岩谷 健志 理事長の独自取材記事
縁・在宅クリニック
(延岡市/延岡駅)
最終更新日:2025/11/17
宮崎県北部、延岡市の中心部の国道218号から一本入った道路沿いにある「縁・在宅クリニック」。近くには五ヶ瀬川が流れ、病院や寺社、商店が立ち並ぶエリアに位置する同院は、もともと理事長兼院長を務める岩谷健志先生の祖父母の住まいをリフォームした建物だ。延岡市の離島・島野浦島で育った岩谷先生は、へき地医療をもともと志向していたが、勤務先で出会った在宅医療に衝撃を受け、「地元の延岡に必要なのは在宅医療ではないか」と開業を決めたという。日々の訪問診療の傍ら、小児から高齢者までの幅広い症例に対応できる総合診療の実現に注力する。さらに講演などの情報発信にも熱心に取り組む岩谷先生に、在宅医療や地域医療にかける熱い思いを語ってもらった。
(取材日2025年10月10日)
「延岡に必要な医療とは」、その答えが在宅医療だった
最初に、医師をめざしたきっかけを教えていただけますか?

私は延岡市の島野浦島という離島で生まれ育ったのですが、親が漁師をしていたこともあり、将来、自分も島で働きたいとなんとなく考えていました。医師という職業に進んだのは、中学生の時、家族が脳の疾患で倒れたことがきっかけです。診療所の先生が訪問診療に来て、私たちに寄り添ってくれたことがすごくありがたくて、医師という職業は良いなと思いました。いつか自分もそんな医師になりたいと憧れて、島根大学の医学部に進学しました。へき地医療への思いはずっと持ち続けていたので、大学を卒業し初期臨床研修を終えた後、まずは救急医療を身につけないといけないと考え、救急医療や災害医療に力を入れている熊本赤十字病院に入職しました。そこで、日本救急医学会救急科専門医の資格を取得し、宮崎県に戻りました。
在宅医療の道へ進んだのはどうしてですか?
宮崎県立宮崎病院の救命救急科に勤めた後、五島列島にある長崎県上五島病院に勤務する機会を得ました。そこで在宅医療を初めて経験して、すごく衝撃を受けました。そこでは「家に帰りたい」という患者さんがいると、病院全体でバックアップして、患者さんが家に帰れるように環境を整えます。患者さんが残された日々を家で過ごし、それこそ夕飯の匂いがするような空間で、家族に囲まれて最期を迎えられるようにするんですね。救急科の看取りは医療の最期という感じでしたが、在宅の看取りは人生の最期という景色が広がっていることに驚きました。実はその前に、私は祖父を亡くしています。祖父は「最期は生まれ育った島に帰りたい」と願っていたのですが、かなえることはできませんでした。もし、延岡に在宅医療が整っていれば、祖父の最期も違ったのではないか、と。延岡に必要な医療は何だろうと考えたとき、それは在宅医療だと考え、開業を決意しました。
こちらはもともと、おじいさんおばあさんのご自宅だったそうですね。

私が高校生の時、この祖父母宅に下宿して学校に通っていたのでとても愛着がありますし、大工だった祖父が建てた家なので、柱などの軸がしっかりしています。新しいクリニックを建てるのではなく古い民家の良さを生かしながら、ここで在宅医療のかたちをつくっていきたいと思いました。それは、これまでこの地域の医師たちが頑張ってこられた地域医療を受け継ぐ意味もあり、これから立ち上げる在宅医療のイメージにも合っていると考えました。地元の建築家の方がそんな私の思いをくみ取ってくださって、とても温かみのあるクリニックになったと思います。
地域医療のすき間にこぼれるニーズをすくい上げる
「縁・在宅クリニック」という名前に込めた思いをお聞かせください。

