助産院バースあおば

助産院バースあおば

助産師 柳沢初美 先生

12218 df 1 main 1339566537

ここで産んで良かった、次のお産もここでしたい。そんな妊産婦の声が絶えない「バースあおば」は“自然な出産スタイル”が根強い人気の助産院だ。助産師の仲かよ先生と柳沢初美先生は、かつて勤務していた「神奈川県立母子保健センター」の閉鎖に伴い、これを惜しむ母親たちに背中を押され1996年に開業。以来、妊産婦たちを温かく見守り、お産に立ち会ってきた。取り上げた赤ん坊は実に1000人以上。記念すべき1000人目は2012年3月に誕生し、すくすくと育っている。昔ながらの助産院が減りゆくなか、あえて助産院での出産を選ぶ女性たちのことや助産院出産の魅力を知るため、腕利きのベテラン助産師のもとを訪ねた。
(取材日2012年4月10日)

開業6年で1000人以上の赤ちゃんが誕生! リピーターの多い助産院

―今年3月に1000人目の赤ちゃんを取り上げられたそうですね。おめでとうございます。

【仲先生】ありがとうございます。1000人目の赤ちゃんは、ここで3回目のお産をした30代の方の子で、一番上のお子さんは、この助産院の4番目の赤ちゃんだったんですよ。なんとも感慨深いものがありますし、私たちもよくぞここまでやってきたものだと実感しています。


【柳沢先生】本当にそうよね。ここを開院するまでには、いろいろなことがありましたから。その妊産婦さん、佐賀県への引越しが決まっていたのに、どうしてもここで産みたいと言って、ご主人は一足先に向こうへ行ってしまったのに、自分はこっちに残って産んだんです。助産院での出産を選ぶ人には、そういう自立心というか、自分の意志をしっかり持った女性が多いような気がしますね。はじめはそうでなくても、ここに通っているうちに「できるだけ医療に頼らず自分の力で産むんだ」という気持ちが芽生えてくる。それは周りにいる妊産婦さんの影響が大きいです。そして、ここで一度お産をした方は、ほとんどがリピーターになります。それがこの助産院の自慢の一つですね。

―開院の経緯を聞かせていただけますか?

【仲先生】私たちはもともと「神奈川県立母子保健センター」という、妊娠から出産、育児までをケアする施設で働いていたんですが、1990年に県から廃止案が出ましてね。1992年3月いっぱいでなくなってしまったんです。閉鎖までの間には、同センターで出産した母親たちが中心となり「カンガルーの会」という「女性の一生を通し、妊娠・出産・育児を考える会」を結成し、反対運動を興しました。残念ながらそれは実らなかったわけですが、母子健康センターに代わる自然分娩の施設がどうしても必要と活動を続け、その結果、この「バースあおば」が誕生したのです。

―今では周辺の病院との連携も整っているそうですね。

【柳沢先生】はい。「昭和大学藤が丘病院」と「日赤医療センター」に加え、今年4月からは「あおばウイメンズホスピタル」とも連携しています。時代とともに助産院が減っていくなか、2007年4月の医療法改正では助産院の運営にますます厳しい条件が課されました。でも現実問題として、お産のできる場所は不足しているわけです。「お産難民」なんて言葉もあるくらいでしょ。規制で締めつけている場合じゃなく、むしろ助産院と病院とが協力し合う仕組みを作るべきだと思うんですよね。それぞれの長所を生かしながら、妊産婦さんたちが安心してお産に臨める場所を増やしていかなければならないと、私は思うんです。



Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
ドクターズ・ファイルをご活用いただく皆様へ
使い分けよう!「総合病院」と「クリニック」
Promotion landing
外出先でもドクターズ・ファイル
Qr doctor

ドクターズ・ファイルの情報をスマートフォン・携帯からチェック!スマートフォン版では、GPS位置情報を利用した最寄りの病院探しができます。

書籍「頼れるドクター」のご案内

ドクターズ・ファイル特別編集ムック「頼れるドクター」を一覧で紹介します。 →全ラインアップを見る

Odakyu after
Musatama after
Chiyochu after
関連コンテンツ
採用情報『ドクターズ・ファイル』では編集部スタッフを募集しております。 詳細