大橋 晃太 院長の独自取材記事
トータス往診クリニック
(狛江市/狛江駅)
最終更新日:2026/01/15
狛江駅からバスで約7分。住宅街のマンション1階にある「トータス往診クリニック」は、2016年の開業以来、がん患者など複雑な医療行為が必要な患者も含めた、専門性の高い在宅医療を提供している。院長を務める大橋晃太先生は、もともと東京大学工学部の大学院で学んでいたが、血液がんを発症。自身の闘病経験から医師を志し、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)医学部に学士編入。血液内科と緩和ケアを専門に研鑽を積んだ後「患者さんが安心してご自宅で過ごせる環境をつくりたい」との思いで開業した。在宅医療においても、必要に応じて、輸血や抗がん剤治療を継続できる環境を整え、患者と家族の時間的・経済的負担の軽減を図る。今回は、地域に開かれた医療をめざす大橋院長に、在宅医療に懸ける思いなどを聞いた。
(取材日2025年12月9日)
闘病を経験し医師の道へ、専門性の高い在宅医療に挑む
医師を志されたきっかけを教えてください。

実は私自身、工学部大学院在学中に血液がんを患い、数年にわたり入院生活を送りました。そこで、一日中献身的に診療に向き合う医師たちの姿にふれ、患者さんに直接関わりたいという思いが強くなりました。一方で、病院は病気を治す場所であって、患者さんが自分らしく過ごしにくい現実にも直面しました。闘病仲間に何度も励まされ助けられてきたことから、自分も恩返しがしたいと感じ、「もし医師として働けるなら、もっと良いかたちで患者さんを支えられるのでは」と強く思うようになりました。仲間に何もできないもどかしさや、自分だけが生き残っているのではないかという葛藤の中での決断でした。
経歴について教えてください。
大学院では医用工学を専門とし、手術支援ロボットや介護福祉ロボットの開発に携わり博士号を取得しました。しかし闘病経験から医師を志す気持ちが強まり、学士編入制度で東京医科歯科大学(現・東京科学大学)へ進学しました。念願の血液内科医として勤務する中、専門的な治療は見落としの許されない厳しい現場である一方、患者さんと向き合う医療が十分に実践できないもどかしさも感じました。闘病中に、輸血などの専門的処置が必要で退院できない患者さんを多く見てきた経験から、自宅に戻れない現実を痛感し、患者さんが自宅に帰れるサポートをしたいという思いが強くなりました。血液内科の研鑽とともに、緩和医療についてもチームとして関わらせていただいて、血液内科と緩和医療を専門的に学ぶことができました。
狛江で開業された理由を教えてください。

実家が世田谷区で狛江はすぐ隣の町、多摩川での川遊びや釣りなどでよく訪れていたので、なじみ深い場所でした。当時は訪問診療クリニックが狛江にはほとんどなく、地域のニーズがあると感じました。医療的介入が多い患者さんでも、入院か治療をやめて家に帰るかという2択ではなく、ご自宅で安心して医療を受けながら過ごせる環境をつくりたいという思いで開業しました。クリニック名の「トータス」は、ラテン語で全体という意味の「Totus」です。疾患やデータだけでなく、全体を診る全人的医療をめざしたいという思いを表現しています。さらに、小さい頃から飼っていたカメへの愛着も込めていて、クリニックのロゴマークもカメにしました。このロゴはとても気に入っています(笑)。
「医療を受けながら安心して自宅で過ごせる」環境を
どのような診療を行っているのですか?

