田中 信彦 院長の独自取材記事
タナカ在宅クリニック
(宮崎市/佐土原駅)
最終更新日:2022/08/03
JR日豊本線・佐土原駅から徒歩7分の旧国道10号沿い、店舗が立ち並ぶ中心繁華街に訪問診療・往診・在宅療養支援などの在宅医療を提供する「タナカ在宅クリニック」はある。院長を務めるのは30年以上の長きにわたって大学病院や基幹病院の麻酔科、ペインクリニック科で経験を積んだ田中信彦先生。勤務医時代に終末期の患者と接する中で在宅医療の必要性を痛感し2022年5月に同院を開業。佐土原、新富、高鍋などのエリアを中心に、「その人らしい人生や暮らしを可能な限り最期まで継続できるように支援すること」を目標に掲げ日々奮闘している。高校・大学時代にラグビー部で培った「One for all, All for one」の精神を土台にしたチーム医療にも注力する田中院長に、在宅医療に対する思いをたっぷりと語ってもらった。
(取材日2022年6月30日)
地域のニーズに応え、在宅療養専門のクリニックを開業
今年5月に開業されたばかりということですが、開業までの経緯を教えてください。
私はもともと、今年の3月まで潤和会記念病院の緩和ケア病棟に勤務していました。その時に痛感したのが、末期がんの患者さんたちがご自宅に戻ろうとしたときに、訪問診療をしてくれる先生が少なく受け皿がないということだったんです。特にこの佐土原や新富地区は訪問診療に対応している病院やクリニックが少なく困っている方がたくさんいらっしゃいました。それだったら自分でここにクリニックを開業して、訪問診療を始めようと思ったのが一番の理由です。ちょうどそのように考えていた頃に、瓜生野にある「たなか内科」の理事長兼院長の黒木いしえ先生が声をかけてくださり、その分院として当院を開業することになりました。
現在はどのような患者さんを在宅で診られているのでしょうか?
私は末期がんの患者さんをメインで診たいと考えているのですが、年代は40代〜90代ととても幅広いんです。それに加えて、近隣の介護施設からも訪問してほしいと頼まれていまして、80代以降の認知症の患者さんも多く診ています。もともと開業する時には、佐土原と新富地区を中心にと考えていたのですが、高鍋地区も両地区と同じように訪問診療のニーズが高く、現在は高鍋までメインエリアになりつつあります。訪問診療の範囲としては、「16km範囲内」という決まりがあるのですが、その点では高鍋も対象となりますし、木城町からも依頼があって今後はそこも対応することを検討しています。開業前に想定していたよりも、訪問診療のニーズがかなりあるなというのを感じているところです。
なぜ今、在宅療養のニーズが多いのでしょうか?
これはやはり、新型コロナウイルスの影響が大きいのではないかと思います。これは私が緩和ケア病棟に勤務していた時に、最も苦労してつらい思いをした部分なのですが、今は入院をするとなかなか面会ができないのです。新型コロナウイルス感染症が一番流行していた時は、家族でも1人しか面会が認められない状況でした。そうすると、病院で最期を迎える時に、看取りのために付き添える人が限定されてしまうわけです。おじいちゃんやおばあちゃんが亡くなる時、お孫さんなど一緒にいてあげてほしい方たちが付き添えない。そういう状況の中で、やはり「最期は自宅で」と考える方が増えたのではないでしょうか。
患者の痛みを適切に和らげ日常生活の維持をめざす
先生が在宅医療に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう。
30代の時に熊本県天草市の病院に派遣されたのですが、そこは医師が少ない医療過疎地域でした。私は麻酔科を専門としていたのでメインは手術室の麻酔だったのですが、医師の数が少なく人手不足だったため、痛みの治療から緩和ケア、終末期医療まですべてに対応しなくてはいけませんでした。末期がんの患者さんを診る機会もあって、終末期医療の大切さを実感しました。そこでの経験が現在の私につながっているような気がします。医療過疎に直面している地域でさまざまなニーズがあり、それをなんとか勉強しながら対応していく中で、将来的に緩和ケアとペインクリニックを専門にやっていきたいと思ったことが、大きな転機になったのではないでしょうか。
ペインクリニックについて、詳しく教えてください。
がんの患者さんで一番つらいことは身体的な面での痛みです。ペインクリニックはそのような患者さんが痛みと上手に付き合っていけるようにサポートをします。痛みのコントロールは私が最も得意とする分野なのですが、私は、痛みをゼロにするのではなく、患者さんがADL(日常生活動作)を維持できるように痛みをコントロールすることを大切にしています。例えば、究極の痛みのコントロールというのは、麻酔をして寝かせてしまうことなのですが、でもそうすると患者さんは寝たきりになって動けなくなってしまいます。それでは痛みが取れたとしても意味がないのです。患者さんが日常生活をきちんと送れるように、痛みをコントロールすることがペインクリニックで行う「痛みの治療」の肝になる部分です。
先生が患者さんと向き合う時に心がけていることは何ですか?
