田代 和馬 院長の独自取材記事
ひなた在宅クリニック山王
(品川区/大森駅)
最終更新日:2024/02/19

「ひなた在宅クリニック山王」は2019年4月開院。「断らない医療」をモットーに、品川区、大田区、港区、目黒区、世田谷区を主な対象地域とした在宅医療で、多くの患者とその家族を支えてきた。院長の田代和馬先生は、沖縄県立中部病院などでの勤務を経て開業。「私たちは“救急科の外来”で診療しているような意識で在宅医療に取り組んでいます。24時間365日、人の役に立ててうれしいと思えるメンバーでやっています」と話す。「攻めの在宅医療」を掲げ、スタッフ全員が情熱を持ってこの仕事に取り組んでいる。「ひなたの医師が来てくれたら安心だね、と思ってもらえる存在でありたい」と語る田代院長に、在宅医療への思いを聞いた。
(取材日2023年7月3日)
「断らない医療」をモットーに患者を支える
在宅医療に対する貴院の考え方を教えてください。

在宅医療に従事しているのは、夜中に呼ばれても動けて、患者さんや家族のために役に立ててうれしい、という人たちです。当院でも、患者さんやご家族には「何か不安があったら躊躇しないで、すぐに電話してください」と伝えています。在宅医療というと「終末期の高齢者の手をそっと握って見守る」といった印象がありますが、私たちのイメージは「救急科の外来のような在宅医療」。慢性期だけを診るのではない、「攻めの在宅医療」です。そして、難しそうなケースでも断りません。患者さんも家族も不安でたまらない時に救急車が駆けつけ病院に搬送、病院では医師たちがしっかり受け入れる。私が沖縄県立中部病院で学んだ医療をご自宅に届けたいと思っています。
患者さんの希望に沿った医療の提供をめざしているそうですね。
地域でできることは地域で完結したい、その上で、私たちは患者さんの人生最後の願いに応えたい。この2つを使命と思って活動しています。かつて、多くの人にとって、最期を迎える場所は病院でした。しかし今は、入院は最期を迎える場ではなく、あくまで治療の場とするのが国の施策です。開業医と病院、それぞれが自分の責務を果たすことで地域の医療は潤滑に回ります。そのためにも、私たちの使命に共感してくれるケアマネジャーさんや訪問看護師の皆さんと協力しながら活動していきたいですね。
2019年に開院されてからこれまでいかがでしたか?

患者さんとともに駆け抜けた、そんな毎日でしたね。目の前で生じている医学的問題をとにかく解決しようと、患者さんに向き合い、臨床に向き合い続けた日々でした。文字どおりの「断らない医療」で、患者さんのお願いには、「イエス」か「はい」しかないんだとクリニックでは言っています。私たちは、患者さんやご家族のために、「頑張る」か「とても頑張る」か、この2択しかない(笑)。この精神も、沖縄の病院の5年間でたたき込まれましたね。
在宅医療の目的は、患者の日々の安心を積み重ねること
在宅医療への想いを教えてください。

患者さんがご自宅や施設で抱えている医学的な問題に向き合い解決することで、患者さんの安心を積み重ねていくのが在宅医療です。私はこれまで多くの患者さんに寄り添いお看取りまで行ってきました。自宅で最期を迎えるのは、目的ではなく結果です。安心して過ごせる環境が維持できてはじめて、望んでいた自宅で最期を迎えられるということなんです。ただ、自宅療養ではいろんな問題が起きます。ですので、在宅医療をこれから始める、もしくは始めたばかりのご家族は、それらの問題に備えいろんな対応策を考えておられます。ですが私は「その対応策は全部忘れてください」と伝えます。家で不安があったら、全部すぐ私たちに電話してください。私たちがたちどころに解決します、と。安心を積み重ねていくことが、在宅療養の継続につながり、そして看取りへとつながる。そういう医療を私たちはめざしています。
患者さんだけでなく、ご家族と向き合うことも大事にしているそうですね。
はい。ご家族に安心していただくことは、患者さんの安心と同じくらい、またはそれ以上に重要になります。なので、例えば末期がんの母親を看護するお子さんに私はこんなふうに伝えます。「お母さんのことは私たちに任せておいていいんですよ。お母さんが積み重ねてきた善い行いが、お母さんが苦しまないように見守ってくれます」と。例えば動物の世界だと、ライオンは住み慣れた茂みの中で眠るように旅立っていきます。ただし人間は特別で、周りの人は感情があるし不安になる。だから患者さんの体の声を代弁して、ご家族を安心させられたらなと。それが家庭の穏やかな雰囲気につながり、ひいては患者さんの穏やかな療養にもつながると考えています。
ご家族が気負い過ぎないことも在宅医療には必要なのでしょうか?

