田知 正 院長の独自取材記事
田知歯科医院
(豊明市/前後駅)
最終更新日:2021/10/12
静かな住宅街に「田知歯科医院」はある。青い椅子とグレーベージュのロールカーテンが落ち着いた雰囲気の待合室。完全個室の診察室にはイタリア製の診療台が1台だけ。診療は田知正院長が1人で行うという。1人の患者に1人の歯科医師がゆっくりと向き合うスタイルだ。「歯科医師ができることに大したことはない」と謙遜する田知院長だが、その診療は口腔内を診るだけでなく患者の生活やストレス解消についてのアドバイスもしながら進めていくいう。話好きで笑顔が印象的な田知院長に患者への想いを中心に語ってもらった。
(取材日2017年12月12日)
患者の立場で考えることを大切に
歯科医師をめざしたのはどうしてですか?
もともとは父の方針です。大学受験で浪人することになり、父が歯学部に行くなら浪人しても良いだろうと言ったのです。入ってみると楽しかったですね。しかし臨床実習は厳しかったです。一つの単位がだめなだけでも一学年全部やり直さないといけないんです。父親が卒業間際に亡くなってしまった関係で、単位を落として留年することになり苦労しました。入ったからには国家資格をとらないと役に立ちません。あとは必死でやるしかなかったんです。今になって思うことですが、父は僕の性格を考えて歯科医師になるのが良いと言ってくれたのだと思います。
開業に至る経緯を教えてください。
開業医の先輩の元で経験を積んだ後、航空自衛隊岐阜地区病院診療部歯科に勤務しました。良い時代でしたね。しかし、上役とぶつかったこともありました。波乱万丈といえるかもしれません。若い頃は無茶をしたものです。2年で病院を出るというルールがありましたし、長男も授かりましたので名古屋へ帰りました。ここには高校3年の頃から住んでいるのですが、父が僕の開業を夢見て買った土地です。
治療方針についてお聞かせください。
なるべく削らないというのが基本方針です。昔は大きく削らないと詰め物が入れられなかったのですが、最近は材料が良くなってそういうことも少なくなってきました。だから本当に悪いところを必要最小限だけ削る「ミニマルインターベンション」という考えに沿って治療をしています。本来の歯は上手に使うと70~80年使えるとされていますが、義歯に関してはそれほど長く使えることはほとんどありません。ですから、自分の歯を大切に長く使えるような治療を行うのです。歯を削ってかぶせ物をするにしても、次にもう一回かぶせられるように治療することを考えています。
歯科医師として心がけておられることはどのようなことでしょうか。
体に対してダメージが少ない治療を選択することを心がけています。つまり、リカバリーできないことはしないということです。少なくとも来院された状態に戻らなくなることは、歯科医師としてしてはいけないと思っています。トラブルが起きたときにどうするか、そこまで考えないと。つまりそれは「患者さんの立場になる」ということです。そのためには「治療している」という大それた考えを持たないようにしています。どんなに頑張っても「発病する前の状態」に戻るわけではないと考えているからです。あくまでも失った機能の一部を回復しているだけです。高レベルなことをしているという驕った考え方は持ちません。私は患者さんの手助けをしているだけと思っています。
TCHの治療に力を注ぐ
どのような治療が多いのですか?
