納谷 敦夫 先生、田中 有美 先生の独自取材記事
なやクリニック
(堺市中区/北野田駅)
最終更新日:2025/10/06
「なやクリニック」は、精神保健指定医で高次脳機能障害を専門とする納谷敦夫先生と、日本リハビリテーション医学会リハビリテーション科専門医の田中有美先生の2人体制で診療を行っている。高次脳機能障害に特化した外来を設け、グループリハビリテーションも実施。英国・プリンセスオブウェールズ病院内にある、脳外傷のリハビリテーションに強いオリバーザングウィルセンターに学んだ、神経心理学的認知リハビリテーションが特色だ。「目には見えない障害」とも呼ばれる高次脳機能障害について専門性を持ち、患者の心に寄り添う納谷先生と田中先生の2人に、クリニックの強みや診療への思いなどを語ってもらった。
(取材日2025年8月21日)
リハビリテーションを通じ高次脳機能障害者をサポート
まずはこれまでのご経歴を教えてください。

【納谷先生】精神科医として総合病院に勤めた後、大阪府庁では精神保健の業務のため10年ほどさまざまな精神病院を回り、衛生状態のチェックや指導を行いました。転機となったのは、1999年に家族が交通事故に遭い、脳の疾患を発症したことです。それ以来、仕事をしながら家族の病気について勉強を始めました。他の診療科目を専門としていたならまた違っていたかもしれませんが、専門が精神科だったので、高次脳機能障害の知識が入ってきやすかったんです。2007年に妻が当院を開業し、私も頭部を損傷した方の相談や診療を開始しました。堺市の高次脳機能障害者に貢献したいという思いが強く、NPO法人の立ち上げなど、さまざまな取り組みも行っています。
田中先生はどのような経緯でこちらのクリニックに入職されたのでしょうか?
【田中先生】鹿児島大学医学部を卒業後、5年ほど麻酔科医として勤めた後、リハビリテーション科へ転科しました。2001年には、スポーツ医学に関わりたいと考え大阪大学整形外科へ入局したものの、関連病院でリハビリテーション科医として働くうちに生活期の高次脳機能障害を支援する必要性を感じることが強くなりました。高次脳機能障害については、大学の授業で学んだことがあり印象に残っていましたが、当時からは高次脳機能障害への認識が大きく変わっています。そこで、機会があれば勉強会などに参加し、知識を習得していきました。そうして、高次脳機能障害を専門としたリハビリを行いたいという思いが強くなっていた頃、講演会で納谷先生からお声がけいただき、当院へやってきました。
高次脳機能障害とはどのような病気なのでしょうか?

【納谷先生】高次脳機能障害とは、交通事故や転落事故などによるけがや脳卒中などの病気によって脳が損傷を受けたことで起こる、認知面や行動面の障害です。大人だけでなく、当院には小学生や中高生、大学生の患者さんも来られます。症状はさまざまで、注意障害や記憶障害のほか、性格が変わって怒りっぽくなったり、場合によっては幻覚や幻聴が出たりもします。そのため、統合失調症やその他の精神障害と誤診されてしまうケースもあります。また事故やけがによる障害では行政の補償や制度を利用して支援を受けることも重要です。リハビリや生活の継続には経済的・社会的な支えが不可欠です。医療と同じくらい、制度によるサポートを受けることが、患者さんとご家族の将来を守ることにつながるのです。
やりきれない思いを抱える患者と家族に寄り添う
クリニックの強みを教えてください。

