北 ふみ 院長の独自取材記事
そらまめ歯科
(岡山市北区/岡山駅)
最終更新日:2025/08/04

岡山西バイパス御南中口交差点から300m東、障害や持病のある人に特化した「そらまめ歯科」は、岡山大学病院スペシャルニーズ歯科センターなどで長年障害者歯科に携わってきた北ふみ先生が院長を務める。「どんな方も受け入れられるよう、環境づくりに徹底的にこだわりました」と力強く話す北院長に、同院の特徴や診療時のさまざまな工夫を聞いた。
(取材日2025年7月4日)
障害や病気を理由に歯科受診を負担に感じないでほしい
障害のある方や持病がある方に特化した歯科医院だそうですね。

ただ障害や持病があるのではなく、障害や持病があることで歯科医院に行きづらい人を対象としています。障害のある方のお口のメンテナンスや、歯科医院に慣れるためのトレーニングは大学病院でも行われていますが、誘惑が多いんです。総合受付から診療室に向かう間、エスカレーターやトイレ、さまざまなボタンなど多種多様なトラップがあり、診療の際も他の患者さんやスタッフなどさまざまな人が出入りし、いろいろな音が鳴っています。そんな環境で、自閉スペクトラム症の方がメンテナンスやトレーニングをするのは難しいのではないか。ハード面ではクリニックのほうが適しているのではないかと感じます。当院では車を降りて建物に入れば診療室なので、誘惑が格段に少ないんです。完全予約制で他の方と鉢合わせることがないため、一人ひとりに合わせた設備を整えることができるのも特徴です。
障害の等級などによる受診の制限はありますか?
基本的にはどんな方でも受け入れます。当院には、痛みを伝えられない、発語がない、口頭での指示が入らないなど、いわゆる重度の障害のある方がたくさん来院します。ただ、全身麻酔といった処置が必要な場合は、しかるべき医療機関にお願いしています。その際も単に紹介だけするのではなく、その後のメンテナンス・トレーニングは当院で引き受けます。痛いときに練習してもうまくいきませんからね。逆に、練習して上手になった場合は他院に紹介しています。私たちがたくさんの歯科医院の中から選んで通っているように、障害がある方も本来はたくさんの選択肢の中から歯科医院を選ぶべきですから。
そらまめ歯科という名前の由来を教えてください。

“まめ”は元気という意味があります。また、空に向かって伸びる空豆のように、患者さんが伸び伸びと元気に大きく育つお手伝いをしたいと思ったことが名前の由来です。ひらがなであれば読める子が多く、身近にあるものであれば覚えやすいからです。調べてみたところ、当時は岡山県内に同じ名前の歯科医院がなかったので、この名前に決めました。看板を見た子どもたちが、「そらまめ!」と声に出して読んでくれるんですよ。
一人ひとりに合わせた環境と診療方法を模索
初診の患者さんには、時間をかけて問診されていると聞きました。

問診は、初回の受診がうまくいくように患者さんご本人と親御さんと作戦会議をする場です。問診票を見ながら生活のお話や病気のことを伺い、患者さんが得意なこととそうでないことを知り、どうやったらできるのか、歯科医院にどういう配慮が必要かを確認していきます。問診を待てる方や親御さんと話している間に落ち着いてくる方、自分でいろいろお話ししたい方は一緒に来られますが、本人に話を聞かせたくなかったり本人が待てなかったりする場合は、親御さんだけで構いません。問診で伺った内容をもとに、患者さんに合った環境を整えていきます。例えば、患者さんがトイレにこだわる方には入り口に鍵をかけてバツマークをするなどの対応を行います。診察台が2種類あるため、お子さんが小児用の水平チェアに仰向けになることを怖がっている場合は、もう一方の座位の診察台に座る練習から始め、少しずつ慣れてもらえるよう工夫をしています。
診療では、絵カードを活用しているそうですね。
ホワイトボードに患者さんの名前を書いて絵カードを貼り、その日の予定を視覚的に確認できるようにしています。絵カードの中に物がたくさんあると、どこを見たらいいかわからなかったり区別がつかなかったりするので、基本的には道具の写真のみ。例えば口の中にミラーを入れる練習の場合、絵カードの中には誰がミラーをどう使って、どれだけするのかという指示は入っていないんです。だから、絵カードの横に「5を3つ」「チョンと触るだけ」などと患者さんに合わせた指示を書いています。このホワイトボードは、患者さんとのコミュニケーションツールです。一方的な指示にならないよう、説明した後に「これでいい?」と患者さん本人に確認しています。「これをしなさい」と言われるのは、つらいですからね。
障害のある方のスムーズな受診のために、環境面で工夫しているところはありますか?