当院は、痛い、噛めない、しみる、詰め物がとれた、歯が割れた、入れ歯が壊れたのような一般的な治療を行う歯科医院です。しかし、最近はストレスのせいでしょうか、TCH(歯列接触癖)に起因する症状で来られる人も多くなりました。TCHというのは、上下の歯を接触させる癖のことです。人間がリラックスしている状態のときは上の歯と下の歯の間が2~3ミリ開いているのですが、TCHの人は下顎を必要以上に持ち上げて歯を食いしばっているような状態になってしまうんです。そのために、さまざまな症状を引き起こしてしまいます。例えば、虫歯に近い状態の痛みが出るという人もいらっしゃいますよ。
TCHについて詳しく教えてください。
食事をするだけなら、上の歯と下の歯が接触している時間は大体30~40分なのですが、TCHの人だと3~4時間噛みしめているとされています。重い下顎をそれだけの時間上げているということは、ものすごい筋トレをしているのと同じこと。歯がひび割れたり折れたりということにつながります。歯を失う原因の一つでもあります。また歯ぎしりする人は、寝ている間に起きているときの6倍もの力がかかっているといわれています。それは歯のためには決してよくありません。気が付いたら歯を食いしばっていたという経験のある人は意外に多いのではないでしょうか。
TCHの治療はどのように行われるのですか。
認知行動療法というのですが、歯を噛みしめないことを気にするようにして日常生活を送っていただきます。具体的には、注意を促す張り紙をしてもらって、それを見るたびに噛みしめていないか確認しながら生活してもらうのです。2週間ほど繰り返すとずいぶんと改善されてくるケースが多いですね。歯が痛いという主訴以外にも、患者さんの性格や日常生活にも目配りしています。例えばパソコンやスマホを多く使うこともTCHの原因になることがあります。目から入る刺激で噛みしめる傾向が強くなってしまうことがあるのです。また、眠っている間に噛みしめる癖のある人には、マウスピースを使っていただくことになります。
歯科治療以外のところにも心配りなさっているようですが。
TCHについて考えるにつれ、歯科以外の病気が原因になっている場合が多いと思うようになりました。例えば女性だからというだけで家事を一手に引き受けている人も多いわけですが、みんながみんな得意なわけではないでしょう。ストレスが溜まりますよね。噛みしめてしまう理由にはこういうこともあり得ますから。場合によっては心療内科をお勧めすることもあります。ですから患者さんとの会話を大切にして、原因を探りながら治療を行います。歯科の病気以外のことも話してもらえるほどの信頼関係を築くことが、治療につながると考えています。
患者のゼロから10までを把握していく
先生が1人で診察されていますが、その良さはどういうところにありますか?
医療行為を全部1人でやれることです。妻に受付を手伝ってもらっていますが、それ以外は自分でやります。あちこちの診療台で患者さんを待たせながら診察を行うというのは、僕のスタイルではありません。だから診察台は1台だけ。それもイタリア製のこだわりの物を置いています。患者さんのゼロから10までを把握するという、ちょっと古風なやり方ですけど、その方が安心なのではないかと僕は思います。歯科だけではない他の病気を持っている人もいますから、歯科医師がそれを把握するというのはとても大切なことです。
丁寧に患者さんと向き合っておられるようですが、心に残っていることは?
長く通ってくれている人が多いですから、歯が痛いというだけでなく、歯科と関係ないことを話してくる人もいるんですよ。同時に30年も続けてこられて良かったなって思います。生活に深く関わっているのだなって。孫が家に来た後歯が痛くなって来院する人もいました。楽しいけどいろいろ気を遣うのでしょうね。なのにお孫さんの家に行ったときは全然そういうことが起こらないんだって。リラックスが大切だってことですよ。
歯科で気になるのは費用のことですが、自由診療についてのお考えをお聞かせください。
保険はだめで自由診療はすごく良いという人はいますが、決してそんなことはないと僕は思っています。適切な処置をすれば保険治療でも、十分に成り立つこともあります。ですから僕は自由診療を強くすすめるということはありません。患者さんサイドで大切なのは、希望の治療が保険制度上できないのか、歯科医師の技術がなくてできないのかを判断することです。不安があったらセカンドオピニオン、サードオピニオンをどんどん受けるべきだと思います。
読者へメッセージをお願いします。
THCの原因になってしまうので、ストレスをため込まない生活を送ってください。特にスマホやパソコンの使い過ぎはいけません。僕はそんなものほったらかしにしておいて温泉にでも行ってらっしゃいとよく言います。それと治療は途中でやめないこと。おかしいと思ったらすぐに通院することです。歯科に関して自然治癒はありませんからね。