稲村 圭亮 院長の独自取材記事
こころの診療所 築地・新富町
(中央区/築地駅)
最終更新日:2025/02/12

築地駅から徒歩2分の「こころの診療所 築地・新富町」。インバウンド観光客でにぎわう築地本願寺のすぐそばにありながら、一転して静かな路地にたたずんでいる。長年にわたり大学病院に勤務してきた院長の稲村圭亮(いなむら・けいすけ)先生は、生まれ育ったこの場所で地域医療に貢献したいという思いから開業に至った。睡眠障害、適応障害、自律神経失調症、うつ病、認知症など、さまざまな年齢を対象とした幅広い診療を行っている。心落ち着く声でゆっくりと言葉を選びながら答えてくれた稲村院長。会話が弾むとふと見せてくれる笑顔には嘘がなく、患者はどんな悩みもありのままに打ち明けられそうだと感じた。一人ひとりの個性を「そのままでいい」と受け止めることを大事にしているという稲村院長に、診療にかける思いなどを詳しく聞いた。
(取材日2024年6月1日)
大学病院で長年研鑚した知識を生まれ育った築地に還元
まず、精神科医を志した理由から教えてください。

初期研修でいろいろな診療科を回り、精神科を必要としている患者さんが非常に多いことを知ったのが一つのきっかけでした。それは「人が最後に頼るのは精神科かもしれない」と感じるほどでした。実際、母校である東京慈恵会医科大学の精神医学講座に勤務していた頃は、他科からの依頼で入院・外来患者さんの診療にあたり、体の病気が心理的負担となっている方々を診ることも少なくありませんでした。心身双方からのサポートの必要性を感じました。
開業までの経緯をお聞かせいただけますか?
開業するまでは、20年近く大学病院で臨床・研究・教育に従事してきました。研究では老年期の不安障害と認知症をテーマとし、国内外のさまざまな症例発表会や勉強会で招待講演する機会も得ました。新米だった私を指導担当の先生が励ましてくれた「患者さんに個性があるように、精神科医にも個性があって良い」という言葉を胸に、医局長としても若手精神科医師の指導にあたってきました。臨床では青年期から老年期まで多種多様な疾患に対応し、病棟長も経験。入院患者さんに接する中、心の病気であるにもかかわらず「気のせい」「体の病気のはず」と放置して、重症化させてしまう人を救いたいと強く思うようになりました。そこで、より気軽にかかりやすいクリニックを開業することにしました。
なぜ、築地という場所を選んだのですか?

築地は私が生まれ育った町なんです。実家は祖父の代から築地で自営業を営んでいて、学校のない時には家業の店番をしたり、自転車に乗って配達を手伝ったり、そんな子ども時代を過ごしました。かつてあった築地場内市場で配達中に迷子になった時には、市場の人に助けてもらったことも。そうやって町の人たちとのふれあいの中で育ってきたので、大切なこの町に恩返しができたらと、ここを開業の地に選びました。町の移り変わりもずっと見てきましたが、昔から住んでいる方々の高齢化が進む一方、新しい会社が次々と移転してきて就労世代が増えていると実感しています。当院にも会社でのストレスを抱える20代、退職後の気分の落ち込みを訴える60代など、いろいろな悩みを持つ方がいらっしゃいます。精神科医として困っている人たちの心の問題に取り組み、誰もが過ごしやすい町づくりのお役に立てればと考えています。
一人ひとりの「こうありたい」を重んじて寄り添う診療
院内づくりでこだわった点などはありますか?