患者さんの意向をできる限り尊重するということです。 患者さんの思いを上手に引き出せるように語りかけたり、傾聴したりすることを大切にしています。在宅医療では、とにかく患者さんの本当のニーズを引き出すことがとても重要です。初対面でそういうことを話してくださる方もいれば、ある程度信頼関係ができてからでないと言えない方もいますから、そこは患者さん一人ひとりに寄り添うように心がけています。とはいえ、患者さんの中には「寄り添ってほしくない」と考えている方もいますから、患者さんにとっての居心地の良い距離感を探るのは、なかなか大変なことではありますね(笑)。
患者が望む医療で、患者の幸せをめざす
訪問診療を行う上で、先生はどのようなことが最も大切だと思いますか?
チーム力だと思います。訪問診療というのは医師一人の力でできるものではなく、看護師や薬剤師、理学療法士などさまざまな職種が連携をするチーム医療です。患者さんにとってより良い医療を提供するためにはチーム力が不可欠で、そこは私自身もとても大切にしている部分になります。私は高校、大学とラグビー部に所属していたのですが、ラグビーというスポーツもやはりチームワークが必要なんです。高校、大学時代にラグビー部で培った「One for all, All for one(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」というラグビーの精神が、今のチーム医療にも生かされていると思います。
これまでの医師人生で、どなたか先生に影響を与えた方はいらっしゃいますか?
大学卒業後は麻酔科に進んだのですが、その時の教授だった高崎眞弓先生の講義は記憶に残っています。臨床研究の話をいろいろと聞かせてくださって、その話を学生時代に聞けたことでエビデンスの重要性を理解することができましたし、私自身も研究をさせていただくことができました。また、痛みの治療に関しては宇野武司先生の下で学んだことが深く影響しています。痛み治療の基礎的なことから臨床まで詳しく教えていただいて、それが私の臨床の礎になっていると思います。そして、多くの患者さんと接する中で私自身の考え方も大きく変わっていきました。若い頃は、自分のやっている医療が正しくて、それを患者さんに提供することが患者さんの幸せだと思っていたのですが、日々患者さんと向き合う中で、「患者さんが望む医療を適切に提供しなければ患者さんの幸せにはつながらない」と考えるようになりました。
最後に、今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。
宮崎の中心部は在宅医療に対応しているクリニックも多いのですが、周辺では現在でも訪問診療を受けたくても受けられない地域の方が、まだまだたくさんいらっしゃいます。そうしたニーズに応えていくためにも、後進の育成に力を入れていきたいと考えています。まずは、若い先生たちに在宅医療に対する興味を持ってもらって、それを私たちがある程度教育していける環境ができたらいいなと思います。もちろん、私の力だけではなくいろいろな先生と連携しながら今後もより良い在宅医療の提供をめざしたいですね。訪問診療を希望されている方や、痛みにお悩みの方は、年齢を問わずぜひ一度当院までご相談ください。