病気や障害、高齢など何らかの事情により、歯科医院への通院が困難な人のために、自宅や施設、病院などに出向いて診療を行う訪問歯科診療。歯科治療をはじめ適切な口腔ケアを定期的に行うことにより、口腔機能の維持・向上、ひいては病気の予防やQOL(生活の質)を高めることにつながるとして、介護や地域医療の観点でも欠かせない存在となっています。
この記事では、訪問歯科診療に従事する「訪問歯科衛生士」に焦点をあてて、仕事内容やタイムスケジュール例、やりがいなどについて紹介します。訪問歯科衛生士に興味がある人はもちろん、歯科衛生士としての経験を生かした新たなステージを探している人、訪問歯科衛生士について考えたことのない人の視野を広げるきっかけとしてもぜひ活用してください。
<目次>
1 訪問歯科診療とは?社会的ニーズの高い役割を知ろう
●訪問歯科診療とは
訪問歯科診療は、高齢者や病気療養中の人の個人宅や施設、病院などを訪問し、適切な歯科治療や予防処置、口腔ケアなどの歯科診療を行うサービスを指します。高齢や病気で体が不自由な人、障害があって通院が難しい人、寝たきりの人、入院中で一般歯科・歯科口腔外科の診療が受けられない人といった、「通院困難者」が診療の対象です。
また、訪問先は、患者が寝泊まりしている場所に限られるため、デイサービスのような通所施設での利用は対象外となります。
利用している患者層は高齢者が中心です。その一例として、厚生労働省「中央社会保険医療協議会総会(第369回)」資料では、「2016年5月の1ヵ月間で訪問歯科診療を利用した患者のうち、75歳以上の後期高齢者が8割以上を占めていた」という調査結果が報告されています。
高齢者の数が年々増え続けている国内事情を考えると、訪問歯科診療を利用する人は今後ますます増えていくことが予想されます。
●訪問歯科診療の内容
訪問歯科診療で行っている主な内容は次のとおりで、外来の一般歯科で行う診療内容と共通するものが多いです。
- 虫歯や歯周病の治療、予防処置(歯石の除去など)
- 抜歯
- 歯冠修復(詰め物、かぶせ物)
- 歯の健康に関する保険指導や相談対応
- 口腔ケア
- 嚥下など口腔機能のリハビリテーション
- 義歯の相談・作製・調整・修理
●訪問歯科診療を行う主な診療所
訪問歯科診療を行っている診療所については、先述の厚生労働省の資料によると、訪問歯科診療に特化した診療所の数は少なく、外来診療を受けつけている歯科医院が「外来診療の時間を調整して行っている」、あるいは「昼休みまたは外来の診療時間外に行っている」という実施体制が大半のようです。
●多職種連携の一翼を担う訪問歯科診療
訪問歯科診療を行う場合、基本的には歯科医師と歯科衛生士、コーディネーター(患者や家族からの訪問診療依頼の受付やスケジュール調整、診療サポートなどを行う職種)などがチームを組んで対応します。
それだけでなく、訪問先となる施設の職員や病院のスタッフ、作業療法士らリハビリテーションの専門職、管理栄養士、地域の高齢者の窓口となる地域包括支援センター、ケアマネジャー、介護福祉士といった多種多様な職種の人たちとも連携して、患者を支えていきます。
2 訪問歯科衛生士の仕事内容と一日の流れ
歯科医師をはじめ多職種との連携を図りながら訪問歯科診療に従事する訪問歯科衛生士。ここでは、そんな訪問歯科衛生士が担う仕事内容や一日のタイムスケジュール例、求められるスキルについて紹介します。
なお、外来診療と訪問歯科診療の両方を行っている歯科医院での勤務の場合、職場によっては外来の仕事を兼務することもあります。
●訪問歯科衛生士の主な仕事内容
〈訪問先で行う業務〉
・歯科医師による虫歯や歯周病などの治療の補助
歯科医師が処置をする前の口内清掃、処置中のバキューム操作などを行います。訪問歯科診療では、ハンドピース、スケーラー、バキュームなど必要な器具・機材が搭載されたスーツケースくらいの大きさのポータブルユニットを持参して使用します。
・予防処置
歯石の除去やフッ素塗布などを行い、虫歯や歯周疾患につながる歯や歯茎のケアを行います。予防処置のように治療以外の目的で訪問する場合は、歯科医師は同行せず歯科衛生士のみで対応することが一般的です。
・保健指導・相談対応
適切な歯磨きの方法や正しい咀嚼の方法など、口腔ケアに関する保健指導を行います。また、患者本人や家族からの歯の健康についての相談にアドバイスすることも。
・義歯の清掃・管理指導
義歯を清掃したり、取り扱いについて指導したりするなど、患者が義歯を長く使い続けるためのケアを行います。
・検診
訪問歯科診療を利用している患者に対する定期検診や、訪問歯科診療を利用したことのない通院困難者に対する初回歯科検診を行います。検診内容に応じて、歯科医師に同行してサポートすることや歯科衛生士単独で訪問して検診を実施することも。
・口腔ケア
