稲葉 栄司 院長の独自取材記事
いなば歯科医院
(松山市/道後公園駅)
最終更新日:2021/10/12

四国霊場第51番札所の石手寺から県道40号線を南下、松山市東野の住宅街にたたずむ「いなば歯科医院」。吹き抜けからやわらかな光が差し込む待合室には「患者さんの緊張を和らげるような空間に」という稲葉栄司院長の想いが込められている。稲葉先生は、徳島大学歯学部を卒業後、松山市内の歯科医院での勤務を経て、1997年に開業。虫歯や歯周病などの一般歯科診療に加え、予防歯科、地域の高齢患者への往診にも力を入れている。「患者さんの口の中をしっかりと見て、将来まで考えた治療を大切にしています」と語る稲葉院長に、診療面で心がけていること、また地域密着の歯科医療における今後の展望などを聞いた。
(取材日2020年2月13日)
地域密着で、患者の将来を考えながらの治療に注力
歯科医師をめざしたきっかけ、開業の経緯を教えてください。

私は若い頃から大きな志があって歯科医師をめざしていたわけではないのです。もともと理数系で、何か資格を身につけたいという気持ちから工学部に進んだのですが、何か違うと感じて。それから医療系へとシフトして歯学部に入りました。歯科医師を選んだのは、最終的に開業をするケースが多いため、自分一人でできることに魅力を感じたからです。大学を卒業後、松山市内で勤務医を経験した後に開業しました。この場所は実家の近くでしたので、地元の患者さんを診ることができればと考えていました。
患者さんの年齢層や診療内容は開業当初から変わりましたか?
ここ数年でさらに高齢の方の割合が増えてきましたが、それは地域性もあるのかもしれません。この地域はマンションが少なく持ち家が多いので、昔から住まわれている方が多いのです。開業当初は痛みを訴えて来院される目の前の患者さんの治療に懸命に取り組む日々でしたが、ある程度年数がたち、高齢の患者さんが増えてきたことで考え方も変わってきました。患者さん一人ひとりのライフステージを考えた治療を念頭に置くようになりましたね。後に介護が必要になったときにメンテナンスしやすいようにするなど、その後につながる治療をしなければいけません。また、昔は80歳にもなると極力無理をしない治療が主流でしたが、まだまだ噛めるための治療を求める方もいますし、審美面を気にされる方も増えていて、高齢の方に対する治療の多様性を実感しています。
それで訪問歯科診療にも力を入れているのですね。

そうですね。以前は病院への訪問診療も定期的に行っていましたが、現在はお問い合わせをいただいた患者さんのご自宅や施設への訪問診療が中心です。もともと通ってくださっていた患者さんもいますし、新たにお問い合わせいただく方もいます。訪問診療の内容は、入れ歯に関することがメインです。入れ歯の修理や調整そしてメンテナンスに加え、残っている歯の具合を診るために現地でレントゲン撮影を行うこともあります。最近は私一人で訪問することが多いので、口腔内のクリーニングも私が行っています。
口腔内を徹底的に見ることで治療の可能性は広がる
診療の際に心がけていることはどんなことでしょうか。