「縁」という言葉は、「絆」とは違い、強制的ではないつながりを感じます。お互いに縁だと思えば縁になり、思わなければ通り過ぎていく、という感じがとても好きなんです。また、私が通っていた島根大学のそばに出雲大社があり、そこは縁結びの神さまが祭られているんですね。それに、延岡の「延(えん)」にもかけて、もうこの言葉以外ないだろうと思って、名づけました。人と人の縁をゆるやかにつなぐ在宅クリニックとして、ずっと延岡にあり続けたいなと思っています。
クリニックの特徴について教えてください。
まず一つは、医師・看護師など総勢18人体制で、24時間365日、患者さんに対応していることです。休日や深夜でも、病状の急変時には、訪問看護ステーションなどと連携を取って緊急対応しますし、看取りも数多く受けています。厚生労働省の定める「機能強化型在宅療養支援診療所」や「在宅緩和ケア充実診療所」として、患者さんが安心して療養を続けられるように支えています。同時に、診療科や病気の制限を設けずに患者さんを受け入れているのも当院の大きな特徴です。医療的ケアを必要とするお子さんから、神経難病などを抱える若い方、ご高齢の方まで、幅広い年齢層の患者さんの在宅療養を支えています。
どんな病気も診るというのはすごいことですね。

都会ではすぐに専門の医師を探せますが、地方ではなかなかそうはいきません。離島の病院に勤めていた時に、尊敬する先生から「君の専門が何であるかは、患者さんにとって関係ない。一人の医師として来ているのだから、どんな病気でも、それは僕の専門じゃないとは言わないように」と教えられました。その教えを今も大切に守っています。また、そんなふうにあらゆる疾患に対応していると、地域医療のすき間のニーズや弱点だった部分の医療ニーズがここに集まってくるように感じています。例えば、医療資源の少ない神経内科や小児がんの分野では、当院があることで、少しでも在宅の患者さんに安心して過ごしていただけるようになったのではないかと思います。
在宅医療のタスキを次の世代へ渡していきたい
診療で大切にしているのはどんなことですか?

クリニックの理念として「その人らしい生き方をかなえる医療の提供」ということを掲げています。この病気だから、この年齢だから、というのではなく、どんなふうに病気と付き合っていきたいか、どんなふうに過ごしていきたいかという患者さんの思いを大切にするように心がけています。また、運営面では、自分一人でできることは限られているので、周りの人の力を生かすことを常に考えています。一緒にやっている医師や訪問看護師はもちろん、地域の薬剤師さんやケアマネジャーさんなど、皆の力をつなぎ合わせることができれば、東京や福岡にも負けない地域医療を提供できるのではないかと考えています。
講演会などにも精力的に取り組んでいらっしゃるそうですね。
その人らしい生き方をかなえるための医療とは、どんな医療なのか。地域の皆さんにも知っていただきたいと考え、地域の公民館などで講演会を積極的に開いています。在宅医療への理解を深めていただくことにより、親戚やご家族の訪問診療についてのご相談を受けることもあり、少しずつ人の縁が広がっているように感じています。また、看護師は時間のない中、勉強会での発表にも熱心に取り組んでいます。例えば、当院では患者さんが亡くなった後のご家族の心のケアにも力を入れていて、そうした取り組みを勉強会などで発表してくれています。医療者や医療をめざす高校生の皆さんもたくさん見学に来てくださっているので、そうやって情報発信をすることによって、延岡の在宅医療の魅力を広く知ってもらうことができればと思います。当院では医療に関わる人の見学を随時受けつけていますので、興味があればぜひお越しいただきたいと思います。
最後に、これからのビジョンについてお聞かせください。

クリニックでは珍しいと思うのですが、大学病院などと連携し、医師研修機関としても活動を始めています。総合診療や在宅医療に興味のある医師がここで学び、専門的な知識を身につけ、育っていく。そういう医師教育の土壌をつくっていきたいと考えています。私たちの間では「地域医療は駅伝である」ともいわれます。短距離走では地域医療は続かないし、マラソンみたいに走っていたら時代の流れに遅れてしまいます。ある程度スピード感のある走りでタスキをつないでいく駅伝のようなスタイルが地域医療には求められているという意味です。ここ延岡で在宅医療の魅力を発信しながら次の担い手を育て、地域医療のタスキをしっかり渡していきたいですね。当院が10年、20年先の世代へ地域医療をつないでいく、そんな場所になっていくと良いなと思います。