どなたにも「安心できる空間と時間」を提供することにこだわっています。そのためには、内装を優しい色調にするといったことももちろんですが、人としてどう患者さんに向かうかが大事だと思うんです。私自身、医師然として威圧的にならず患者さんに穏やかに接するように心がけています。看護師、受付、事務、非常勤の公認心理師など、スタッフの人柄の良さも当院の自慢です。受付にぬいぐるみを置いたのはスタッフのアイデアなんですよ。患者さんに少しでもくつろいでもらいたいとそれぞれが考えてくれているので、どんどん取り入れています。これからも、みんなで心休まる一つの場をつくっていけたらと思っています。
診療で大切にしていることは何ですか?
皆さまの「こうありたい」を尊重することです。もちろん、何項目に当てはまればこの疾患で、推奨される治療法はこれといったガイドラインも大事です。しかし、治療を始めるにあたってまず欠かせないのは患者さんとの信頼関係の構築だと思っています。精神科・心療内科というと投薬治療をイメージする方も多いかもしれませんが、いきなり始めることはありません。まずは話をしに来てくれるだけでもいいんです。患者さん自身がどうありたいかを最優先し、それぞれの個性をより良く発揮するためのサポートをする。そんな立場で診療にあたるようにしています。
そのような診療スタイルはどのような経験から育まれたのですか?

きっかけは勤務医時代に担当した一人の患者さんです。問診を重ねても上手に話が聞き出せず手こずっていたのですが、ある日、患者さんのほうから「話がしたいです」と言われ、正直驚きました。ちょうど空いている面談室がなく、病棟の中庭を散歩しながら話したのが良かったのでしょうか。これまでのこと、これからのこと、たくさん自分の考え、思いを聞かせてくれたんです。その時初めて、彼を一人の個性豊かな若者として認識している自分がいました。母校の建学の精神「病気を診ずして病人を診よ」を心から理解した瞬間だったかもしれません。そして、彼の個性が周囲から否定されても、自分だけは「そのままでいいんだよ」と言い続けようと決心しました。それ以来、「そのままでいい」という言葉は私自身の支えにもなっています。精神科診療ではこのように、ふと口にした患者さんへのアドバイスが自分自身を見直す機会にもなることも多いんですよ。
自律神経失調症、更年期障害への包括的なサポートを
今後の展望についてお聞かせください。

大学病院勤務時代の外来診療において、多くの方が身体症状について悩みを抱えていることを実感し、心と身体の関連について研究し、多くの論文を発表してきました。心と身体は密接な関係にあり、自律神経失調症・更年期障害の方々は、さまざまな身体的な不調を伴います。例えば、動悸・めまい・発汗など多種多様です。身体的な不調で内科などに何度かかって検査をしても症状が改善しない方は、自律神経失調症や更年期障害が疑われ、当院では、心理・社会・生物学的の3つのアプローチを行っています。ストレスや責任感の強さ、几帳面な性格、感情の抑圧、強い不安といった心理的因子、不規則な生活習慣や過度な労働、環境の変化、人間関係の問題といった社会的因子、遺伝子的要因やホルモンバランスなどの生物学的因子の3つです。それぞれの方が個別に抱える因子を踏まえながら治療しています。
お忙しい毎日ですがリフレッシュ法などはありますか?
高校生の頃からイギリスのとあるハードロックバンドが好きで、ギタリストのマネをよくしたものです(笑)。超絶技巧のプレイヤーとは言い難く、途中からもう一人の上手なギタリストが加わったという逸話もあるくらいなのですが、一つ一つの何げない仕草がとにかく格好良くて、かなり影響を受けています。大学まではバンド活動もしていましたが、今は一人でギターを弾いたり作曲したりするくらいですね。もちろん、ギターは彼と同じものです(笑)。実は、当院のSNSで使用しているBGMは自作で、私の演奏も少しだけ入っています。そんな音楽の話なども患者さんと打ち解けるきっかけにできたらと思っています。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

人生で行き詰まりを感じることは、誰でもあるものです。そこから、眠れない、会社や学校に行けなくなる、意欲や集中力が低下する、気分が落ち込むといったお悩みに発展していませんか? 頭痛・めまい・発汗・震え・食欲不振などの身体症状があるにもかかわらず原因が特定できないならば、それは心の疲れを知らせるシグナルかもしれません。自分を見失いそうになっているときこそ、力になりたいと思っています。あなたが一番、大切にしているものを決して否定しません。ご自身を見つめ直す時間に、伴走させてください。