【納谷先生】 私には精神科医や行政での仕事の経験があり、他院とのつながりもあります。田中先生は身体と障害の両面から患者さんを診ることができますし、他にも医師以外に作業療法士、言語聴覚士、理学療法士、臨床心理士、精神保健福祉士、看護師など、経験豊富な多職種がそろっているのが強みですね。
【田中先生】 患者さんはリハビリを受けていると「これができたら退院できる」と思い頑張るんです。でも、いざ日常生活に戻るとうまくできないことが出てきます。そこで当院では、注意力や記憶力など6種類ほどのテストを行い、症状を把握した上で計画を立てています。卓球などのスポーツやゲーム、ディスカッションなど、プログラムも多種多様。脳の働きや障害について学ぶ脳損傷理解プログラムも行っており、自らの障害についての理解を深めることができます。当院のように高次脳機能障害のグループリハビリができる場所って実はあまりないんです。
診療の際に大切にしていることは何ですか?
【納谷先生】患者さんに優しく接することですね。特に高次脳機能障害の患者さんは、厳しく接するとその記憶だけが強く残り、褒められると自分がしたことが強化される傾向にあるんです。それに二十数年前、私の家族も大学院で研究に励もうとしていた矢先に事故に遭い、それがかなわなかったわけですからね。会社の重役だった人が仕事を辞めざるを得なくなるなど、皆さんやりきれない思いをしているんです。また、頭に損傷を負ったことでイライラしやすくなり、一番身近なご家族につらくあたってしまう人も多いです。ご家族もストレスを抱えてしまいがちなので、私だけでなくスタッフ全員が、患者さんとご家族に優しく接するようにしています。
田中先生はいかがですか?

【田中先生】私も同じく、優しく接することを心がけていますね。また、患者さんやご家族に高次脳機能障害について説明するときは、わかりやすく伝えることを意識しています。患者さんに対しては、「リハビリを通して、ご自身の感じている世界と周囲の人が感じている世界を合致させていこう」とよく話します。症状が残っていても、その自覚ができていれば対応しやすいですからね。そして、患者さんご本人だけでなくご家族も「これは症状なのか?」と患者さんの言動に対して混乱しています。「自覚がないのも症状ですよ」ということは精一杯お伝えし、理解していただけるようサポートします。また、かけられる言葉の響き一つで患者さんは大きく変わる場合があるので、ご家族には言葉がけの大切さも知っていただければと思っています。
当事者同士が関わり合い、障害への理解を深めていく
グループリハビリにはどのようなメリットがあるのでしょうか?

【田中先生】例えば働き世代の方の場合、就労するのに十分な能力があるか見極めるにはさまざまな情報が必要で、外来だけで判断するのは難しいんです。しかし、適切な見極めができないと、就労してもうまくいかず、リハビリをやり直すことになります。本来はグループリハビリの中での患者さんの動きを見て評価していくのが非常に大切なんですが、そこまで対応できる医療機関はまだまだ少ないのが現状です。また、高次脳機能障害者は脳の構造的に病識を自覚することが難しいんです。それなのに頭ごなしに症状を指摘されると、当然納得できないですよね。グループリハビリなら当事者同士が率直に意見を交わせるので、自らの障害についての自覚や理解を深めるための助けになるのです。
納谷先生が精力的に診療に取り組まれる原動力は何でしょうか?
【納谷先生】家族の存在が原動力になっていますね。最初は元気になってくれたらと思っていましたが、よく似た人を一緒に元気にしていかないと、家族のためにもならないんですよね。例えば、B型作業所などでの作業が難しい人たちの居場所は、これまであまりなかったんですよ。重度の知的障害や脳性まひの人のための施設はあるのですが、高次脳機能障害の人に適しているかというと少し違うんですよね。そこで、2017年に重度の高次脳機能障害の人向けの生活介護施設をつくりました。作業所やグループホームの数は増えていますが、生活介護施設ももっと増えることを願っています。
田中先生の今後の目標を教えてください。

【田中先生】納谷先生の診療をしっかり学び、継承していきたいですね。そして、これからリハビリテーション科の先生方に、当院の取り組みを知っていただけるよう発信していきたいと思っています。納谷先生は高次脳機能障害に精通した精神科医として知られており、大阪府内の精神科には「どういう診療をされているんだろう?」と興味を持たれる先生方がたくさんいるんですよ。総合病院に勤めていた頃の私がリハビリテーション科にいながら納谷先生を知ったように、多くの先生方に当院のリハビリテーションを広めていきたいですね。患者さんに対しては、「今までリハビリテーションを受けてきたけれど、社会復帰が難しい」と感じているなら、ぜひ当院に来ていただきたいです。練習と支援をしっかり活用し、一緒に復帰をめざしていきましょう。

