あらゆる人に歯科医療を行き届ける
生きづらさに寄り添った支援を
わたなべ往診歯科
(大阪市西成区/花園町駅)
最終更新日:2022/08/10
- 保険診療
1960年代の高度経済成長期から1990年前半のバブル崩壊直後までの日本を支え、かつては「日雇い労働者の町」として活況を呈した大阪市西成区の釜ヶ崎。現在は急速に高齢化が進み「福祉の町」へと様変わりした。そんな釜ヶ崎で長年生活保護受給者に対して医療支援を行っているのが、「わたなべ往診歯科」の渡邉充春院長だ。学生時代に無歯科医村での医療ボランティアを行ったことを契機に、「歯科保健から遠い方へ歯科保健を!」をスローガンに掲げて40年以上無料歯科相談などに取り組んできた。「かつての日雇い労働者だけでなく、障害のある方やLGBTQの方も流入してくるこの町には、これからも生きづらさに寄り添った医療支援が必要です」と語る渡邉院長に、同院が行うさまざまな取り組みについて詳しく聞いた。
(取材日2022年7月19日)
目次
生活困窮者、障害者、LGBTQなど生きづらさを抱える人々を歯科医療で支える
- Q生活保護受給者の歯科治療に注力されてきたそうですね。
-
A
当院の母体は1980年に結成した「歯科保健研究会」であり、このNGOは長年にわたって生活困窮者に対する医療支援を行ってきました。生活困窮者といわれる人々は、ホームレスや健康保険に加入していない方々が大半です。歯科治療につなげるために、当初は行政の自立政策や生活保護に結びつけるケースが多かったのですが、そういった支援活動の流れの中で、生活保護受給者の歯科治療を行うケースが増えていきました。「日雇い労働者の町」であった釜ヶ崎は、現在、高齢化したかつての労働者を支える「福祉の町」となっています。まだまだ歯科医療が行き届いていないところもあり、5年、10年と継続的な医療支援が必要だと考えています。
- Q「歯科保健から遠い方へ歯科保健を!」とはどういう意味ですか?
-
A
生活保護を受給できるようになった方が、気軽に歯科治療に訪れてくれるかというと、そういうわけではありません。以前は、生活保護を受給中の方を診ていない歯科医院もあったようですし、中には受給者と知られたくない人も。受診に至るにはたくさんのハードルが存在するのです。そもそも私がボランティアを始めたきっかけは、無歯科医師村を訪れたことです。国民皆保険制度がある日本でも、医療を等しく受けられない現実があることに衝撃を受けました。以来、「歯科医療から遠いところにいる人にこそ、歯科医療を届けることが重要」と、差別や偏見によって医療から遠ざかってきた人たちにも医療に接する機会を提供するために尽力してきました。
- Q歯科無料相談会も実施されていると伺いました。
-
A
「来られない人には会いに行く」というスタンスで、年末の医療パトロール、釜ヶ崎の労働者や地域の清掃事業に従事する高齢者への歯科相談、シェルターや公園での相談活動、ホームレス支援雑誌販売員への健康相談、河川敷や公園にいる野宿生活者のテントを訪れての相談などを、大阪、京都、神戸、一時は徳島でも行ってきました。月1回のものや年1回のものなどさまざまで、7~8人の歯科医師と協力して年間で120日の歯科無料相談会を実施しています。義歯の作成・修理なども提供してきましたが、活動を続けるには固定診療所が必要とのことで65歳を過ぎてから当院を開業し、現在は往診という形で相談会を行っています。
- QHIVカフェについて教えてください。
-
A
HIVカフェの発足は、LGBTQの中でもとりわけ問題視されるHIVについて広く理解を持ってもらおうと集まったことがきっかけです。毎月第3木曜の午後6時から8時まで、近くの公民館で行っています。当初、HIVに関する啓蒙活動や偏見を解消するための学習の場として開催していたカフェですが、次第にLGBTQの方々の参加が増え、今ではすっかり当事者たちの地域交流の場となっています。しかし、あえて名称変更はしませんでした。2010年の開業以来、「あらゆる感染者を疎外しない」ことを掲げて診療を行ってきた当院ですから、HIVを含めた感染症の現状に対して問題を提起し続け、ともに取り組んでいきたいと考えています。
- Qこちらのような存在がこの地域には重要なのですね。
-
A
日雇い労働者でにぎわっていた釜ヶ崎も、今は高齢化が進み、徐々に元労働者の数も少なくなってきています。ですがその一方で、出稼ぎの外国人、LGBTQといわれる性的マイノリティー、障害者といった、何かしらの理由で「生きづらさ」を感じている方々がこの町に流れ込んできています。「釜ヶ崎に来れば何とかなる」というのは今も昔も変わらず、この地域はさまざまな悩みを抱える人々の受け皿となっているのですね。そういった皆さんを支えていくためにも、福祉や支援の機能性を高める取り組みを行う当院のような機関は、これからも必要になってくるのではないだろうかと感じているところです。