上の原在宅クリニック (鹿児島市／鹿児島中央駅)
中間 哲郎 院長の独自取材記事
「生まれ育った西坂元を中心に地域医療に貢献したい」と、在宅医療を中心に行う「上の原在宅クリニック」を開業した中間哲郎院長。鹿児島市立病院などで救急医療に長年携わり、ドクターヘリやドクターカーに乗っての出動も数多く経験してきたドクターだ。「緊急性は違えども、患者さんの家に伺い、治療を施すという点では救急と在宅医療は似ています」と話し、現在は患者やその家族とじっくり向き合う時間の多い訪問診療において、患者に寄り添う医療の提供に努めている。地域に尽くしたいと、クリニックのほかに児童発達支援施設も運営する中間院長。地域医療にかける思いや、これから取り組みたいと考えていることについて幅広く話を聞いた。
救命で積んだ経験が生かされる在宅医療
在宅医療とはどのような医療なのでしょうか？
体が不自由で通院が困難な方、認知症があって通院ができない方、あるいはがんなどを患ってはいるけれど、自宅で過ごしたいとご希望された場合、こちらから訪問し診療させていただくという医療システムです。最近は新型コロナウイルスが蔓延しているため、入院していても面会がままならないことが多く、貴重な時間を家族と過ごしたいと、在宅を希望される方が増えているように感じます。当院は2020年9月に開業したばかりですが、基幹病院からの紹介のほかに、個別の相談も随時受けつけています。基本的には月2回、ご自宅へ訪問させていただき、在宅で可能な注射や点滴などの処置のほか、定期的な処方箋を発行し、住み慣れたご自宅で安心して過ごしていただけるようサポートさせていただきます。
クリニック開業に至るまで、先生はどのような経験を積んで来られたのでしょう。
実は私、医学の道を志したのは遅かったんです。現役時代は、慶應義塾大学の文系学部に進学したのですが、ほどなくして大学を辞めてしまい、長い間フリーター生活をしていました。測量やトラック運転手の助手など、80種類以上のアルバイトをしながら楽しく過ごしていたのですが、ふと、この先の長い人生を考え始めたときに、定職に就こうと思うようになりました。そこで何か資格を取ろうと考えたわけです。その時初めて人の体に興味があることに気づき、26歳で富山医科薬科大学に入学しました。卒業後は、身内に何かがあった時、とっさの処置ができる医師になりたいと思い、救急の道を志すことにしました。配属後は医局からの派遣で、数ヵ所の救命センターで活動しました。鹿児島に戻ってからは鹿児島市立病院などで勤務し、ドクターヘリやドクターカーに乗り、病院前救急診療という分野での経験を積んできました。
救急で経験を積まれた先生が、在宅医療に取り組みたいと思ったのはなぜでしょうか。
私の性分でもあるのですが、建物の中にずっといるのがどうも苦手で、「出動！」と言われて飛び出していくレスキュー隊のような世界が好きなんですよね。ドクターヘリやドクターカーに乗っていた時はまさにそんな感じで、要請が入ると患者さんのお宅まで駆けつけて処置をしてどこへ運ぶか選定して搬送するということをしていました。そんなことをしている時にふと、これって在宅医療と変わらないなと思ったんです。以前に一度だけ救急を離れて在宅医療分野で働いていたことがあったのですが、すごく似ているなと思いました。近年は在宅医療現場で発生するさまざまな疾患の急性増悪に適切に対応するための検討を行う学会も立ち上がり、救急と在宅医療の親和性の高さは、今後ますます注目が集まっていくのではないかと考えています。
患者が求めていることを把握するのが何より大切
救急と在宅は親和性が高いというのはとても興味深いです。
ドクターカーで駆けつけても、実はドクターカーで来るほどの案件ではなかったというケースもあるんです。往診してくださるかかりつけ医の先生がいらっしゃったら良かったのではなかろうかと思うこともありました。在宅医療をするにあたって、私は自分一人ですべて完結させようとは考えていません。この症状ならばあの先生に任せよう、これならばあの先生に委ねようというふうに引き出しをたくさん持つことも重要だと思うんです。救急という分野は自分たちだけで完結せず、例えば整形や呼吸器内科の先生と常に連携を取りながら医療を行います。救急を経ることでいろんな先生と知り合いになることができました。救急をやっていた医師は連携力があるという点でも在宅医療に向いているのではないかと思います。