訪問歯科診療を利用する患者の場合、寝たきりだったり体に障害やまひがあったりするケースも多く、自分自身で十分な口腔ケアができない人も少なくありません。そのため、歯磨きなどによる口腔ケアの介助を行います。
・口腔機能向上のためのリハビリテーション
動きが低下した口の中の機能回復や機能維持のため、口のストレッチなどによる咀嚼のリハビリテーション、呼吸や咳の練習による嚥下のリハビリテーションなどを実施します。訪問歯科診療利用の大半を占める高齢者の場合、介護の観点からも誤嚥予防が欠かせないため、口腔リハビリテーションは訪問歯科衛生士にとって特に重要な業務の一つといえます。
〈事務関連業務〉
・歯科医師・ケアマネジャーなどへの報告
患者に対して実施したケア内容・患者の状態などについて、歯科医師やケアマネジャーなどの関係者への報告・共有は、連携を図る上での基本となります。報告内容に応じて口頭で済ませたり、記録書・情報提供書・報告書などの文書を提出したりします。
・診療記録などの作成
居宅療養管理指導に関する計画書や保険指導に関する記録書など、訪問歯科診療では訪問先や連携しているケアマネジャーに提出する書類や歯科訪問診療料の算定に必要な書類などがいろいろと存在します。これらの作成も訪問歯科衛生士が行います。
・介護職員への口腔衛生のアドバイスや指導
施設入居者へのケアの場合、介護職員へのアドバイスや指導も訪問歯科衛生士の仕事。介護職員は入所者の歯の健康維持のために、歯科医師または歯科医師の指示を受けた歯科衛生士から、口腔衛生の管理に関する技術的アドバイスと指導を年2回以上行うことが義務化されています。そのため、歯科衛生士は定期的に介護職員向けに口腔ケアのアドバイスや指導を行います。
●訪問歯科衛生士の一日の流れ
仕事の流れをイメージできるように、ある日の訪問歯科衛生士の一日をモデルケースとして紹介します。
訪問数は、勤務先や訪問先によって異なり、個人宅を午前・午後で2~3軒ずつ回る場合もあれば、1軒の介護施設で複数の患者を終日対応する場合もあります。
また、外来診療と兼務するケースでは、午前中に外来診療の業務、午後から訪問歯科診療の業務という働き方をする場合があります。
●訪問歯科衛生士に求められるスキル
訪問歯科衛生士として働くためには、一般的な外来診療と同様、歯科衛生士の資格が必要です。勤務先によっては歯科衛生士自身が車を運転して患者の自宅や施設へ向かうケースもあり、自動車の運転免許証を持っていることが応募条件に挙がることもあります。
また、訪問歯科診療においては、歯科医師のみならず各分野の医療従事者、福祉・介護関連のスタッフといった他職種との密な連携が求められます。さらに患者や家族との関係性を深めることで、よりこまやかなケアにつなげていかなければなりません。
そのためにも、相手の意図や思いを読み取りながら的確に情報を伝えるといった円滑なコミュニケーション力、臨機応変に対応していく調整力が重要視されることが多いです。
ポータブルユニットなどの機材を持ち運ぶので、外来での業務よりも体力を求められることも多いでしょう。
3 訪問歯科衛生士のやりがい・魅力
病院や診療所に勤務する歯科衛生士と、訪問歯科衛生士では、仕事のモチベーションは異なるのでしょうか。訪問歯科衛生士のやりがいや仕事の魅力を見ていきましょう。
・主体的に経験や実力を発揮しやすい
訪問歯科衛生士が患者宅や施設を訪問する際は、歯科医師やコーディネーターとともに訪れることが一般的です。また、診療内容によっては歯科医師の指示を受けた上で、一人で訪れるケースもあるなど少人数あるいは単独で業務にあたる時間が多いのも特徴の一つです。
病院や診療所のように、多数いる歯科衛生士の一人ではなく、自分自身で裁量と責任を持って、患者のためになると考えるケアができるという点はやりがいにつながるのではないでしょうか。
・患者や家族との信頼関係を構築しやすい
訪問歯科衛生士の仕事には、患者ごとの心身の状態や生活スタイルに深く踏み込み、患者や家族たちと一人の人間として向き合いながらケアしていくという特色があります。深く寄り添っていく分だけ、患者本人や家族との信頼関係を築きやすいといえるでしょう。
ケアをきっかけに患者の生活が改善したときの患者や家族の喜ぶ姿や感謝の声にふれられるなど、患者との心の交流を実感しやすいことがやりがいとして挙げられます。
・移動時など、自分のペースで行動しやすい
診療内容によっては、患者宅や施設へ一人で訪問することもあります。安全への留意など運転時の緊張感はありながらも、自分のペースで行動しやすく、昼食のタイミングや場所を自分で選べるといった自由度の高さを感じられるケースもあります。
・基本的な機材での対応が多く、比較的順応しやすい
外来診療とは異なり、訪問歯科診療の際に用いる機材は限定的であり、基本的な機材での対応が中心となります。そのためブランクが生じた復職の場合、新設診療所の外来などに比べて、最新機器への対応が求められるケースが少なく、ブランク後にも順応しやすいという利点があります。
