鈴木 康一 院長の独自取材記事
新宿よりそいメンタルクリニック
(新宿区/新宿駅)
最終更新日:2024/10/04
新宿駅から靖国通りを歩いて3分の「新宿よりそいメンタルクリニック」。多様なクリニックが入居するビルの中にあり、心療内科にためらいを感じる人でも通いやすい。院長の鈴木康一先生は大学病院などで長年にわたり精神科医療に携わってきたベテランだ。それでいて、今でも青年のようにやわらかな心と飽くなき探究心を持っている。若い患者が多いのも、土地柄だけではなく、そのみずみずしい精神が伝わるからだろう。柔和なまなざしが印象的な鈴木院長に、診療で大切にしていることなどを詳しく聞いた。
(取材日2024年7月29日)
外来診療もオンライン診療も当日受診可能
まず、ユニークなクリニック名に込めた思いなどから教えてください。
心の病気を抱えていると、どうしても後ろ向きになりがちです。うつ病の特徴の一つに、過去への執着と後悔があります。「ああしていれば、こうしていれば」と昔の自分を責め続けて、なかなか次の一歩を踏み出せないのです。夜は「明日が来なければいい」、朝は「また一日が始まってしまった」と、時間の進み具合が遅くなり、睡眠と覚醒のリズムも乱れてしまいます。当院ではそんな患者さんたちが少しでも未来を思うことができるよう、スタッフ一同、全力でサポート。といっても遠い将来ではなく、まずは一番近い未来である「あした」から始めてみませんかと問いかけるクリニックでありたいと思っています。
オンライン診療にも力を入れているそうですね。
オンライン診療は「デジタルツールを用いた往診」と私は思っています。遠くにお住まいでもスムーズに受診できるのはもちろん、心理的な距離も解決できるのがオンライン診療のメリットです。心の病気があると、「受診したいのはやまやまだが、急に具合が悪くなって行けない」という日もどうしてもあります。一回のキャンセルから足が遠のき、服薬も途切れてしまうといった悪循環に陥る方を、これまでのキャリアの中で数多く見てきました。そういった方々をオンライン診療を活用して1人でも多く救いたいです。一般診療もオンライン診療も当日受診できるようにしていますが、今後はさらに「今日は家から出られそうにないので、オンラインに切り替えたい」という要望にも臨機応変に応えたいです。
現在はどのような患者さんが多いのでしょうか。
会社勤めの20代から30代が目立ちますが、定年間近の60代の方もいらっしゃいます。年齢を問わず、会社に適応できないことに悩んでいる方は少なくありません。当院では、医師が診断し治療上必要と判断した場合は休職のための診断書の即日発行も行っていますし、傷病金手当の申請に関するご相談にも対応可能です。新卒ですぐにつまずいてしまう方も結構いらっしゃるので、どのような支援があるのかなど、ご自身で社会の仕組みを学んでいただくことも大事にしています。また、歌舞伎町も近い場所柄もあってか、若い女性もとても多いですね。医師は常勤2人、非常勤2人の体制ですが、女性医師の診察日も設けていますので、気楽に足を運んでいただければと思っています。
患者をしっかりと見つめ心の風邪と油断しない
次に、医師になったきっかけやご経歴をお聞かせいただけますか。
数学は得意でしたが哲学や思想にも興味があり、「果たして自分は理系なのか」と疑問を抱くような高校生でした。そんな自分の特性も精神医学ならば生かせるのではと考えたのが医師を志したきっかけです。大学卒業後は医局勤務を経て東京医科大学茨城医療センターに勤務。その後赴任した新潟県の柏崎厚生病院では入院病棟を担当しつつ、精神医学の勉強会を立ち上げるなどしました。東京医科大学病院精神医学教室准教授などを経て、2023年に当院の院長に就任しました。退却神経症の研究でも知られる精神医学の大家、笠原嘉先生の「精神科は70歳を過ぎてからの開業が適切」とのお言葉どおり、古希での挑戦となりました。歯科医師で開業医だった父は「開業は大変だからするな」と常々言っていたのに、家訓に背くことになってしまいましたが(笑)。
精神科では年代ごとに患者さんとの接し方も違ってくるのですね。