ほかに救急に携わっていた経験が生かされていることはありますか？
救急で出動する時は、最悪のことを想定して行きます。意識障害を例にとると、脳卒中、代謝異常、心疾患、薬物、感染症、環境異常、ほかにもまだまだあるのですが、大抵のものは経験していますので、ある程度絞り込むことができます。現場での優先順位の判断はとても大切です。「今、どの処置が最優先されるのか」の判断が的確に、早くできる力を身につけられたことで、急なことがあっても慌てずに処置できるということは強みだと思っています。在宅医療はできる処置に限りがありますが、例えば急変して救急車を呼ぶことになっても、「患者さんが今こういう状態だから、こういう用意をして来てほしい」と適切に引き継ぐことができます。
先生が診療の際、心がけていることは何でしょうか。
患者さんならびにご家族が本当は何を求めているのかということをきちんと把握するように努めています。家族との時間をできるだけ長く持つことが重要なのか、それとも痛みを取ることが重要なのか。家族が右に行きたいと言っているのに、一般的にはこれが正しいからと医師が左に行くことを無理強いするのは良くありません。美容師に一方的に「あなたにはこの髪型が似合いますよ」と言って切られても、それが気に入らなければ意味がないじゃないですか。それと一緒で、患者さんやご家族にそうすることで幸せを感じてもらえるのであれば、そっちが優先されるべきだと私は考えています。
さまざまな活動で地域を元気に
先生が考える在宅医療の醍醐味は何でしょうか。
人間としてより深く関係を持てることが、在宅医療の大きなポイントだと思うんです。通常の外来診察だと患者も医師も互いのパーソナルな部分を深く知ることは少ないと思うのですが、在宅医療の場合、話好きな患者さんだと20分くらいおうちにいさせていただくこともしばしばです。家に飾ってある表彰状などを見て「お父さん警察官をされていたんですね」などと話が弾むこともあります。人間同士の付き合いができるのが在宅医療の魅力なのかもしれません。ですので、在宅医療を希望される方は、ご自身と合う医師を探していただくのが一番いいと思います。私は相談を受けたらまずは直接会って話したほうがいいと思っているので出向いてご事情をお伺いするようにしています。
児童発達支援事業所も運営されているそうですね。
2019年に最初の事業所をつくり、2020年に2つ目をオープンしました。児童発達支援事業所をつくろうと思ったのは、私には体が不自由な子どもがおり、その子のために何かしてあげたいと思ったからです。集団で過ごすとうまくいかないお子さんもいらっしゃいますので、個別対応できる施設も必要だと考え、2つ目を立ち上げました。あと、当院に併設するかたちで医療型特定短期入所施設「なかよっちー」も運営しており、こちらでは人工呼吸器や胃ろうなど医療的ケアが必要なお子さんを受け入れています。
先生がこの町でいろんな施設を運営されているのには、何か思いがあるのでしょうか。
この辺りは上之原団地といいますが、鹿児島でも1、2を争う古い団地です。私の地元でもあり大好きな町なんですが、最近は空き家も目立ってきています。昔あったスーパーもなくなってしまいました。そこにクリニックをつくったり、子どもたちの施設を立ち上げたりして、少しでも町が活性化したらいいなと思ったんです。将来的には空き家を利用してカフェや美術作品を展示できるようなギャラリーみたいなものがつくれたらいいなとなんとなく考えています。私もストレートに医師になったわけではなく、さまざまなアルバイトをしたりして、いろんな人生経験を経てここまできました。だからこそ固定観念にとらわれることなく、地域のために力を尽くしていける一人の人間として貢献したいなと強く思っています。
