木下 利彦 先生の独自取材記事
うめだ心と体のクリニック
(大阪市北区/梅田駅)
最終更新日:2025/01/28
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梅田の街並みが眼下に広がる高層ビルのメディカルフロア。その一角にある「うめだ心と体のクリニック」で、週1回診療を担当しているのが木下利彦先生だ。母校でもある関西医科大学精神神経科学講座では四半世紀にわたり教授を務め、教室を率いて診療や研究に打ち込むとともに多数の精神科医師を育ててきた人物でもある。しかし診察室では生粋の大阪人らしく、飾らない人柄とゆったりとした語り口調で患者と向き合う。「物質的な豊かさに比例してメンタルケアの必要性も高まってきた」と振り返る木下先生は、「再生をめざす患者さんの手助けをするのがわれわれにできること」と語り、「そりゃ笑顔が増えていくのを見るのが一番うれしいよ」と一言。取材では、同院での診療のスタンスや、日本社会における精神科医療の変遷についても広く話を聞いた。
(取材日2025年1月9日)
時には状況をリセットし、自分の尺度を変えていく
関西医科大学で長らく教授を務め、現在は名誉教授になられたそうですね。
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1997年から2024年3月まで精神神経科学講座教授として勤務していましたが、大学を卒業して入局したのが1981年ですから、精神科の医師を40年以上していることになりますね。精神科に入局した当時は難治性てんかんの患者さんが多数来院されていて、当時講師であった先生から脳波検査をご指導いただき、専門領域に。その後、国内外で脳波解析や統合失調症の脳波学的研究にも取り組みました。また教室内ではうつ病や気分障害の研究も行うなど、これまでさまざまな仕事に携わりました。当院では、理事長の入澤聡先生が教え子という縁で、2022年の春から診療を行っています。大学病院で診療するのはどうしても難治症例の患者さんが中心でしたので、ここでは新鮮な気持ちで患者さんと向き合っています。
こちらでの診療内容について、詳しく教えてください。
当院はオフィスビル内という場所柄もあり、患者さんはうつやうつ状態といった気分障害や、社交不安障害や強迫性障害のような神経症の方が中心ですね。職場や家庭環境にストレスがあって深く悩み、日常生活に支障を来している女性の方が比較的多いです。ここでは問診や心理検査、薬物療法、環境調整、さらにリワークプログラムや精神療法も組み合わせ、個々の患者さんに必要な治療を提供しています。仕事内容や職場に原因があれば、話をよく聞いて、必要であれば休職を勧め、心身の調子や生活習慣を整えて回復をめざしてまた頑張ろうという流れが多いです。無理をしすぎて破綻を来しているようなケースでは、診断書を書きますので、思いきって休職してもらい、状況をリセットすることも時に必要だと思いますね。
診療では、どのようなことを大事にされていますか?
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今の時代、たいていの人は不安やストレスを抱えています。ただ、客観的に見るとそれほどの不安でなくても、ご本人が非常に大きな不安だと感じてしまうと、気持ちや体調、行動に影響を及ぼし、日常生活で問題になることもあります。ですので、落ち込んだ状態をまず薬物治療や休職で改善を図り、その後、長期的にはご自身の尺度、物差しを修正する方向へ治療を進めます。具体的には「今の状況がそこまで劣悪なものではない」と認識を改められるように、もしくはストレスを逃す方法や耐える力をつけてもらえるようにサポートしていきます。これは、究極的にはその患者さんが今よりも成長する、成熟するということでもあると思います。ただ、人はなかなか変化できませんので、診察ではその人に響く言葉を探しながら、回数を重ねてお話しするように心がけています。
精神科のトレーニングを積んだ医師が診療
では、患者さんによくお話しされることはありますか?
