医療法人皓慈会浅川産婦人科

浅川 恭行先生

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鶴見駅から3分。「浅川産婦人科」院長代行の浅川恭行先生は、1936年に祖父が始めたクリニックを大事に守り育てている。「おばあちゃん世代からお孫さん世代まで、女性にとって一生の主治医だと思っています」と町の産婦人科医院を受け継ぐことを誇りに思っている。妊娠、出産に対して安心・安全を重視して導いていくことはもちろん、産後のケアも手厚い。新生児の体重の変化など母親が心配するであろうことも多方面からフォローし、時代の変化に対応して産後のメンタル面にまで配慮するなど、新しく母親になる患者にとっても優しい存在だ。生命の誕生に対する畏敬の念を抱く浅川先生に、院の方針を聞かせてもらった。
(取材日2016年12月12日)

生命の誕生に立ち会える喜び

―産婦人科の医師になったきっかけをお聞かせください。

当院を開業した祖父は私が5歳の時に亡くなったのでほとんど覚えていないのですが、当時は院内でうさぎを飼っていました。産婦人科の歴史の本によると、昔は妊娠反応の検査にうさぎを使用したようなので、そのような本に書いてあるほど昔から、祖父はこの地で診察を行っていたわけです。祖父の後を継いだ父は、とにかく夜も昼もなく仕事をしていたので、手伝わねばならない、と子ども心にも感じていました。それで、3人きょうだいのうち、姉と私が産婦人科の医師になっています。現在院長をしている姉(星野眞也子院長)には以前から「私は3きょうだいの一番上だが、お嫁に行った身。いずれはあなたが継ぎなさい」と言われています。この仕事には、本当にやりがいを感じていますし、「おめでとうございます」と言うときには、毎回、産婦人科の医師になって良かったなぁと実感します。

―大学を卒業されてからのキャリアを教えていただけますか?

大学院を修了し、博士号をいただいた後には、大学病院や関連病院で経験を積んできました。まずはいわゆる周産期医療に携わり、その後はご指導いただいた教授のもとで子宮筋腫や子宮内膜症、卵巣腫瘍などの腹腔鏡手術に10年ほど携わっていました。婦人科分野での腹腔鏡手術が広まりはじめた時代でしたので、医局の関連病院で手術のためのシステムに手薄なところがあればアドバイスをしたり、新たに腹腔鏡チームを立ち上げるなど多くの仕事と経験を積みました。父が亡くなった当時、私はまだ学生でしたので、姉が医院を引き継いだのですが、今は私もこの浅川産婦人科を支えていく医師として尽力したいと思っております。2007年に当院から近い場所に済生会横浜市東部病院という連携先としてはとても信頼のおける病院が設立され、より一層、町の産婦人科としての診療に力を注ぐ体制を築きやすくなりました。

―患者のケアには、どのようなものがありますか?

当院にはモニター室という部屋があります。ここには赤ちゃんの心拍数と妊婦さんのおなかの張りを記録するモニターが並んでいて、当院では28週以降の妊婦健診では毎回検査を受けることになっています。異常があった場合に早期発見、早期対応できるようにするためですが、ここまでの台数をそろえているところは少ないかもしれませんね。また、産後ケアに関しても当院はかなり力を入れています。産後の不安を少しでも取り除けるように、助産師に相談できるような機会を積極的に設けています。産後の育児がスムーズにいくと2人目、3人目も、という気持ちにもなると思いますし、「お産まで」ではなく、産後の育児のスタート期にも関わっていくことが必要だと思っています。また、産後のメンタルケアも欠かせません。支援が必要な人がいた場合にきちんと繋げることができるように取り組んでいます。



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