治療において一番大切なのは、とにかく口の中をよく見ることだと思っています。ですから私は拡大鏡を使って、まずは口の中で何が起こっているかをしっかりと把握した上でどんな治療が適切かなど、いろんなことを考えていくようにしています。拡大治療に用いる道具としてはゴーグルタイプのサージカルルーペと、据え置き型のマイクロスコープの2つに分かれます。同倍率でもこの二つにはいろいろな違いがありますが、当院ではサージカルルーペを用いています。高倍率のマイクロスコープは一本の歯の緻密な治療には適しているのですが、私たちのように一般診療をする歯科医師は機動性がとても大事です。10数年前に2.5倍のものから使用を始めました。10倍のものもありますが、ほぼ一日中装着し続けられる使いやすさから、6倍率のサージカルルーペと専用のLEDライトのセットをメインで使用しています。
拡大することでどんな治療が可能でしょうか?
例えばサージカルルーペで見ることではっきりとわかるのは、歯に入るクラック、つまりひび割れです。特にマイクロクラックという微細なひびは、ある程度の倍率で見ていかないとわからないため、虫歯じゃないのに痛みがあったり、しみたりという場合の診断には拡大治療が不可欠だと考えています。特に食いしばりや歯ぎしりをする方はクラックが入っている場合が多いため、まずは見ることがとても大切なのです。また、虫歯治療においても拡大することで非常に細かいところまで確認しながら削っていくため、精度の高い治療をめざすことが可能です。よく見えることで手はさらに動くようになりますし、より多くのことを考えながら治療するきっかけになります。また拡大視野のもとで、歯肉がんや舌がんの疑いのある粘膜の変化に気づき専門家へ紹介できたこともあります。
歯科医師としてやりがいに感じるのはどんなときでしょうか?

治療箇所が多く時間がかかった全顎的治療を終えたときの達成感はもちろんですが、そういう患者さんがその後もメンテナンスに通ってくださるようになったときが一番うれしいですね。定期的に通ってくださるということは、頼ってくださっているということですから、いい意味でのプレッシャーを感じつつ、より目を凝らしてチェックしようという気持ちになります。口というのは見える場所ですから、高い審美性と高い機能性が求められます。きれいでないといけないし、きちんと食べられないといけない。そのバランスが大事。ですから、さまざまな選択肢の中から患者さんのご要望を満たす治療を行い、きれいになって喜んでいただけたときのやりがいはひとしおです。
今ある歯を大切に、生活の質の維持向上をめざす
お忙しい日々だと思いますが、ご趣味などはありますか?

一番の趣味といえば音楽ですね。50年代のジャズや70年代のロックなど、洋楽を中心にいろんなジャンルの音楽を聴いていますし、自分でもピアノなどを演奏しています。子どもの頃、親に連れられて通った歯科医院の診療室に大きなスピーカーがあり、音楽を流しながら治療をしていたのが印象に残っていて。好きな音楽を聴きながら仕事ができるのっていいなと幼心に感じたのが、今につながっているのかもしれませんね。特にアメリカンロックが好きなのですが、ご高齢の患者さんが多いので院内のBGMはさすがにヒーリングミュージックを中心にしています(笑)。また、診療室に飾っている写真は数年前、アメリカの音楽都市・オースティンを旅行した際に撮影したものです。
今後の展望について教えてください。
やはり地域密着を第一に、今通っていただいている患者さんをずっと診ていくことを大切にしていきたいと考えています。私ももうすぐ60歳、高齢者と呼ばれる年代に近づいていますが、それでもまだまだ自分としては現役でやっていきたい気持ち。それは皆さんも同じだと思うんです。今の60代は若いですし、もし100歳まで生きるとすれば、まだ40年人生があるわけです。ということは、のちの人生が豊かになるような準備が必要ですよね。歯科においても、ライフステージに合った治療を考えていかなければなりません。たとえ介護が必要な状況になっても、できる限りのQOLの向上をめざしたいものです。口からおいしく食事ができるだけでも人生は変わってきますから。そういうことを考えて年を重ねていかないといけないなと自分でも思っています。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

特にお若い方には、ご自身のお口の中を大切にしていただきたいと思います。そのためにも、歯科医院には治療で通うのではなく、予防やメンテナンスのために付き合っていくという意識を持っていただけたら。大切なのは、治療をしない口の中をつくっていくことなのです。「虫歯がないから何年も歯科医院へ行っていない」という方でも、実は歯周病に罹患していて、何かの機会に受診すると、かなり症状が進んでいることも実際にあります。ですから、歯にちょっと色がついているなど、気になることがあれば一度受診することをお勧めします。歯は、一度悪くなると完全に元どおりにはなりません。天然の歯に勝るものはありませんから、悪くなる前の状態を維持することを心がけていただきたいと思います。