1st STEP こころのクリニック (渋谷区/外苑前駅)
鈴木 雅弘 院長の独自取材記事
スタンダードからはみ出た子どもたちが、第一歩を踏み出せるように。「1st STEP こころのクリニック」は児童精神科を軸として、発達障害などに悩む親子に専門的に対応するクリニックだ。鈴木雅弘院長は、「その子にどんな環境が合っているか、それしか考えていないです」ときっぱり話す。「寄り添うだけでは子どもを駄目にする」という考えのもと、生きていくために最低限の社会性を身につけさせようと子どもと向き合う。単刀直入な言葉の端々から感じるのは、その子にとって一番輝ける場所になんとかたどりつかせたいという強い願いだ。患者を「うちの子たち」と呼び、自分は「駄目なものは駄目だと注意する、近所のおじさんのよう」と朗らかに笑う院長。今回は発達障害の治療についての考えを聞かせてもらった。
寄り添うより、頑張らせることが子どものため
まずはなぜ児童精神の分野を専門にしようと思われたのか教えてください。
僕は幼稚園教諭の資格を持っているんですが、資格取得の際に児童心理が面白かったというのがきっかけなんです。アメリカの大学で心理学を学んだ後に帰国し、医学部に入った際も、児童精神をやりたいと思っていました。ただ、この分野の専門家として憧れていた先生に話を聞きにいったところ、「まずは大人をやったほうがいい」と言っていただいたので、卒業後は成人を診るために精神科の医局に入りました。
成人の患者さんを診たことがどのように生かされているのでしょうか?
児童精神を診る医師は、大きく小児科と精神科の出身に分けられますが、両者は少し視点が違う気がします。僕は病棟で重篤な症状の成人患者さんを目にしてきました。だから、発達障害の子どもがその経過途中にいると考えれば、「ここで止めなきゃ」と強く思うんです。そもそも僕には、今の子どもに寄り添う教育や医療は、ともすると発達障害の子たちを崖っぷちに追いやってしまうのではという気持ちがあります。
寄り添う姿勢では解決しないということですか?
寄り添って気持ちをくんで、と対応しても結局、問題行動が治らず少年院に行ったり、病棟に入ったり……。そういうのを見るのはもう嫌なんです。人は一人では生きられないし、社会で生きていこうと思えば、最低限は自分で頑張らなくてはいけません。病棟の成人患者さんを診ていると、誰かが途中で方向を是正してあげていればって思うことがほとんどです。子どもはかわいいです。きついことはしたくないじゃないですか。でも僕は大きくなった後の結果を見ているから厳しいんです。「子どもに寄り添う」では問題はそのままだと思うので、それに対してのアンチテーゼ的なことをやっています。なかなか味方についてくれる方はいませんけれどもね(笑)。
治療で考えるのは、合っていない環境をどうすべきか
そもそも発達障害とはどのようなものなのでしょうか?
発達障害は心の問題ではなくて、頭の中のワイヤリング、構造の問題だと思っています。もともと僕はASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)は一緒で、表に出ている症状に名前をつけただけという立場をとっています。治療では、「発達障害のあるその子にどのような環境が合っているのか」だけを考えて治療しています。発達障害の治療の柱は「構造化」。つまり、子どもにやることを明示して、とにかくそれをやらせていくことです。先述した児童精神専門の先生は「児童精神は自由と制限のせめぎ合いである」と言われました。発達障害の子たちはそもそも判断がうまくできないから、自由を選ぶと荒れてしまうんです。今の教育、福祉、医療は自由を与えすぎていると感じるので、どうすればいいかわからない子たちに対して制限をかけるという考えでやっています。平たく言えば、しつけですね。
19歳以下を中心に診療されているそうですが、どんなご相談がありますか?
