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大庭治雄 院長の独自取材記事

おおば内科クリニック

(川崎市宮前区/鷺沼駅)

最終更新日:2019/08/28

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鷺沼駅から歩いて1分。ブラウンを基調としたシックな雰囲気のおおば内科クリニックを訪ねた。院長の大庭先生は、スポーツドクターとしての顔も持ち、数々のアスリートのサポートを行ってきた。スポーツドクターと聞くと整形外科を想像しがちだが、ハードなスポーツでは循環器系が原因となり致命的なケースに至ることも多いという。一般のスポーツ愛好家にこそ、さまざまなリスクを回避してスポーツを楽しむために、メディカルチェックは重要だと語ってくれた。(取材日2007年4月3日)

もっともっと世界を見てみたい。好奇心は尽きない

どのような少年時代でしたか?

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世田谷区の赤堤で生まれ育ちました。今でこそ住宅が立ち並んでいますが、私が子どもの頃は、近所に牧場があるような、とてものどかな場所でした。友達とサッカーをしたり、自作の凧揚げをしたり、野原を駆け回っていました。子どもの頃から好奇心旺盛でいろんな世界を知りたい、さまざまなことに挑戦したいと思っていました。今でもその気持ちに変わりはありません。

医師を志したきっかけをお聞かせください。

中学生のときに、船医として世界中を旅したエピソードをユーモラスに描いた、北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」を読んだことが、医師を目指す大きなきっかけになっています。実を明かしてしまえば、医師になりたいというのではなく、世界の国々を見てみたいから船医になりたいというのが本当のところでしょう。もしかしたら、船医ではなく船乗りでもよかったのかもしれませんね。医師以外には、美味しいものが食べたいからコックに憧れたり、車が好きだからレーサーになりたかったり、パイロットになって海外へ行きたい…と、さまざまな職業に憧れていました。そのような中で、医師を選んだのは、若い頃に歯科医師になりたかったと父から聞いたことでした。父の気持ちを継げればいいなと子どもながらに思い、この道を選びました。

循環器を専門にされたのは、どのような経緯からですか?

良い指導者に巡りあったことが、循環器を専門にした一番の理由です。その先生は循環器を専門にされており、私も循環器を選びました。後に、私の出身大学の学長になられた先生で、スポーツ医学の第一人者でもあり、リベラルで温厚な人格者でもあるその先生の指導を受けたいという思いがありました。

ドクターとして、数々の国際大会をバックアップしてきた

ドイツ留学中に、日本の医療との違いを感じたことはありましたか?

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1998年から2年間、ドイツ体育大学ケルン・循環スポーツ医学研究所でスポーツ医学を学びました。日本もドイツも、医療先進国ですし、基本的なことは同じですから、特別にギャップを感じることはありませんでした。滞在中に強く印象に残っていることは、同行していた子どもの同級生が水疱瘡にかかってしまったときのことですね。日本なら、他の子どもに感染させないようにするのが一般的ですが、ドイツでは水疱瘡にかかった子どもの元に集まってきて、わざわざ感染させるようにしていました。そして、子どものうちにかかっておいて良かったね、と口々に言われたのがとても印象に残っています。病気を悪いものと決めつけるのではなく、大人になっていくためのステップとして捉えている点に驚きましたが、日本人にもドイツ人のように大らかに病気と付き合うことが必要かもしれないと感じましたね。

スポーツドクターとして、トップアスリートをサポートされているそうですね。

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開業医になる前は、JISS・国立スポーツ科学センターという機関で、オリンピック選手やプロスポーツ選手など各種スポーツのトップアスリートを診察したり、メディカルチェックを担当したりしてきました。また、幾つかの国際大会に帯同して、ドクターとしてアスリートをサポートしてきました。私は内科医として、試合前のメディカルチェックを担当したり、現地での疾病対策などコンディショニングに関わりました。また、ドーピングの問題からアスリートを守ることもスポーツドクターの重要な役目です。試合前に服用した風邪薬や滋養強壮薬がドーピング検査にひっかかることもありますし、皮膚科疾患治療の外用薬でも不用意に使用することはできません。

アスリートとの関わりで、印象深いエピソードをお聞かせください。

これまでに、数々のアスリートと関われたことが、私にとって貴重な経験となっています。中でも印象深いのは、トリノオリンピックで金メダルを獲得した、フィギュアスケートの荒川静香選手です。トリノの3年前の2003年に開催されたイタリアでのユニバーシアード大会で荒川選手のサポートもしました。彼女の演技を目の当たりにしたとき、神々しいオーラに鳥肌が立ったほどです。観客のスタンディングオベーションが鳴り止みませんでした。彼女がその後のオリンピックで金メダルを獲得したときにはテレビの前で喚声をあげてしまいました。まるで自分のことのように興奮していました。
また、アテネオリンピック大会では日本選手に何人か気管支喘息をもっている選手がおり、吸入薬での治療管理が必要でした。これはIOC国際オリンピック委員会に事前に申請し、許可を受けなければならないのですが、許可条件が厳しく、気道過敏性試験という検査で治療の必要性を科学的に証明しなくてはなりません。これをJISSにおいて行い、申請者全員がIOCからの許可を取ることができました。スポーツ選手にこの試験を行いIOCから許可をとった初めてのケースでしたので、思い出深い仕事のひとつです。

正直な診療を心がけ、患者さんと信頼関係を築きたい

診療の際に心がけていることをお聞かせください。

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何事においても言えることですが、正直でありたいと思っています。診療の場においても、正直でいることを心がけて、わからないことはわからないと伝え、出来ないことを出来ると言ったりしないようにしていますし、患者さんからも、正直に話していただける関係を築きたいと考えています。最近は、医療はサービス業であるという考え方が広まってきていますが、私は決してそうではないと思っています。医療をサービス業だと割り切ってしまっては、患者さんに不利益をもたらす結果になることもあるのです。ですから、ときには患者さんに厳しく指導をすることもあります。これは、常に患者さんの立場になった結果なのです。もし自分だったら、自分の親だったら、子どもだったらと思うと、患者さんに対して、厳しい事を言ってしまうこともあります。

患者さんの考え方などに変化を感じることはありますか?

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私も含めて言えることですが、時間に追われている患者さんが多いという印象を受けます。時間がないから、すぐに結果を求めたがる傾向があるようですね。原因があっての結果ですから、原因にアプローチしなければ結果を得ることはできません。例えば、明日までに熱を下げたい、痛みを取りたいと訴えられる患者さんがいるとします。投薬などによって、それを叶えることは不可能ではないかもしれませんが、根本的な治療ではありませんから、医師としてジレンマを感じるときもあります。病気や身体の不調は、がんばりすぎですよ、少し休みましょうという身体からのサインでもあることを知っていただきたいですね。

将来の展望をお聞かせください。

患者さんから信頼されるドクターになりたいと思っています。身体の調子が悪いと感じたときに、おおば内科に行けば何とかなると、地域のみなさんに思っていただけるようなクリニックを目指して行きたいですね。これからも循環器のみならず、循環器とも関係が深い呼吸器系など、より立体的な診療を行うことが私自身の課題だと思っています。さらにライフワークとしてスポーツ医学にも携わって行きたいですね。

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