繁田 雅弘 院長の独自取材記事
栄樹庵診療所
(平塚市/平塚駅)
最終更新日:2024/11/07
生家を改造した「SHIGETAハウスプロジェクト」の一室に、2024年6月に「栄樹庵診療所」を開院した繁田雅弘院長。大学病院などで精神医学の研究や臨床、教育に携わってきた認知症診療のスペシャリストだ。現在は、自治体の認知症関連事業や精神保健関連事業、医師を対象とした認知症診療の講習に関わり、市民への講演活動も精力的に行っている。診療では、患者の話をじっくりと聞き、本人が考えを整理できるよう図り自信を取り戻すことをめざす精神療法に注力。患者との共同意思決定を重視し、認知症のみならず、さまざまな精神疾患や障害の当事者本人の意思を尊重する医療やサポートを広めていきたいという。そんな繁田院長に同院の特徴や認知症診療に対する思い、家族へのアドバイスなどを聞いた。
(取材日2024年10月8日)
古民家の一室で患者や家族の思いをじっくり聞く診療を
こちらは先生のご実家を改装した建物とのことですね。
そうです。私も高校3年まで暮らした実家で、空き家となっていたので数年前に改造し、厚生労働省の「認知症の人と家族の一体的支援プログラム」を利用した「SHIGETAハウスプロジェクト」として、認知症カフェなどを開設していました。今回、理事長の内門大丈先生と相談して、私が長らく実践してきた、認知症患者さんの精神療法を行いたいと当院を開設しました。総合的に認知症の患者さんを診る「メモリーケアクリニック湘南」と連携しながら、当院で患者さんや家族の話をじっくり聞く診療を担い、法人全体の医療の質の向上に貢献したいと考えています。駐車場もありませんし、古い家なので段差もありますから、ご自分で歩ける方が、バスやタクシーを利用して来られることが多いですね。
どのような症状や悩みの方が来られるのでしょうか。
比較的症状が軽い方で、認知症と診断されたがこれから病気とどう向き合っていくかを考えたいというような患者さんが中心です。ご家族が相談に来られることもあります。当院には専門的な検査機器などはありませんから、メモリーケアクリニック湘南などで内科診療や認知症のテストを受けて、ある程度診断を受けてから、こちらに来られることが多いですね。また、大学病院や市民病院などから「もう少し時間をかけて話を聞いてほしい」と希望される方が紹介で来られることもあります。最近ではアルツハイマー型認知症の新しい治療を受けるかどうか、迷っている方がセカンドオピニオン的な相談に来られることも増えています。
先生の診療の特徴を教えてください。
私の診療は、話を聞くことで患者さんを支えるものです。精神療法の一つで、基本的には1対1で気持ちや考えを話してもらうことにより、自分の葛藤に整理がついたり、不安が和らいだり、抑うつが自覚できたりすることをめざします。例えば、家族からこんなことを言われて嫌な思いをしているというような話をじっくりと聞く中で、患者さんはそれでも家族は自分のことを心配してくれている、本当は仲良くしたいと気持ちが整理されるよう導いていくことで落ち着いていくことが期待できます。あるいは、診断されて、わけもわからず苦しいという患者さんとゆっくり話をする中で、病気との向き合い方を自分で見つけられるよう促し、ほっとしましたと帰ってもらえるよう図る、そんな診療です。
心の声も聞き、患者の意思を尊重して治療の選択を支援
診療の際、どのようなことを重視されていますか。
認知症患者さんの場合、家族が受診や治療を決めて、本人に話さえさせないことも少なくありません。しかし、当院では、できるだけ本人に話してもらい、言葉にならない思いや、家族に遠慮して表に出せない本音を引き出すことを重視しています。認知症と診断された患者さん自身の気持ちや、治療を始めるかどうか迷っているというような話をじっくり聞くわけです。聞きながら、考えが整理できるように導き、本人が後悔のないような心境をめざすとともに、ご自分で話をして考えてもらうことで自信を取り戻すことを目標としています。まだまだ自分ができることに挑戦したいというような気持ち、あるいは逆にあまり治療に一生懸命になるのではなく、穏やかに生きていきたいというような思いをくみ取り、治療やサポートに反映していくのです。ご家族と意見が合わない場合も、あくまでも本人の意思を尊重して選択していきます。
