糸井 素純 院長の独自取材記事
道玄坂糸井眼科医院
(渋谷区/渋谷駅)
最終更新日:2025/08/12

東京都渋谷区にある「道玄坂糸井眼科医院」は、目の病気の一つである円錐角膜へのコンタクトレンズ処方を専門的に研究してきた糸井素純院長が、その他の眼科全般も含めて診療にあたっているクリニックだ。円錐角膜は重篤化すると角膜移植の手術が必要になる場合もあるが、糸井院長は手術なしでも視力の補正が期待できる方法としてハードコンタクトレンズの処方に尽力してきた。コンタクトレンズの正しい使い方をユーザーに広める啓発活動にも熱心な糸井院長に、円錐角膜を専門に選んだきっかけ、コンタクトレンズ処方に盛り込んだ工夫、カラーコンタクトレンズを使用する際の注意点などについて話を聞いた。
(取材日2025年6月30日)
円錐角膜の患者へのコンタクトレンズ処方に注力
先生は円錐角膜が専門だそうですが、どんなきっかけでこの病気に興味を持ったのですか?

円錐角膜とはその名のとおり、目の中央にある瞳、角膜のさらに真ん中の部分が円錐状に突出してくる病気です。進行性で、重篤になると手術で角膜移植をしなければならない場合もありますが、私は円錐角膜で視力が低下している人たちにハードコンタクトレンズを処方し、手術しなくても視力を維持・補正できるようにすることを長年のテーマとしてきました。きっかけは、一世代前に円錐角膜を研究していた専門家の1人が、私の父親だったことです。小学校3、4年生の頃に父がテレビ番組に出演し、円錐角膜について解説しているのを見ました。私は江戸時代から代々医師をしている家の生まれで、5代前のご先祖以降は眼科が続いているので自分も眼科の医師になるのは自然な流れでしたが、テレビで聞いた父の言葉に、「ああ、こういう病気があるんだ」と強い印象を受けたんですね。その記憶が、自分も同じ研究の道へ進む決断につながったと思います。
なぜコンタクトレンズの処方に着目したのですか?
大学に勤務していた30年ほど前、重度の円錐角膜の患者さんにコンタクトレンズを処方した場合の成功率は、満足できるものではありませんでした。しかし一方で、何とか視力回復のための角膜移植の手術を行うと、拒絶反応が起こりやすく、これを繰り返すと失明してしまうリスクもありました。だから、もっと何かうまい方法はないか、という問題意識が私の中にあり、その後オーストラリアのニューサウスウェールズ大学にあるCCLRU(角膜コンタクトレンズ研究所)に留学した時、指導を受けたブライアン・ホールデン教授に、コンタクトレンズをもう少し良い方向で処方できるようにしたいと希望を伝え、研究をスタートさせました。
重度の円錐角膜用にはカスタムメイドの多段階レンズも
先生の円錐角膜およびコンタクトレンズの研究は、どのように進展していったのですか?

初めに興味を持ったのは、円錐角膜の「形」です。円錐角膜の形状はニップルやオーバルなどいくつかのパターンに分類されますが、私が研究を始めた当時、患者さんの角膜がどのパターンに近いか確かめたくても、角膜のカーブの形を精密に測定できる検査機器はほとんどありませんでした。円錐角膜で本当に手術が必要な症例は全体のわずか数%で、重度であってもコンタクトレンズで視力補正が図れるケースが大半ですが、処方のレベルを上げないと、円錐角膜用の多段階カーブを持ったレンズであってもうまくフィッティングができません。そこで私は角膜形状の把握に努め、現在では機器の進歩によって精度の高さを重視した処方が可能になっています。
他に、どんな改良のポイントがありましたか?
先ほど多段階カーブと言いましたが、円錐角膜用に開発されたコンタクトレンズは、普通の物に比べて目に接する面のカーブが多く作られています。これが適切にフィットしないと周辺部の違和感につながりやすいので、カーブの形が異なる複数のレンズを用意し、トライアルセットとして患者さんの目でフィッティングを確認することで、その人に合った多段階レンズが選べる方法を開発しました。この方法でフィッティングを格段に改善できましたが、より重篤な円錐角膜に対しては、それでも100%申し分ないとはいえませんでした。そこで、現在はトライアルセットを用いる方法の他、角膜形状のデータから角膜のカーブを真ん中、その周辺部、さらにその周辺部と細かく分けてそれぞれ数値化し、涙の量も考慮して私が作成したプログラムにインプットすることで、一人ひとりにカスタムメイドで用意した、安定的な多段階カーブレンズを処方できるようになっています。
患者さんそれぞれの状況に合わせた処方が可能なのですね。

トライアルセットによる処方とカスタムメイドのレンズは、当院が独自に提供しているものです。しかし、円錐角膜の大部分は多段階レンズでなくても一般的な球面レンズで対応可能で、そのために角膜と球面レンズのカーブを合わせる手法については、メーカーを通じて公開しています。このプログラムにより、重篤な円錐角膜でなければ、高い精度で球面レンズのフィッティングが行えます。従来は適切なカーブがわかるまでに5回くらいレンズを取り換えなければなりませんでしたが、このプログラムならだいたい1回あるいは2回ほどで済み、患者さんの負担を大幅に減らすことが期待できます。
コンタクトレンズ使用の前に目の病気の有無をチェック
円錐角膜になりやすい条件や、悪化を招く習慣などあれば教えてください。

円錐角膜は年齢が進むほど進行しなくなり、また、男性に比べ女性のほうが進行しないとされています。10代から20代の男性で、アトピー性皮膚炎がある人などは特に要注意ですが、それ以外の人が円錐角膜にならないわけではないので、一概に決めつけることはできません。最近目につくのは、先ほども少し紹介した円錐角膜のパターンのうち、下方偏位タイプやバタフライと呼ばれるタイプが、ソフトコンタクトレンズの使用者に多く見られることです。
ソフトコンタクトレンズを使うと円錐角膜になりやすいのですか?
いいえ、そうではありません。ハードレンズに比べて手軽な使い捨てソフトレンズの急速な普及が背景にあると思われますが、問題なのはソフトレンズを使用することではなく、酸素透過性の低いソフトレンズです。中でも怖いのはカラーコンタクトレンズですね。すべてに当てはまるわけではないのですが、カラーレンズの中には酸素透過性の低い物が流通していて、使い続けると目の障害につながります。すべてではありませんが、酸素透過性の低いソフトレンズは円錐角膜を発症する場合もあります。今はカラーコンタクトレンズなしで町を歩けないという人もいるようですが、深刻な障害を招く危険が大きいので、使用前に必ず眼科を受診して医師の指導を受けるようにしてほしいと思います。
最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

初めてコンタクトレンズを作る人などによく言うのは、目の病気があるかどうかを眼科で定期的にチェックしてもらってください、ということです。コンタクトレンズは処方や使用方法を誤れば、かえって視力を落とし、最悪の場合は失明の危機に陥る可能性さえあるのに、そんな大事なことがあまり知られていません。今は眼科で処方を受けずに眼鏡店やディスカウントストアでコンタクトレンズを購入できますが、そうしたお店であなたの目の状態を正確に把握し、病気の有無を確認するのは難しいと思います。コンタクトレンズは人によってハードレンズがいい場合もあれば、ソフトレンズのほうがいい場合もあり、また、一度適切なレンズを選んでも最終的に合わない可能性もあるので、単に好みで選んだりせず、私たち目の専門家に相談していただきたいです。