小さい子は、目線が合わない、言葉が全然増えないといった、自閉のような症状に気がついて心配で連れてくる親御さんが多いですね。小学校くらいになると、多動など行動の問題が現れ、ADHDのご相談が増えます。そして大きくなるにつれ不登校が増えますね。女子だと10歳以降はリストカットの相談も多いです。ちなみに僕はリストカットの子をかわいそうな子ども扱いするのは間違っていると思っていて。それより適応できないことがかわいそうなのであって、駄目なものは駄目だと伝える。やっていることは普通の子育てだと思っています。でもちょっと声を荒げただけで虐待と言われちゃう世の中なんですよね。
初診では話を聞いていただくことから始まるのですか?
そうですね。基本としてまずは親御さんとお話ししてからその後を考えていきます。皆さんが思っているとおりではないことも多々ありますからね。いじめによる自殺など、さまざまな情報があって親御さんがどうしようと来られることもあります。でも大人が怖がって遠慮していると、子どもはどんどん駄目になってしまうということも。厳しく向き合うべきだとわかっていても、自分の子のことになるとできなくなるものです。僕だって自分の子に対してそうなることはありますから。それでも近所のおじさんのように、駄目だとはっきり言うのが僕の仕事だと思っています。
その後はどんな流れになりますか?
僕の診療方針を理解して治療を進めたいとなれば、必要に応じて心理検査を受け、投薬などの医療的サポートや、カウンセリングといった心理的なサポートを行います。あとは診断の際に、できれば親御さん以外からも情報を集めたいです。自由診療になってしまいますが、家庭や学校まで行って行動観察をしないとわからないことがあるので。一方で、お子さん自身の話には重きを置いていません。なぜなら子どもって「自己理解」がないからうまく話せないと思っていて。「どう?」と聞けば「普通」の一言で終わってしまうことが多いです。うそをつく子も多いですしね。それでも情報の一つとして集めておこうという感じです。
親が自分のことを悪いと思う必要はない
子どもの問題行動を正していくことも治療なのでしょうか?
本来的には発達障害は病気ではないですし、治療と呼ぶのは嫌なんですが、一応治療としています。要は子どもが不安になって逃げようとしても、そのとおりにはさせない。もちろん厳しくやらせる方法がその子に向いていなければ考えます。でもそれを見極めつつしっかりやらせないと、「自己評価」が下がっちゃうんです。自分の可能性いっぱいまで頑張っていない子は必ず後で問題行動につながると思っていて。だから、厳しいようですが、頑張れるところまではやらせる。心理のスタッフたちにも、優しく話を聞くだけじゃ駄目という話はしますね。「なんで逃げてしまって前に出られないのか」といった話は、自由診療にはなりますがカウンセリングのほうが時間を取ってできるので。医師による治療は保険診療の限界もありますし、スタッフたちとともに進めています。
親御さんにはどんな声をかけていますか?
一番は「お母さんは悪くないからね」ということです。誤解を恐れずに言うと、親御さんに問題があってもいいんです。それより、親が自分のことを悪いと思うと、子どもがつけ上がってしまう。だから現実論として、「悪い」と思う気持ちはいらないというのが僕の考えです。つけ上がるなんてひどい発言に聞こえるかもしれませんが、実際そんな面もあるんじゃないかなと。というのも、子どもの頃って、どうやって宿題から逃げるかといったことしか考えないものでしょう? だから、逃げていいとせずに最低限の世の中の常識は入れないと、と思うんです。
最後に、迷ったり悩んだりしている親御さんにメッセージをお願いいたします。
予約が詰まっていたり、自由診療になってしまう部分もあったりするんですが、気楽に来てほしいというのが一番ですね。そもそも僕の考えでは、子育ては本来、村のような集団でやるべきだと思うんです。今の時代、親は自分の子しか知らないですよね。他の子を見る時は、外面で過ごす他人の子どもしか見られないわけですから。その点、僕は今でも病棟勤務も続けていて、いろいろな患者さんを見ています。その人間の目を通して見れば、「これくらいならそれほど問題ないかな」といったこともわかるので。ずっと思い悩んでいるくらいなら、まずは来てもらえたらと思っています。