井上 慶子 院長の独自取材記事
めぐみクリニック
(吹田市/豊津駅)
最終更新日:2024/03/08

2018年に開院以来、外来診療のほか在宅医療に力を入れている「めぐみクリニック」。吹田市を中心に箕面市や豊中市、時には尼崎市の施設など広いエリアの在宅医療に対応している。院長の井上慶子先生は幅広い診療に対応しながら、得意分野である認知症治療に注力。認知症のタイプに応じた薬の調整を重視し、症状の改善をめざす。「ご家族が喜んでくださることが、私たちのやりがいにつながっている」と笑顔で話す井上先生に話を聞いた。
(取材日2020年3月19日)
認知症治療は薬の調整が極めて重要
まずはこちらのクリニックの特徴をお聞かせください。

『暮らしやすさを提供する』をモットーに、枚方市にある「愛成クリニック」と連携して在宅医療を提供しており、医療法人愛成会として24時間365日対応のコールセンターを置いています。両院の医師や看護師も情報共有を密に行い、特殊な疾患の見分け方やドキッとした事例があれば、お互い報告し合うようにしています。内科全般、認知症、泌尿器科・整形外科・皮膚科など、幅広い疾患を診察していますが、私が認知症治療に注力していることもあり、高齢者医療のため9割は認知症患者さんですが、その薬の微妙な調整もチーム内で行っています。
認知症治療には特に注力されているのですね。
はい。認知症治療は薬の調整が重要となります。訪問診療に携わるようになった当初は認知症の経験がほとんどなく戸惑うことの連続でしたが、治療に関わるようになって半年ぐらいから、手応えを感じるようになりました。薬の調整がうまくいくと、治療も効率的に進めることができるようになるんです。また、経験を積むごとに症状の違いやタイプに応じた薬の傾向などがわかるようになり、認知症治療は面白いと感じるようになりました。
ご家族の方に喜んでもらえることが、認知症治療の醍醐味なのだそうですね。

そうですね。もちろんうれしいのはご家族だけではありません。介護・看護に関わるすべてのスタッフおよび、当院のスタッフ同士でも、「こんなうれしいことがあった」と共有をしています。訪問診療もそうですが、認知症治療は経過が目に見えるので、喜びと達成感が得られることがモチベーションにつながって、みんな前向きに頑張ってくれています。
患者と家族に寄り添い、負担を減らす在宅医療を
認知症治療の目的の一つに、家族の負担を減らすことがあるのだとか。

はい。ただ負担を減らすというのは、患者さんを寝かしつけることではありません。「暴れなくなったけど、寝たきりでご飯も食べないし、しゃべらない」というのは、ご家族が望むことではないはずです。私たちがやるべきことは、ご家族が困っていることを解消することです。血圧が高いので下げるというのは、そんなに重大なことではなくて、例えば「むせることが多くて不安」というような、ご家族の心配を解消することが先決だと考えています。また、お薬の種類を増やさないことも、患者さんの負担を減らすために大切です。認知症の治療はお薬の調整が重要ですが、それは薬を増やすことではありません。最低限必要な薬を厳選した上で、困っている症状に対し臨機応変に薬を細かく増減します。薬剤管理を徹底している当院は薬局泣かせではありますが、共感いただいている薬剤師さんは楽しいと言ってくれます。
在宅における終末期医療や看取りについて、どのような考えをお持ちでしょうか?
北欧では高齢で食べられなくなった患者さんに、積極的に抗生剤や点滴を行うことはしません。体がもはや食事や水分を受けつけないのに点滴をすることは、虐待行為であるという考えなんです。生物の最期は本来、ちょっと変な言い方かもしれませんが、木の棒のようにカラカラになって死んでいくものです。人工的に水を入れると体がむくんでいき、終末期の点滴は苦痛を伴うことも多いのです。ご家族は「点滴をしないとこの人がつらいんじゃないか?」と思うからこそ点滴を希望しますが、そうした話をすると何もしないことを選択され、最期は穏やかに逝かせたいとおっしゃられます。この「穏やか」のイメージは人によって違い、その認識が食い違っていては納得いただける医療は提供できないので、ご家族の方と目線を合わせることを大切にしています。
点滴や抗生剤をまったく提供しないというわけではないんですね。

回復する見込みが高いときは当然やるべきだと考えています。ただその場合も病院に送ってからではなく、できるだけ訪問先で行うようにしています。一旦入院して寝たきりの生活を送ると、筋力が落ちてADL(日常生活動作)が低下してしまうことがあるんです。せっかくご自宅で少しずつ歩けるようになっていたのに、また歩かせる、食べさせるところからのやり直しになってしまうんですね。基本的に病院は病気のみを治すところです。歩ける、食べられるようになるところまで、看護師や介護士がつきっきりでお世話をするのは、システム的に難しいんです。「ADLが低下した状態で病院から帰ってくる」というのはよくある話で、そうさせないためにも訪問先できっちり対応することを徹底しています。
認知症治療は自身のライフワーク
勤務医時代に専門的に携わった分野は?

大学卒業後は市中病院で勤務し、消化器科系のがん治療や胃の内視鏡検査などに携わっていました。研修医時代を振り返ると、多くのがん患者さんを担当したことが記憶に強く残っています。患者さんは40代、50代の方もいらっしゃって、お子さんもまだ小さく、これからもっと仕事を頑張りたいという世代です。「治りますか?」と毎日聞かれるのですが、まだ新人で知識が乏しかった私はどのように答えていいのかさえわかりませんでした。ご本人やご家族のために、何としてでも命を救いたいという気持ちは強くても、望んだとおりの結果にならないこともありました。私の母もそうで、40代前半の若さでがんに命を奪われました。母のこと、そして研修医時代の経験を生かして、現在もがん患者さんや認知症患者さんに寄り添った診療をしています。患者さんとご家族に幸せをもたらす医療を提供する、そのことにやりがいを感じながら打ち込んでいます。
認知症治療の情報提供も積極的に行っておられますね。
お声かけいただいて、認知症セミナーでお話しする機会が度々あります。初めてセミナーを任された時は、そんな偉い先生でもない私が90分も話すことがあるのかなあって心配しましたが、画像を入れて丁寧に説明していくと、むしろ90分では足りませんでした。セミナー中はつまらなくて皆さん、寝ているんじゃないかと気になっていましたが、誰も寝ていなくて、「もっと話を聞きたいです」と言ってもらえ、すごくうれしかったです。また、別の方からは「こんなに楽しそうに認知症の話をする先生を初めて見た」とも言われました。これからも依頼があれば、お話ししたいと考えています。
今後の展望をお聞かせください。

在宅医療では頭のてっぺんから足の先まで、全身を診察できなければなりません。しかも使える医療機器が限られており、頼りになるのは自分の五感で確認すること。在宅を担当するようになって8年がたちますが、経験を積むごとに診療のスキルが上がり、お薬の量、見た目、触った感触から、その患者さんに何が足りないのかが以前よりはかなりわかるようになりました。そして何より、視点の鋭さと考える癖が身についたことで、10年前だったら気づけなかった病気も見つけられるようになりました。今は経営も担っており、今後はスタッフの採用などにも目を向けていかないといけません。気持ちを共有し、仕事に喜びを感じて、一緒に頑張ってくれるドクターやスタッフの輪を広げていきたいと思っています。