立藏 順子 院長の独自取材記事
あんず東洋医学クリニック
(霧島市/国分駅)
最終更新日:2025/04/30

鹿児島交通バスの国分山形屋前(鹿銀側)停留所から徒歩約15分。入り口にアンズの木が植栽された平屋建ての建物が「あんず東洋医学クリニック」だ。クリニックに入ると、受付から診察室へと続く廊下から、手入れの行き届いた庭木やししおどしのある中庭が望める。ここが医療機関であることを忘れてしまいそうな、落ち着いた雰囲気だ。立藏順子院長は、小児科の医師として30年あまりの経験を積んだ後、医師を引退。その後出会った東洋医学の世界の魅力に引き込まれ、漢方について専門的に学び、同クリニックを開業した。「東洋医学は、私たちがどうやったら生きやすくなるかを考えてきた学問」と語る立藏院長に、東洋医学における健康の考え方や、診療に対する思いを聞いた。
(取材日2025年3月27日)
小児科を引退後、偶然の出会いから東洋医学の道へ
クリニックを開業したきっかけを教えてください。

当クリニックを開業する前、私はこの地域で約30年続けていた小児科医院を後輩に引き継ぎ、一度は医師を引退しました。東洋医学に興味を持ち始めたのは、引退後のことです。もともと読書好きで、さまざまな本を読む中で、偶然、東洋医学に関する本に出会いました。そこから東洋医学の魅力にはまってしまい、その後、福岡の総合病院で漢方を専門的に学びました。当初は、純粋に学問的な興味からの勉強でしたが、ある時先輩の先生から「学ぶだけで満足なのか?」と問いかけられたのです。その言葉をきっかけに、この知識が少しでも治療に役立つのならと考え、2015年に当クリニックを開業することを決めました。
東洋医学のどのような部分に魅力を感じたのでしょうか。
医師を引退するまで、西洋医学一筋だった私にとって、何千年もの歴史を持つ東洋医学は、まったく新しい学問の世界でした。東洋医学の本には、昔の文献が数多く載っていて、それがとても興味深かったのです。私たち人間には一人ひとりにそれぞれの物語があります。生きるということは、まさに物語を紡ぐことです。しかし、それは人間だけではなく、自然界のすべてのものにも当てはまります。だからこそ、自然のものすべてが愛おしく感じられる。そして、人間もまた自然の一部なのだと、東洋医学は教えてくれました。西洋医学・東洋医学に関わらず、医学には限界があり、人間はいずれ死を迎えます。だからこそ、いかに健康で、よりよく生きるにはどうすれば良いかを考えることが大切なのではないかと思うのです。人間が長い歴史の中で「ああでもない、こうでもない」と考え続けてきた知識の蓄積を知ることこそが、東洋医学を学ぶ楽しさだと感じています。
診療する上で大切にしていることを教えてください。

私は小児科の医師になりたての頃、恩師から「子どもの病気を治してあげたと思ってはいけないよ。子どもは自分の力で治るのだから」と教えられました。今でも私はこの言葉を診療の基本としていて、その人が本来持っている力を引き出すことを大切にしています。ただし、緊急性がある場合や、病気の原因が明らかで処置が必要な方などには、専門の医療機関を紹介します。当院にはさまざまな悩みを抱えた方が多くいらっしゃっていて、明確な治療法がわからない方も少なくありません。そういった患者さんと一緒に「どうすれば苦しみを和らげられるか」を考えていく。それが私の役割だと考えています。
医療のボーダーラインにいる患者を助けたい
東洋医学の治療の特徴について教えてください。