患者さん本人の気持ちを尊重することが重要なのですね。
最近、がん医療などでは患者と医師が協力して医療に関する意思を決定する「共同意思決定」が、一つのテーマとなっています。認知症の場合も、患者さん本人の意向をしっかり聞いて、治療を決めていく取り組みを行い、当院から発信して社会に広めていきたいと考えています。認知症基本法に書かれている本人の意思を尊重して社会生活を営むことがようやく実践できるようになってきたと思いますので、ぜひ、本人が決める時代にしていきたいと考えています。そして、認知症での取り組みから始めて、他の精神疾患や知的障害、発達障害など、社会的に弱い立場の人たちの意思を治療に反映させられる時代になったらいいなと思っています。
とても興味深い取り組みですね。
欧米では早くから、どんな障害があっても人間としての権利と尊厳を尊重する医療や支援が必要とされてきました。日本では、この20年ぐらいの間にやっと当事者たちが声を上げるようになってきて、国の施策や法律を決める時には当事者の意見も聞くことが社会的な潮流となってきました。アルツハイマー型認知症の新しい治療法が開発されたことで、患者さん自身がその治療を受けるかどうかを自分自身で考えて決めていく、そのきっかけにしていきたいと思います。
これまでの自分と異なる不安を感じたら、気軽に相談を
では、家族はどのように接していけば良いのでしょうか。
認知症になったら本人はわからないから、周りで決めてあげないといけないというのは家族の偏見です。「物忘れがあり認知症を心配しているが、本人が受診を嫌がっている」といった相談がよくありますが、本人にとって行きたくないところに無理やり連れていかれて、他人に相談してアドバイスをもらおうとしているというのは、嫌がって当然です。「お母さん、物忘れが心配だけどどうしよう」と本人に相談するところから始めてほしいのです。家族は医療者のような管理者になる必要はありません。家族が管理者になったら、本人は孤独になるのです。本人も不安であるはずですから、家族は、家族の立場で「心配だから、悪くなって後悔するのも困るから、どうする?」と相談してほしい。本人が納得して受診してみようと思わないと治療は続きません。そして、親戚や近所の人など周囲の人に病気のことを知られたくないなど、患者さんの気持ちにも配慮することが必要です。
常に家族として寄り添うことが大切なのですね。
そうです。ご家族は早く治療を受けさせたいと焦る気持ちもあると思いますが、1、2ヵ月早くても遅くても、運命はそう大きく変わるものではありません。本人が納得して、受診してみようという気持ちになって、最初の一歩を踏み出すことが大切なのです。そして、受診することができたら、患者さんが信頼できる先生かどうか、本人と医師との相性を常に見極めてほしいのです。信頼できる先生に出会えたら、薬も飲めるし通院も続けられます。患者さんも、自分のことを本当に心配してくれる医師であるかどうかはわかると思いますので、本人の気持ちを尊重して医師との信頼関係に注意していただきたいですね。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
従来の認知症の診断では、普通に話もできて、認知症のテストである程度の点数が取れると、「年相応ですね」と言われて終わりでした。しかし、今は早い段階で兆候を見つけることが見込めますし、不安や悩みを相談して治療やサポートにつなげていくこともできます。認知症と診断されないが、過去の自分とはどこかが明らかに違う感じがするという時や、疲れでもないしうつでもない、認知症の可能性があるのではないかと漠然と思われた時に、とりあえずかかりつけ医や、地域の相談機関などに気軽に相談してください。ご家族は、本人が受診する気になったタイミングで受診を勧めてください。当院ではそんな患者さんやご家族の不安や思いを、しっかり拾い上げられる診療を行っていきたいと思います。客観的な根拠やデータを重視する医学ではなく、医療現場でご本人が自信を取り戻すことができる医療に取り組んでいきたいと考えています。