当院は特定の疾患に限定していませんが、患者さんの中ではがん患者さんの割合が比較的多いです。患者さんの希望や症状緩和的な意義を踏まえ、輸血や抗がん剤治療を継続しながらの在宅医療にも極力対応しています。中でも支持療法といって、がんそのものに伴う症状だけでなく、治療による副作用・合併症・後遺症による症状を軽くするための予防、治療、ケアにも力を入れています。例えば感染症への抗菌薬の投与や、薬物療法の副作用である貧血や血小板減少への適切な輸血療法、吐き気・嘔吐に対する制吐剤の使用などです。在宅で治療を受けたい、「緩和的化学療法だけは続けたい」と望まれる方に、多くご利用いただいています。
在宅医療により患者さんやご家族の負担はどのように変わりますか?
最近、抗がん剤治療で「経済毒性」「時間毒性」という概念が注目されています。経済毒性には通院費や会社を休むことによる損失、家族が付き添って会社を休む部分も含まれ、時間毒性は、それだけ時間を拘束されることです。これらは神経毒性や骨髄毒性といった、従来の副作用と同じくらい重要であり、あえて「毒性」と呼ばれています。例えば輸血は病院に行けば丸一日かかることもありますが、在宅なら数時間で終わることが多く、抗がん剤の皮下注射も在宅なら10分程度です。せっかく新しい薬が登場しているので、在宅医療でこれらの「毒性」を減らすことができれば、医療の進歩が、しっかりと幸せに結びついていくと思います。在宅医療を通して皆さんの幸せの一助になれれば幸いです。
診療で大切にされていることは何ですか?

「治療を諦めて家に帰る」のではなく「医療を受けながら安心して自宅で過ごせる環境をつくること」を最も大切にしています。家に帰りたいのは、死ぬためではなく、自分らしく過ごしたいからです。病気と付き合いながらQOLを高く、生き続けられるようなサポートをすることが在宅医療の大切な役割だと思っています。また、諸外国でも注目される「Hospital at Home」つまり「在宅入院」の役割も重視し、必要な治療を在宅で完結できる体制づくりを進めています。病診連携はビジネスチャットなどを活用し密に行い、発熱時の初期対応や入院の可能性を事前共有することで互いの信頼を深めています。迅速採血やポータブルエコー、レントゲン、必要に応じて胸水や腹水の穿刺、 PICCなどの中心静脈カテーテルの挿入などにも対応できるような体制を整えています。
地域に開かれた医療拠点をめざし、新たな選択肢を提供
クリニックの体制などを教えてください。

常勤医は、消化器外科・緩和ケアを専門とする高校時代の同級生・池田博斉先生、腫瘍内科と緩和ケアで経験豊富な平川麻美先生、リハビリテーション科が専門の妻・大橋志保先生、そして私の4人で構成しています。スムーズに連携できる体制を重視し、非常勤として整形外科、神経内科、麻酔科など近隣病院の先生方にも来ていただいています。仕事以外でも交流の機会を設け、和気あいあいとした雰囲気のクリニックです。地域との関わりも大切にしており、隣の保育園とは行事で交流したり、当院のリクガメが子どもたちの人気者になったりしています。また、中学校での「がん教育」にも取り組み、予防や正しい理解を伝える活動を続けています。基幹病院との連携として、慈恵医大西部医療センター緩和ケア科と教育連携を行い、看護学生や医学生、研修医の受け入れも積極的に実施しています。
今後の展望をお聞かせください。
数年後、近隣へ移転を予定しています。現在の施設が手狭になったことも理由ですが、主な目的は「地域に開かれたクリニック」と「ホスピスの実現(トータスビレッジプロジェクト)」です。これにより、病気の有無に関わらず、住み慣れた地域でそれぞれのペースでつながりを保ち、人生を全うできる“Compassion City(おもいやりの町)”の実現をめざします。これまで在宅医療を通じて自宅での生活を支えてきましたが、さまざまな事情で継続が難しく、入院や施設入所を余儀なくされる方も多く見てきました。困難を家族だけで抱えるのではなく、地域で支え合えるような拠点をつくりたいと考えています。病気になる前から地域として関わり、早期から緩和ケアを提供できる場所をめざしていきます。
在宅医療を検討している方へメッセージをお願いします。

自宅で療養していきたいものの、通院するのが難しいという場合には、まずはご相談していただければと思います。もちろん在宅医療でできること・できないことはありますが、私たちがサポートできることもたくさんあると思います。在宅医療の強みは、個別に柔軟に対応できることです。どんなかたちで在宅医療を利用できるか、一緒に考えていきます。病院で治療を受けるか、治療は受けずに自宅で過ごすかの2択ではなく、治療を継続しながら自宅で過ごせる在宅医療という新しい選択肢があることを知っていただきたいです。患者さんご自身はもちろん、介護されるご家族にとっても、「時間毒性」や「経済毒性」を減らすためにもご活用いただけたらと思います。

