地域の拠点”としての役割を果たしていきたいと思っています。診療だけでなく、居場所づくり、学校や地域との連携など、もっと広い視点で心のケアに取り組んでいきたい。特に子どもたちが心身ともに健康に育っていくには、医療だけでなく教育や家庭との連携が必要です。必要があれば地域の関係機関と積極的に情報を共有しながら、一人ひとりに合った支援を届けていきます。また、将来的には地域の中で心に関する学びや対話の場をつくっていきたいと考えています。ここを起点に、医療者と住民、学校や福祉などがつながり、孤立を防ぎ、支え合える地域づくりにつながっていけば本望です。地域全体が元気になれるような、そんなクリニックに育てていきたいです。
最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

この記事を読んでくださっている方の中には、家事や育児、介護、仕事などで、毎日を一生懸命過ごしている方が多いと思います。頑張りすぎて、「自分が疲れている」ことすら感じなくなっていませんか? 自身の中で疲れている状態が当たり前になると、心のSOSに気づけなくなってしまうんです。だからこそ、「ちょっとつらいかも」と思ったら、ぜひ一度クリニックに話をしに来てください。「こんなこと話してもいいのかな」と思うことでも大丈夫です。僕たちが一緒に整理し、皆さん一人ひとりに合ったペースを取り戻すお手伝いをします。心が少し軽くなるだけで、見える景色は変わります。その第一歩を、ぜひ踏み出してみましょう。