ご家族には「頑張らないでください、頑張るのは私たちです」とお伝えしたいです。家族だから家で面倒見なくては、何とかしなくては、と気負う必要はありません。ただ患者さんご本人のしたいことに寄り添ってあげるだけでいいんです。人の体は衰えてきても、免疫はずっと病気と戦っています。体は免疫を落としたくない。しかし本人にとって、過ごしたくない場所にいる、食べたくないのに食べさせられる、といったことがストレスになり免疫を下げてしまいます。これが残された時間を短くし、苦しめる原因になるかもしれません。ストレスがない環境、ご本人が気ままに過ごせる環境の中でこそ、患者さんは寿命を全うできるのだと思います。そのために私たちは、これまでの経験から得た解決方法をご家族に提案しています。患者さんの人生最期の願いをかなえるお手伝いが私たちの仕事です。
地域のセーフティーネットのような存在に
医師を志したきっかけや、めざす医師像について教えてください。

小学校2年生の時、隣の机の女の子が「看護師になりたい」と言うので、「じゃあ僕は医師になる」と言ったのが最初のきっかけですね(笑)。医師の家系ではないので親戚中大騒ぎになりました。高校時代に医療ドラマを見て「カッコいいなあ」と影響を受け、気づいたら本当に医学部に入っていました。医師になってからは、やはり沖縄での経験が大きいです。沖縄県立中部病院ではどの科も興味深く、一つの専門に絞りきれなかったくらいです。当時は「ジェネラリスト」がブームで、総合的な診療ができる医師になりたいと思っていました。血液腫瘍を専攻したのも、多臓器横断的で全身を診ることができるからです。医師としての原点は沖縄にありますし、私が正しくあることができるのも沖縄のおかげ。沖縄にいる先輩や後輩から「おかしなことをやっている」と思われたくないですからね。私の行動指針となっています。
こちらのクリニックの強みは何ですか?
社会的な問題を抱えた人たちとも積極的に向き合える体制を整えているところでしょうか。例えば、物が散乱した家で、寝たきりで暮らしているような人が、今都市部に増えています。医療保険に加入しているかどうかも不明で、家族や社会とのつながりが途切れてしまった、そんな状況に陥っている人たちの医学的な問題、社会的な問題を抽出して知恵を絞り、各方面と調整をしながら、尊厳のある日常を取り戻すお手伝いをしていきたいです。明日が見えない不安感の中、私たちが現れて「大丈夫。心配だったら全部解決するから安心してください」と、ご家族に希望を持ってもらう。「ひなたの先生が現れたらなんとかなる」「ひなたさんだったら受け入れてくれるよね」という、地域のセーフティーネットとして、誰一人取り残されることのないよう、弱い立場に置かれてしまった人たちに光を届けていきたいです。
今後の展望を教えてください。

私自身、開院以来走り続けてきましたが、少し落ち着いてきたので念願のバイク免許を取りました。休みの時には息子が幼稚園で覚えてきたゲームを一緒に楽しんだりして、息抜きもうまくできようになってきたと思います。在宅医療はハードな面もありますが、心身ともに健康で、精神的な余裕があるからこそ、丁寧な対応ができると思っています。より多くの患者さん、家族に満足していただける在宅医療を提供するためにも、スタッフの拡充や、より快適に働ける環境の整備にも努めていかなくてはなりません。そうやって足場を整えながら、今後も困っている人がいるならすぐに行く、断らない医療、迅速な医療をこれからも実直にやっていきます。難しい哲学や理論ではなく、患者さんやご家族の願いをかなえるためには、頑張るか、とても頑張るか、しかないのです。