どんな方にも不快がないようこだわっています。全面バリアフリーで、自動ドアは飛び出し防止のため二重ロックに。自閉スペクトラム症の方はまぶしいのが苦手なので全体的に暗くしました。物が多いと気になるので、ゴミ箱やテレビ、音楽の他、掲示物もほとんどありません。おもちゃも絵本もないので、好きな物を持ってきてもらっています。トイレは大人が2人で動ける広さで、排水口があるため粗相をしても安心です。洗った後に滑らないよう、床材は介護老人保健施設のお風呂に使われている素材にしました。多目的スペースにはカーテンがあるので大人のおむつ替えも行えます。診察台の横でストレッチャーのまま診療できるよう、歯科用器具を置くテーブルにつながるコードを長くし、個室希望の方にはカーテンを閉められるようにしました。エックス線の足元は、車いすと干渉しないI型を採用しています。
歯科受診に悩むすべての人に定期受診の機会提供を
患者さんやご家族の方と接する際に大切にされていることは何ですか?

患者さんにも親御さんにも歯科受診を楽しんでもらうことですね。「障害や病気があるから歯科受診が難しい」という悲壮感で通うのは、つらいじゃないですか。だから楽しみに来てほしいし、楽しく帰ってほしいと思っています。楽しくないと続きませんから。来院回数の多い方は、私と話しに来たんだろうなと感じることもありますね。私も「修学旅行どうだった?」など雑談から診療を始めますし、患者さんからいろいろなことを教えてもらっているんですよ。当院の理念は、歯科受診にためらいが生じやすい方の受診機会を増やすこと。障害や病気を理解し、患者さんの生活を支える歯科をめざすため、社会福祉士の資格を取得しました。患者さんやご家族、福祉関係者とお話するときに福祉の専門用語に戸惑わない程度には、知識を身につけられたと思います。
ところで、なぜ障害のある方の歯科診療に興味を持たれたのですか?
大学院で歯科麻酔を学んでいた時、業務の中で障害のある方の鎮静に携わる機会があったんです。その後、障害者歯科に移りました。歯科麻酔より性に合っていたのか、楽しかったんですよね。開院当時、「障害者歯科は全身麻酔をしないともうからないし、続けられない」と言われていました。障害者を1人診るのにスタッフの人数が必要で、他のチェアを止めなければならないというイメージを持つ人が多かったんです。ところが、とある歯科医院の障害者歯科部門の立ち上げに参加し、開業医でもできるのではないかと思うようになりました。全身麻酔をしなくても経営を続けられたら、誰かがやって存続できたら、障害者歯科に取り組む人がもっと増えるのではないか。「身を削った社会実験」と言っているのですが、その「誰か」になろうと思ったんです。
最後に、今後の展望を教えてください。

歯科受診に困っている自覚がない、困っていると言えない、言うあてがない人たちに来てもらえるようにしたいですね。当院には、学校や施設、ママ友からの紹介で訪れる方が多いんです。でもそういったつながりが弱い人は、歯科受診に困っている、または今後困るかもしれないと本人が気づかない場合があります。私たちが定期受診するように、障害のある方も定期受診すべきなんです。痛みや違和感を訴えられない人は、なおさら。「学校検診で引っかかるほどの問題はないし、受診は大変だから必要ない」というのは、困っていることに気づかないのと同じです。今問題がない人が、一生歯科医院に行かないわけではありません。いずれ問題が起きたとき、今まで歯科受診していなかった人が急に治療を受けるのは非常に難しいでしょう。だから、すべての人が定期受診しなければならないし、その環境と機会を提供できればと思っています。