山本歯科医院

山本歯科医院

山本昭二 院長

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地元・青葉台に開院してちょうど20周年の「山本歯科医院」。山本院長の父は内科医として青葉台の人々の健康に貢献し、兄も医師を継承。青葉台の町の発展を見続けながら、親子2代にわたって地元密着型の医療を提供している。院内に置かれたベビーベッドはもう3台目。「小さなお子さんのママにも気軽に通ってもらうために置いたんですよ」と語る院長は、地元の人々の口の中の健康を第一優先にしている。なので、ときには深夜の急患の治療も受けるほど熱いハートの歯科医師だ。「患者さんの生活の満足」を視野に入れた丁寧な診療について伺った。(取材日2010年7月20日)

育った町・青葉台に根付いて20年

―青葉台で育った先生。町の発展をつぶさに見てこられましたね。

田園都市線の開通とともに、内科医だった父と一緒にこの地に引っ越してきました。父は当地で内科のクリニックを開院し、私は地元の小学校へ入学。どんどん発展していく町を見ながら成長しました。当時は田園都市線は長津田までしか開通しておらず、青葉台は駅前だけがアスファルトで、多くの路地はまだ砂利道だったんですよ。当院の前の道路も、数台しか車が通らないような静かな場所でした。今は新しい住人の方がどんどん増えご存知ない方も多いでしょうが、この辺は最初、港北区に区分されていて、その後に緑区、そして青葉区となりました。そんな行政の歴史まで見てきましたからね(笑)。当時は歯科医院もなく、小さな私はわざわざ電車に乗って長津田の歯医者さんまで通っていました。今は多くの歯科医院が青葉区にも誕生しましたが、おそらく町の歴史をずっと見続けてきた地元出身者は数人かもしれませんね。

―お父様の影響で、先生も医療の道へ進んだのですか?

現在、兄が当院の隣で内科医院を開いていますが、内科と歯科が隣り合わせることで、地元の人にもとても便利で安心な環境が生まれると考えました。私は昭和62年に昭和大学歯学部を卒業し、その後都内の病院の口腔外科に勤務し、平成2年8月に当院を開院しました。ちょうど20年です。この20年間、とにかく必死で頑張ってきました。おかげさまで多くの患者さんに来ていただいてますが、開院直後に比べて患者さんの年齢層は高くなっていますね。じつは厚生労働省の調査によると、青葉区は男性の長寿日本一なんです。当院が開院した頃は働き盛りだった会社員が、今はお孫さんのいる年齢に。患者さんも2代、3代と家族ぐるみで通ってきてくださいます。

―大きなベビーベッドが置いてありますね。

これは開院当初から置いているものです。といっても、もうこれで3台目になりますね。開院当初の20年前、小さな子を抱えて歯医者さんに行くのを遠慮するママたちがいました。当院にも「子どもを連れて行ってもいいですか?」という問い合わせの電話をしてくる方がいました。そんなときには「うちは気にしませんから、どうぞ一緒に連れてきてあげてください」とお答えし、実際、たくさんの子どもがこのベッドを使ってくれました。今でこそ、小さな子を連れたママでも通える歯科医院はたくさんありますが、当時は少なかったのでしょう。暮らしも通院も制限されているママたちがたくさんいたと思います。このような配慮をしたのは、父が小児科も診察していた影響かもしれません。病院に子どもが来るのは当然のこととして認識していましたからね。



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