東洋医学では、「心身一如(しんしんいちにょ)」という考え方を基本としています。「心と体は切り離せないものであり、互いに深く影響し合う」という意味です。例えば、赤ちゃんが夜泣きをする場合、東洋医学では「母子同服(ぼしどうふく)」という考え方が昔からあります。「母親の心身の状態が赤ちゃんに影響を与える」と考え、子どもと母親に同じ薬を服用させるというものです。また、東洋医学では、「気・血・水(き・けつ・すい)」がバランス良く流れていることが健康の基本とされています。気はエネルギー、血は血液、水は津液ともいい、血液以外の体液を指しますが、その3つがうまく巡っていれば、元気に過ごせる。ただ病気を治すために薬を飲むだけではなくて、生活全体を整える。それが、私のめざす東洋医学の治療です。
漢方薬にはどのような種類があるのでしょうか。
漢方薬には、体の不要なものを汗や便で排出するよう促すものや、本来持っている力を高めるためのものなど、さまざまな作用の薬があります。そもそも漢方薬の原料はとても幅広く、植物・動物由来のものや鉱物など、さまざまな生薬が使われています。そして、それらを単独で使うのではなく、いくつか組み合わせることで薬としての有用性を引き出していくのです。この配合の基本となるのが、「君臣佐使(くんしんさし)」という考え方です。漢方薬は、中心となる薬・それを導く薬・効果を高めるための薬・作用を調整するための薬の4つの役割を持つ生薬を組み合わせて処方されます。処方の組み合わせも、長い年月の間に何度も見直されています。
患者さんに接する際、どのようなことを意識していますか?

患者さんのお話をしっかり聞いた上で、ご自身が解決の糸口を見つけられるような説明を心がけています。例えば、「この症状は、こういうことが原因で起こっているんですよ」と伝えると、薬の服用だけでなく、生活習慣の改善という選択肢も生まれます。また、薬を処方する際も、その必要性をしっかり説明し、ご理解いただくことで適切に服用してもらいやすくなります。当院に来られるのは、いわゆる「医療のボーダーライン」にいる方々が多く、明確な治療法のない症状を抱えた患者さんも多くいらっしゃいます。私は、そうした症状をすべて自分だけで治療できるとは考えていません。そのため、患者さんには「私は、こういうことならお役に立てます」と率直にお伝えするようにしています。
患者が自信を取り戻し帰っていくクリニックでありたい
子ども食堂も運営されているとお聞きしました。

はい。当院では、隣接した建物で小規模多機能施設を運営しています。その施設の食堂を利用し、食事を十分に取ることができない子どもたちのために朝食やお弁当を作ってあげたいと思い、子ども食堂を始めました。開業してしばらくした頃、家庭の事情で食事に困っている子どもたちがいると聞いたのがきっかけです。医療だけでなく、子どもたちの成長も含めて、少しでも地域のお役に立てればと考えています。
今後、どのようなクリニックになりたいとお考えですか。
患者さんは、ご自身が苦しいと感じるからこそ、クリニックに来られます。その苦しみを和らげるための方法は、薬の服用や心の変化によることもありますし、人との関わりの中で自然と軽くなる場合もあるでしょう。 例えば、苦しさのあまり自信を失ってしまう方も少なくありません。しかし、その苦しみを自分で乗り越えることが自信につながります。そして、その自信は一時的なものではなく、その後もずっと続くのです。そのために私にできることがあれば助言しますし、患者さんが自信を取り戻し、元気に帰っていかれるようなクリニックでありたいと思います。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

私たちはまず「視診」で患者さんの状態を観察し、その後、脈を取り、体に触れて治療を進めます。この「感覚」が非常に重要で、患者さんの状態をしっかりと見極めた上で、その時期に適した薬を処方するのです。例えば、更年期障害の場合、ホットフラッシュがある方と冷えが強い方では、必要な薬が異なります。また、生きているということは常に変化しているということですから、同じ患者さんでも、その時々で体の状態や体質は少しずつ変わります。患者さんの現在の体の状態を丁寧に観察し、さまざまな要素を総合的に診ながら、一人ひとりに合わせた治療をする。これこそが東洋医学の考え方であり、その奥深さを皆さんにも知っていただければと思います。