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日本は物質的には非常に豊かですし、治安も良くて快適に暮らせる国になりました。ですが、精神的には虚弱になりつつあると感じます。これは日本に限らず、文明の栄枯盛衰のパターンでもあります。また家庭や生育といった環境が不安定になり、かつ透明性の高い「周囲のことがよく見える」社会になったために、他人と自分の差が見えすぎて、生きづらさを感じる人も増えています。そんな中ででも今の状態を変える、良くしていくためには、患者さんご自身に「自分を再生しよう」という思いも必要ではないでしょうか。受診したら医師が勝手に治すわけではなく、われわれにできることはアドバイスや手助けぐらいです。長い人生でちょっとつまずいてしまった時に、ここへ来てくれたら立ち上がるためのサポートがある、そう思っていただけると良いですね。
先生がお感じになっている、こちらのクリニックの特色や強みをお聞かせください。
当院でも、それから連携している本院の「いりさわ心と体のクリニック」でも、関西医科大学など大学病院で長期間にわたって診療や研究に従事した医師、つまり精神科の医師として一人前になるためのトレーニングを積んだ医師たちが診療を担当しています。いろんな患者さんを診て論文にあたり、先輩からさまざまなアドバイスを受ける、またプライベートでも人生経験を重ねる。これらから得られる経験値が、精神科の医師には非常に重要だと思うからです。また、こちらでは薬物療法だけに頼るのではなく、患者さんの心理的、社会的な背景にもきちんとアプローチしますし、リワークプログラムも提供していますので、質の高い診療ができていると思いますね。
やりがいを感じるのはどのような時ですか?
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それはやはり、患者さんの「来て良かった」という言葉を聞いた時や、笑顔が増えてきたなと感じた時です。当たり前ですが、初診時に笑える人は、ここへは来ませんから。ご本人もわれわれも時間をかけて治療を進め、徐々に笑顔が出るようになるのです。また、患者さんがご自身を変えるためには、良い意味で「諦める」ことも必要です。神経症の方は「生」へのこだわりが強い方が多いのですが、人はいつかは死ぬのです。ですから、体力的に元気である「今」を楽しめるようになれば、その方の尺度が少し変わったことになりますから、医師としてもうれしいですね。
人とのつながりを育み体験や教養を深め心豊かな人生を
ところで、先生が精神医学を志したのはなぜですか?
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私は大阪平野南部の商家の家系で育ち、中学から大学時代には、耽美な文学作品や狂気をも感じさせる音楽、宗教絵画などに夢中になりました。人の心の揺らぎというものに、早くから親しみを感じていたのでしょうね。そのため、医学部の6回生では精神科の臨床実習に参加し、そのまま迷わず精神科へ入局しました。ただ、当時は精神科に対する偏見が強い時代でした。ごく限られた患者さんのための診療科でしたし、大学内での位置づけも低く、母親は精神科医になることに泣いていました。今とは隔世の感があります。
確かにその後、精神科医療は身近なものへと変わってきました。
1990年代に入ると経済成長が滞り、大規模な震災や凄惨な事件・事故なども多発するように。さまざまな場面で精神的なケアが求められる機会も増えました。また、お話ししたように、現代社会の宿命である耐性の弱さや精神の未熟性も、メンタルヘルスへのニーズを高めています。ですからあらゆる年齢層で必要な診療科になっていますし、発症すると経済的なデメリットが大きいこともわかり、治療も積極的に行われるようになりました。一方で、脳波など科学的なアプローチが進歩するほど、「三つ子の魂百まで」といった昔ながらの言い伝えが正しいことが科学的に証明されだした点は興味深いですし、より的確な診療へつなげていきたいとも考えています。
最後に、ストレスの多い時代を心健やかに生きるためのアドバイスをお願いします。
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まずは家庭が安らぎの場であること。また単身であっても、友人や知り合いなど、相談ができる人を周囲にたくさん持つことだと思います。バーチャルではなく、人と直接つながりながら生きることは大事でしょうね。また、子どもであれば幼い時期に何かに夢中になる感動体験が多いほど、また大人であれば意識的に教養を深めることも、人生の質に関わるのではないでしょうか。それでも行き詰まってしまいそうな時には、当院のようなメンタルケアもうまく利用してほしいと思います。