谷口 勉 院長の独自取材記事
谷口勉歯科診療所
(大阪市中央区/日本橋駅)
最終更新日:2025/05/19

千日前に立つメディカルビル。その4階に「谷口勉歯科診療所」はある。このビルは、谷口勉院長の父親がさまざまな専門分野を持つ歯科医師を集めて高度な治療を提供したいという思いで建てられた。同じビルの2階には谷口院長の息子が、5階には孫がそれぞれ歯科医院を開いている。谷口院長は1932年生まれ。戦中戦後の混乱期を乗り越えた世代であり、言葉の端々から人としての芯の強さや人情味あふれる人柄が伝わってくる。特に「奉仕の精神」は強く、生き方のベースともなっている。長年にわたって診療し、患者と接してきた谷口院長。最近は長く付き合ってきた患者を見送ることも増えてきたという。どのような思いで患者と向き合い、どのようにして仕事のモチベーションを保っているのか。谷口院長に話を聞いた。
(取材日2022年7月4日)
4世代にわたって受け継がれる、医療人の精神
このビルはお父さまが建てられたビルだそうですね。

そうなんです。1974年に、父が「さまざまな専門分野の歯科医師を集めて、高度な治療を提供したい」とこのビルを建てました。当時の日本には珍しかった斬新な発想で、実現も難しかったようです。私も驚いた発想でした。私自身は大学院で補綴(ほてつ)を専攻していて、学生に教えることもしていたので、大学に残るつもりだったんです。しかし父が高齢だったこともあり、父の思いを受け継ぎたい気持ちもあったので、このビルで開業することに決めました。
今では息子さんとお孫さんも同じビルで開業されていると伺いました。
息子の勝彦が2階で「谷口勝彦歯科診療所」を開設し、歯周病をメインに診療しています。孫の雅俊も、5階でインプラントをメインにした「たにぐち歯科センタービルクリニック」を開業しました。息子は私の父のもとで修行し、孫も開業するまでは当院に週1で来て手伝ってくれていました。孫は私から歯科技術ではなく、患者さんとのコミュニケーションのあり方を学んでいたそうです。何らかの学びがあるのであれば、それは私にとっても喜ばしいことですね。
どのような患者さんが多いですか?

高齢の患者さんが多いですし、私が専門で学んでいたこともあり、今は入れ歯を扱うことが増えました。長年の付き合いがある患者さんも多いです。私が大学時代から50年にわたって診療している患者さんはもう85歳とか、そのぐらいの年齢ですね。患者さんの口腔状態によっては抜歯もしますが、私では難しいもの・複雑なものは息子や孫のクリニックに紹介しています。やはり身内には頼みやすいです。特に孫の雅俊に関しては、より具体的な要求もしています。そのほうがこちらの意図も伝わりやすいですし、何より患者さんのためにもなりますから。
母から受け継いだ奉仕の精神が、今も生きている
患者さんと接する上で、気をつけていることはありますか?

患者さんの身になって診療することです。常に患者さんを自分の親だと思い、接して治療しています。そうするといい加減な治療というのはできませんし、説明も自然と丁寧になるんです。これは息子や孫にも伝えています。まず何が患者さんのためになるのかを考えることが、歯科医師の努めだと思っていますから。私の人生のベースには「奉仕の精神」があります。見返りを求めず人に尽くす。これは母から教わったことなんです。実際に母は、手作りの人形を何千体も福祉施設に寄付してきました。そんな母の背中を見て育ちましたから、私も地域のロータリークラブでずっと奉仕活動を行っています。もう45年になりますかね。ロータリークラブで活動するために休診日をつくったぐらいです。
御年90歳で歯科医師を続けられているというのは素晴らしいと思います。続ける秘訣があるんですか?
この歳になると、よく長生きの秘訣などを聞かれることも多いのですが、私が考える長生きの秘訣は、目的を持って生きることです。私にとって歯科医師は生きがいでもありますし、歯科医師を続けているからこそ、今こうしてお話しできているんだと思っています。とはいってもこの年齢ですから、全身が健康で元気に動けるわけではありません。職業病でもある腰痛には常に悩まされていますし、目や肺や首にも不調があるんですよ。ただ、私たちの年齢になるとよく起きるという手のしびれだけは起こっていません。常に機械を持って細かい作業をしているからでしょうね。手が動かせるというのは、歯科医師にとってありがたいことです。
そこまで頑張れるのはなぜでしょうか。先生にとっての原動力があるのでしょうか。

これも母の影響なんですが、母の口癖が「なにくそ」だったんです。どんなにつらいことがあっても、母はこの口癖で乗り越えてきました。このスピリッツを私も受け継いでいるのでしょう。それに仕事が楽しいんです。自宅にいるよりも、ここに来たほうが気が楽になります。娘はたまには休むよう言ってくれるんですが、休診日でも娘にうそをついてここに来たりしています。娘にはバレているようですが。仕事や患者さんのことを気にしてしまうのは、若い時からなんです。旅行に行っても、患者さんが気になって何度も旅先からクリニックに電話しますし、抜歯した患者さんには夜に電話して状態を尋ねるようにしています。もう癖ですね。だから娘に怒られるんです(笑)。
人を愛してきたからこそ、人にも愛される
印象に残っている患者さんはいらっしゃいますか?

10年、いや20年ぐらい前ですかね。別の病気で入院している患者さんが、当院に来られたことがありました。その患者さんは「先生の顔が見たくて」と来院されて、待合室の椅子に座り、ずっと笑顔で私の仕事を見守ってくれていたんです。5分ぐらい滞在されたのかな。その後、また入院している病院に戻られたんですが、その後程なくして亡くなられたそうです。当院に来院されたのも、ご自分の死期を感じていらっしゃったのかもしれません。別の患者さんからもお亡くなりになる数日前に「先生と話したい」と要請があり、入院されている病院に伺いました。ご家族から「最後に先生と話せて良かった」と言われて、私もうれしくなったのを覚えています。患者さんが最後に会いたい人物の中に自分が入っているというのは、非常にありがたく、幸せなことですね。忘れられません。
ご家族だけでなく、患者さんにも愛されていらっしゃいますね。
皆さんには感謝でいっぱいです。保育園の嘱託歯科医もしていますが、歯科検診に行くと「おじいちゃん先生」と子どもたちが慕ってくれます。私が入院した時も園児たちが寄せ書きや折り紙を贈ってくれました。それから、当院の患者さんはご存じだと思いますが、当院にはフクロウがたくさん飾ってあります。今となっては家族や患者さんから頂くことも増えました。フクロウは「不苦労」「福がこもる」といわれ、縁起ものとされています。フクロウを集めるようになったきっかけは1人の患者さんでした。約30年前に芦屋から通院されていた患者さんからフクロウのマグカップをプレゼントしていただいたんです。その患者さんは4回目の予約にいらっしゃらず、心配して連絡してみると急に亡くなっていたことがわかりました。その患者さんにお会いすることはできなくなってしまいましたが、そのおかげでフクロウを集めだし院内が和やかな雰囲気になっています。
最後に、クリニックに通っていらっしゃる患者の皆さんへメッセージをお願いします。

希望を持って頑張りましょう。二度とない人生ですから、日々楽しく、有効に生きていけたら幸せですね。生きるためには食事が大事。食べるためには歯が大事です。患者さんも私も、多くのことを経験してきました。たまには息抜きもしましょう。当院には私とおしゃべりするために来られる方も多いです。歯の治療はおしゃべりのついでですね。それでも構いません。人生の経験者同士、語り合いましょう。