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渡邉 充春 院長の独自取材記事

わたなべ往診歯科

(大阪市西成区/花園町駅)

最終更新日:2022/08/31

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科 main

開業から12年を迎えた「わたなべ往診歯科」は、釜ヶ崎(あいりん地区)に隣接した西成区花園北にある。小さな商店や住宅が軒を連ねるこの地域は、かつては「日雇い労働者の町」であったが、今は高齢化した労働者を支える「福祉の町」であり、近年はさまざまな事情を抱えた若者も増えているという。20代からこの地域と関わってきた渡邉充春院長は、支援活動を続けるべく開業を決意。外来には生活保護受給者や障害者、HIV患者などが足を運び、さらに施設や自宅への往診も行う。また、所属するNPOを通じて支援活動に携わる渡邉院長のもとには、多方面からのヘルプや相談が集まる。歯科医師という枠を超えて地域とともに歩む渡邉院長に、診療や活動の背景にある思い、そして同院の今後についても話を聞いた。

(取材日2022年6月28日)

誰もが歯科診療を受けられるように

この場所で診療をされているのはなぜですか?

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科1

開業したのは2010年ですが、それ以前より勤務医として働きながら、1980年には当院の母体である「歯科保健研究会」を立ち上げ健康支援を行ってきました。2004年からはNPOの活動にも参加し、釜ヶ崎の路上生活者のもとへ出向いて無料歯科相談や歯科診療を実施してきましたが、この活動を続けるためには「固定診療所からの往診」という形を取るように行政から指導があったのですね。そこで、当時すでに65歳になっていましたが、開業を決断しました。

診療内容や、どのような患者さんが来られているのか教えてください。

患者さんの約6~7割は外来で、3~4割は往診で診療しています。大半はご高齢の男性で、外来では車いすなど要介護の方が半数以上です。なお、多くの患者さんが生活保護を受給しており、医療券での受診が多いことも特徴です。さらに開業の理念の一つに「感染者を疎外しない」があり、行政の事業をきっかけにHIV感染した患者さんの歯科診療にも対応してきました。かつて、歯科診療ではHIVに限らず「治療時に感染の危険があるのでは」と危惧されることが多かったのです。このため開業当初から、外来でも往診でもスタンダードプリコーションという感染標準予防策を行い、繰り返し使う器具は高水準の滅菌システムを使用しています。

さまざまな理由で医療から遠ざかりがちな方を、積極的に診療しているのですね。

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科2

はい、「歯科保健から遠い方へ歯科保健を」が以前からのわれわれのモットーです。例えば生活保護であれば、以前は生活保護を受給すること自体が困難でしたが、新型コロナウイルス流行を機に「生活保護は権利」だという行政からの啓発活動が展開され、受給へのハードルはかなり下がりました。しかし、受給できたら気軽に歯科診療が受けられるのか、もしくは患者さんが受けようとするのか、そこにはまだ関門があると思うのです。過去には「生活保護については取り扱っていない」という歯科医院もありましたし、「受付でのやりとりから生活保護を受給していることを周囲に知られたくない」という患者さんの思いもあります。現に今でも診療所のドアの前で足が止まり、「医療券をもらってきたけれど治療してもらえますか」と尋ねる方がいらっしゃいます。歴史や偏見から生じた歯科医療との距離を、こちらから縮めていきたいのです。

当事者の目線を重視した診療

訪問診療にも、早い時期から取り組まれてきました。

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科3

勤務医時代から地域の障害のある方々の訪問診療を行っていて、現在まで30年以上のお付き合いになる患者さんもいます。開業してからは、ケアマネジャーなどからの依頼を通じてご高齢の患者さんのご自宅へ伺うほか、この12年で高齢者施設への訪問も徐々に増えてきました。「訪問診療でもしっかり歯科治療をしてくれるところがある」と、理解が広がっていることを感じますね。

無料歯科相談など診療外の活動も継続されるのはなぜですか?

学生時代、無歯科医師村にボランティアへ行き、大量の虫歯や欠損を目の当たりにして強い衝撃を受けました。「診療所に来る患者さんだけを見ていてはわからないことがある」と痛感したのです。それ以降、「来られない人には会いに行く」という姿勢をずっと保ち続けています。また、HIVカフェと称して、医療や福祉に関する情報交換をしたり、さらにLGBTの研究者が研究への協力を依頼したりと、気負わず話ができる場としてのコミュニティーづくりにも力を入れています。こちらは、LGBTの当事者であるケアマネジャーの方や歯科治療をしていたHIVの患者さんから「地域内に仲間がいるので地域での理解を深めていきたい、情報交換の場が欲しい」と相談を受けたのがきっかけですね。

診療では、どのような点を重視されていますか?

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科4

「当事者」の目線を尊重し、大事にすることです。例えば診療所のトイレには、ドアに重ねてカーテンをつけました。介護者がドアを開けた時に、中の様子が直接見えないようにする配慮です。患者さんからの提案で初めて必要性に気がついたのです。訪問診療については、通院できないということは「立てない」など何らかの形で障害があるわけですから、各患者さんの「属性」と「生活環境の中で何を望んでいるか」を的確に理解し、対処する必要があります。また、わざわざ訪問診療を希望されるということは、やはり切羽詰まった痛みや悩みがあるのです。このため治療では生じている問題をできるだけ解消し、「自分の口で食べたい」という意欲につながるように心がけています。

地域に根づいた診療活動の継承をめざして

この10年で、地域の姿もかなり変わったのですね。

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科5

高度成長期からバブルまで日雇い労働者で活気づいたこの町も、バブル崩壊と高齢化でNPOや行政の支援が不可欠な「福祉の町」となりました。さらに最近では、外国人、性的マイノリティー、さらに発達障害など何らかの理由で「生きづらさ」を抱える若者もこの地域に流れ込んできています。そこで、この地域が彼らの受け皿としての機能も高めるよう、新たな取り組みが始まっていて、私も検討の場に加わっています。

長期間にわたり、診療や多方面への支援活動を続けておられますが、その原動力は?

私には大好きな作家がいて、彼の思想が私の活動の大きな原動力となっています。大正から昭和にかけて活躍した詩人であり童話作家なのですが、幼い頃、彼の書いた童話を初めて読んだ時は、子どもながらにとても感激しました。主人公が世界を守るために自分の命を呈するという物語で、根底に流れる「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という作家の思いは、ずっと自分の中にあります。あと、活動の継続にあたっては、私自身、物事に対して計画を詰めるというより、「やるしかない」と決めたことを「やりながら進む」タイプであったことも大きいでしょうね。時代に先行してさまざまな問題と対峙してきたと思います。ただ、周囲には迷惑をかけたことも多く、それだけに「自分から動き始めた以上はやめられない」という思いも、一つの原動力になっているかもしれません。

最後に、診療所の将来についてはどのようにお考えですか?

渡邉充春院長 わたなべ往診歯科6

「生活困窮者に対する健康支援を中心とする地域の歯科診療所」として、地域からありがたいことに「少なくともあと10年は診療を続けてほしい」との励ましの言葉もいただいています。ただ私自身が10年後に往診まで行うのは厳しいでしょう。このような地域医療活動に関心をお持ちの先生がいらっしゃれば、ぜひ関わっていただきたいと思いますね。また、2022年10月に施行予定の労働者協同組合法という新しい法律に基づいて、この診療所を法人化できるのではないかという話もあり、現在検討を始めています。この法律はエッセンシャルワークに携わる人々が自ら出資して組織化し、業務を行うという仕組みですので、そうした方と協力しながら当院を新しい形に発展させ、地域に引き継いでいければと期待をしているところです。

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