4 訪問歯科衛生士に向いているタイプ
外来での歯科診療に比べて、患者や家族一人ひとりと長期にわたって向き合うことが多い訪問歯科衛生士。予防処置などの際は歯科衛生士が一人で対応していくシーンも多いので、指示に従うだけでなく主体的に仕事に取り組みたいと考えている人にはうってつけといえるでしょう。
また、時には生活の一部に立ち入ることにもなるため、コミュニケーションを楽しめるタイプや、誰かの役に立つことに喜びを感じられるタイプであればモチベーション高く仕事に取り組めると思われます。 訪問歯科診療は高齢者の利用が多く、介護とも密接に関わってきます。介護分野への興味・関心が深い人にもぴったりです。
一人ひとりの患者の性格や生活環境、健康状態などにも気を配りつつ、状況に応じた柔軟な対応を行うことで自分の力を発揮したいと思う人は、訪問歯科衛生士として活躍できるでしょう。
5 訪問歯科衛生士の職場の見つけ方
訪問歯科衛生士として働く場合は、訪問歯科診療を実施している歯科医院に所属するのが一般的です。 求人サイトやハローワークなどで訪問歯科衛生士の求人を数多く取り扱っているので、希望する勤務地や条件面などに合わせて実際の働く環境や条件面などをリサーチすると良いでしょう。
当サイト「ドクターズ・ファイル ジョブズ」では、訪問歯科衛生士の求人を多数掲載しています。
エリアや駅、雇用形態はもちろん、「ブランクOK」「子育てママ在籍中」「退職金あり」などのこだわり条件でも絞り込めるので、自分が重視している条件で求人を探しやすいです。ぜひ活用してみてください。
なお、訪問歯科診療を提供している歯科医院の大半が、外来診療も行っています。そのため、仕事内容が「訪問歯科診療業務のみ」「外来業務との兼任」のどちらなのかを、応募前にしっかりチェックするようにしましょう。
また、訪問歯科診療の実績などの条件を満たした診療所を「在宅療養支援歯科診療所(歯援診)」として指定する制度があります。歯援診に指定された診療所は、実績に応じて診療点数の加算を受けることができます。歯援診に指定されている歯科医院は訪問歯科診療に特に力を入れているという目安にもなるので、求人を探す際に歯援診かどうかを気にかけてみるのも良いでしょう。
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今回は、訪問歯科衛生士の仕事内容、やりがい・魅力、向いているタイプなどについて紹介しました。歯科医療の知識やスキルを生かしながら、患者一人ひとりと向き合ったこまやかなケアの経験が積める仕事です。
今後、高齢化がますます加速する社会の中で、患者の健やかな日々をサポートし、地域医療に貢献できる将来性のある訪問歯科衛生士。興味が湧いた人は、ぜひ転職の選択肢に加えてみてください。
訪問歯科衛生士の一日のタイムスケジュール例
【9:00】出勤/事前準備・朝礼
出勤したら、その日の訪問先や訪問時間を確認します。この日は午前に2軒、午後に2軒の患者宅を訪問。ポータブルユニットや医療器具などを準備します。また、全体朝礼を行い、訪問内容や連絡事項をスタッフ間で共有し合います。
【9:30】出発
移動中の車内でも、歯科医師と前回訪問時の様子や当日の治療に関して打ち合わせることが多いです。口腔内に関することのみならず、病気や体の具合など患者に関することを細かく情報共有します。
【10:00】午前の訪問スタート
訪問先に着いたら、患者や家族などとコミュニケーションを図りながら、治療や予防処置、口腔ケアなどを行います。診療時間はケアの内容によって異なり、長くて20分以上、短い場合は10分程度です。
なお、診療時間は歯科訪問診療料の算定に関わるため、開始時間・終了時間をしっかり記録する必要があり、「診療前の準備」や「診療後の後片づけ」は診療時間に含まれないなどのルールがあります。
診療が終わったら、次の訪問先へ。時間に余裕がある場合は一度帰院する場合もありますが、そのまま直行することが多いです。
【12:00】昼休み
午前の訪問が終わったら昼休み。昼食は職場で取ったり、午後の訪問先によっては帰院せずに外で済ませたりします。
【13:00】午後の訪問スタート
午前と同様に、訪問予定の患者宅を順番に回って、必要なケアを行います。
【17:00】帰院/後片づけや事務作業・連絡対応など
診療に使用した機材や器具の滅菌消毒、片づけ、補充。翌日の診療準備も行います。また、訪問記録などの取りまとめ、関係各所へ連絡・報告などを行います。
【18:00】退勤
事務作業や連絡対応が一通り済んだら退勤します。ただし、訪問歯科診療を利用している患者から「歯が痛い」「歯茎が腫れてきた」など至急の訪問要請が発生した場合は、患者宅などへ行くことも。