若くて一生懸命な頃はビギナーズラックもあって、たまたま患者さんの改善に導けることもあります。しかし、慢性期の治療病棟に修行に出て「すぐに治療が終わる精神疾患ばかりではないのだ」と学んだ日々が私にもありました。70代になってみて、人間としての雑味が抜けた今だからこそできることの多さを実感しています。私のもともとの専門は統合失調症で、解離性同一障害いわゆる多重人格障害にも長年携わってきました。多重人格に潜んでいる人格は1人、2人ではなく、人間とも限りません。診察中に動物が表れることさえあります。昔ながらのコミュニティーが根強く残り、新しいコミュニティーとのすみ分けがはっきりしている地方ほど、その境界面で発症しがちな印象です。統合失調症の他にも幅広く精神疾患を診てきましたので、どんなことでもご相談いただければと思います。
診療にあたって大切にしていることは何ですか。
大切にしているのは、ドアの隙間から最初に患者さんの顔がのぞいた瞬間から、わずかな表情の動きも見逃さないことです。でも、患者さんには私たちがアンテナを張り巡らせていることは気づかれないように努めていますので、ただリラックスして過ごしてほしいですね。理想的な診療とはどのようなものか、仲間たちと盛んに議論したこともありました。患者さんとは対面式がいい、90度に向き合うのがいい、寝椅子でくつろいでもらうのがいい……と試行錯誤を経て今は「普通が一番」と考えています。心療内科だからといって特別な空間をつくってしまうと、患者さんはかえって緊張してしまうからです。もっと気楽に、軽い風邪をひいてクリニックに来たような感覚でいてほしいと思っています。しかし、迎える側の油断は禁物です。「うつは心の風邪」ともいわれますが、私は重症の肺炎と考えていますし、これからも心して対応していきたいです。
オープンダイアローグも活用して心の病に対応
今後の展望についてお聞かせください。
ここで開業して以来、ハラスメントの問題があまりに多いと感じています。いじめ、ハラスメントは、実際のところ何が起きているのか客観的に把握することも欠かせませんが、精神医学は何ができるのか追求していきたいです。ちょうど精神医学の世界でも、従来のような一対一の診療形式だけではなく、オープンダイアローグ(開かれた対話)を導入しようという動きが見られる昨今です。医師と患者だけではなく、臨床心理士、看護師、家族、友人などが集い、ひたすら対話を重ねていくオープンダイアローグの手法がハラスメントの解決に役立つのではないかと考えています。勤務医時代に、患者さんの上司が来てくれて、それで一気に問題解決につながった例もありました。また、時には私自身が企業に出かけることもあります。診察室の枠組みを越えたなかなか大変な治療法ではありますが、諦めず今後とも取り組んでいきたいです。
お忙しい毎日ですが休日はどうお過ごしですか。
一日中、自分の部屋にこもって読書をするのが至福のひとときです。ホモ・サケルの考察でも知られるイタリアの哲学者の哲学書などをよく読みます。ホモ・サケルとはローマ古法で定められた罪に問われることなく殺害し、神殿に生贄として捧げることができた人々のことです。かつて権力とは「殺す権利」だったんですね。一方、近代の権力は「いかに人民をコントロールしながら生かすか」という方向に向かっていると指摘したフランスの思想家がいます。生のコントロールはさまざまな精神障害を引き起こす引き金でもあり、精神科の医師としてはどう向かっていくべきかといったことを、好きな音楽を聞きながらワインを片手に思い巡らせつつ、リフレッシュしています。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
東京医科大学で教員を務めていた12年間は、大学関連の介護老人保健施設の施設長もしていました。それは、人間はどう生きるかだけではなく、どう最期を迎えたら幸せなのかも考えざるを得ない日々でもありました。とかく日本人は死から目を背けがちですが、超高齢社会の中で避けて通れない問題です。あまり刺激的にならないよう、若い人にもラテン語でいうメメント・モリ(死を思え)を伝えていきたいと思っています。悩みでうつむきがちな視線を、時間的にも空間的に遠くに向け、まずは「あした」を生き抜くお手伝いをさせてください。